第三章3
焼き付いた血液の悪臭で満ち溢れたヴォルクグラード人民学園の校舎内を、ガスマスクで顔を覆い黒一色の戦闘服に身を包んだ兵士達が進んでいく。
「タンゴダウン」
兵士達は淡々と自分達の姿を見た全ての生徒や兵士を射殺した。ステン短機関銃の銃口から緋色の光が伸びるたび、真鍮の空薬莢が赤ペンキを零したような廊下に転がる。銃弾を浴びた生徒の肉が裂け、パックリと開いた傷口から脂肪が食み出し鮮血が噴出した。
「こちらはヴォルクグラード人民学園放送委員会です。最後の放送をお送りします」
校内に空しく響き渡る放送を耳にしながら、イギリス系のパブリックスクール・オブ・ブリタニカに所属するPSOB‐SASの特殊部隊員達は銃を構えて廊下を突き進む。
「ロイヤリストはもうドアの向こう側にいます。まだ生きている生徒の皆さんは何とかして市外に脱出して下さい。絶対に希望を捨てないで下さい」
直後、
「俺達も脱出しよう!」
「そんなことできるか! 俺達はここで放送を続けるしかない! 第一どこに逃げろって言うんだ!? 逃げる場所なんてもうサカタグラードのどこにも残ってないだろ!」
という放送委員同士の悲痛なやり取りがスピーカーから漏れた。徐々に放送の内容は生徒達を励ますものから、時間の経過と比例して混沌の度合いを増す放送室内の地獄めいた状況をリアルタイムで伝えるものへと変わっていく。
「また怪我人か!? 畜生! もう寝かせるスペースがないぞ!」
女子生徒の悲鳴が響き渡り、すぐに放送委員の悪態が続く。
「クソ! もうおしまいだ! 俺達はここで死ぬんだ!」
「うるせぇ! 黙ってろ! 馬鹿野郎!」
PSOB‐SASの隊員達はスピーカーから放送委員達の声など聞こえないかのような整った動きで、校内から地下通路へと続く扉を爆破した。
「ふふふ……アハハハハハハハハッ!」
隊員達が地下通路に足を踏み入れるのと同時に死への恐怖に錯乱した放送委員の狂気じみた叫びがガラス窓を突き破らんばかりの大音量で校舎内に響き渡る。
「ヒャーッハッハッハッ! 終わりだ! 終わりだよ! もう全部終わりなんだよッ!」
泣き叫ぶような笑い声と「俺の内臓で窒息しやがれ!」という絶叫、そして重なり合った銃声を最後にスピーカーからの放送は途切れた。
やがてPSOB‐SASの隊員達は地下の分厚いドアの前に立つとマリア派の内通者から事前に教えられていたロック解除コードを壁に設置された機器に入力する。すると錆びた重い扉が音を立てて開き、中から僅かな光が漏れ出した。
隊員達はステン短機関銃の先端に取り付けられたライトで暗闇を切り裂きつつ重い一歩を踏み出した。室内に充満したカビの臭気がガスマスク越しにでも伝わってきた。彼らが踏み締めるリノリウムの床はあちこち剥がれ、乾いた血痕がこびり付いている。
「なんだこれは……病院か?」
事前に聞かされていたとは言え、一人の隊員が空間の異常さに思わず声を上げた。
「赤ん坊を入れるもののようだ」
別の隊員が右手で銃を保持したまま左手で保育ケースを検める。
「了解です、ブラボー2‐0」
写真に残せという隊長格の隊員の指示を受け、頭に被せる装置が付いたベッドや真新しい積み木が転がる託児所めいたスペースが撮影された。
やがて剥がれ落ちて散らばった壁の漆喰の上を進む隊員達は巨大なガラス壁に突き当たった。黒いグローブに覆われた指がスイッチを押すと、彼らは自分達が突き当たっているのはガラス壁ではなく部屋の全周を覆っている水槽であることを知った。
「ビンゴだわ」
隊長格の少女――PSOB‐SASブラボーチームの指揮官であるキャロライン・ダークホームは青い培養液の中に無表情で漂う同じ顔の少女達を見てガスマスクを外す。
「まるでティーバッグみたいね」
汗ばんだ紅い髪を揺らす彼女は瓜二つの姿をしている培養液の中の少女達を見つめる。
「クローンヴァルキリー……ヴォルクグラード人民生徒会が残した最後の遺産……」
PSOB‐SASはテウルギストの排除にこそ失敗したがこちらは上手くいった。正直なところキャロラインは最初からノエルを排除する気はなかったのではあるが。
「これで私達は英雄を何人でも作れる。作りたいときに、作りたい英雄を……」
そっと培養槽に触れるキャロラインの目が、妖しく三日月型に緩んだ。