第三章3
一九五〇年八月十一日の早朝。
スピリットウルフ社の部隊は上陸地点であるトビシマ・アイランドの東側から島の西側にあるダークホーム社の本社社屋に対する攻撃発起点に移動、集結していた。
敵の本拠地を攻撃することが決定してから、スピリットウルフ社の社員達は疲れを知らぬ熱心さで働いた。海岸から少し内陸に入ったところにある臨時デポはその最もたるもので、敷地内には夥しい数の撃破されたダークホーム社の車両や火器が集められていた。これらの弾薬や部品はスピリットウルフ社のそれと共用できる。両社が使っている兵器はフリーダム・ファイター計画の影響でアルカからブラックマーケットに流れ、共通の武器商人によって買い戻されたものだからだ。
デッドストック品として行き場所のなかったティーガー重戦車が運び込まれ、兵器の残骸から流れ出た廃油や錆で真っ黒に染まった地面の上でソ連戦車じみたカーキグリーンに塗られる。砲塔には敵味方識別用の白線が描かれ、砲塔上部にはM2重機関銃が取り付けられた。
戦車の塗装と整備が終わると、今度はハーフトラックが自走してデポに入ってきた。アメリカ製のM3ハーフトラックだ。虹色の油膜が浮かぶ水溜りの上を整備兵が走り、フリーダム・ファイター計画でアルカ各校共通の装備となったハーフトラックに取り付く。
「本日〇五〇〇時より、ブラックカンパニー作戦が開始される」
臨時デポの前に集まったPMC隊員達の前で、彼らの最高指揮官であるエーリヒ・シュヴァンクマイエルはガスバーナーが戦車やハーフトラックの装甲板を溶接する光をバックにして口を開いた。今回の作戦では最高司令官の彼が自ら最前線に赴き、先頭に立ってPMCを指揮する。
今から始まる戦いは『物語のクライマックス』なのだ。何が不測の事態が起きたとき、それに対応できるのは『脚本家』のエーリヒだけだ。少なくとも今の段階では。
「ダークホーム社は各戦線から全ての部隊を引き上げてここに集結させた。出来るだけ派手に、そして楽しく戦争がしたいらしい。僕達はその願いを叶える」
彼の視線を送る多くのPMC隊員達――オリーブドラブの戦闘服にモダン・タクティカルギア――と、エーリヒは同じ格好をしている。
「作戦は順調に行けば半日で終わる。せいぜい楽しませてあげるといい」
エーリヒの言葉を受けて、隊員の多くがゴーグルとバラクラバで隠された顔を綻ばせた。
「聞いたか? 今日はホットショット(危険な地域への日帰り攻撃。直送急行便、ホットショットと呼ばれる)だぜ」
「四時間の労働で現ナマがいっぱい詰まった封筒をもらえる。今月だけで七千ドル。本国の将軍並だ」
本国の人間が聞いたら涙を流すようなPMC隊員達の言葉だったが、
「こら、任務に集中するんだ」
エーリヒは苦笑するに留めた。何年か前だったらその場で拳銃を取り出して頭を吹き飛ばしていたかもしれない。変われば変わるものだな、とエーリヒは思う。
「相手はプロだ。気を抜けば背後から頚動脈をガーバー(アメリカのナイフメーカー)で掻き切られるのはこっちになるよ。だけど相手よりも早く静かに行動し、より少なく食物を取り、より長く目を覚ましてさえいれば絶対に負けることはない。そして僕達は彼ら以上のプロだ。準備はいい?」
スピリットウルフ社の隊員達は立ち上がり、一斉に自動小銃や短機関銃、軽機関銃の安全装置を外す。金属音が連続して鳴り響いた。
これがアルカにおける万国共通の『準備完了』の合図だった。