第三章2
スピリットウルフ社の事務所はシュネーヴァルト学園のものを買い取って使用しているため、内部には多くの居住スペースがある。学園に在籍したままスピリットウルフ社に所属している生徒達はここで生活していた。
たった今、シャワー室から滴を垂らしながら出てきた全裸のソノカ・リントベルクもそうした生徒の一人だ。
細い太腿を白い布の端から露出させ、フローリングの上を歩くたびにソノカの白い脚線の上を滴が滑り落ちる。タオルを押さえている手の下には、小さな胸の膨らみが見て取れた。
ソノカはバスタオルを投げ捨てて全裸になり、左肩にトライバルタトゥーが入った起伏の無い肉体をベッドに横たえる。
「暑いのは好きだ。寒いと間接の節々が痛む。そうすると、『もう続けるのは無理なんじゃないかな……』という考えが頭を過ぎる。恐ろしいことだ」
一九四三年のヴォルクグラード内戦でマリアの腹心であるヴァルキリー、エレナ・ヴィレンスカヤと戦った際、彼女のPPSh‐41短機関銃から放たれた銃弾でソノカは右の太腿と右膝、左手を撃ち砕かれた。自分の血の海に倒れ込んだソノカは黒いクローンヴァルキリーのローブにできた裂目から覗く自分の白い骨を見て、もはや死を待つことしかできないと思った。だが人民生徒会側の攻撃機が虫の息のソノカもろともエレナを爆撃した。
ナパーム弾の石油の匂いと熱気に包まれて意識を失ったソノカは病院のベッドの上で目を覚ました。それから数ヶ月、ただ死んでいないだけの無意味な『生』という暗いトンネルを走り続け――トンネルの向こう側で自分の究極の天職が何かを悟った。
「既に一度死んでいるのだから、死への恐怖はない」
完全に欠落した死への恐怖が、彼女がソノカ・リントベルクである理由となった。もうクローンヴァルキリーではない。なぜならクローンヴァルキリーは潜在的に死を恐れているからだ。
「んっ……」
ベッドの上で仰向けになり、目を閉じる。目蓋を透過した、虫を集めることに定評のある蛍光灯の白い光が目に刺さる。
「んー……」
体を反転させてうつ伏せになる。枕に顔を押し付けると、自分の髪の脂臭さが鼻腔を満たした。
「二十セントの銃弾一発で全ては解決する。いちいち物事に高い意識を持つ必要なんてない」
大いなる可能性を持ったこのアルカという場所が、ソノカにとっては大切な場所で守りたいもの――強引に置き換えればそうなる――だった。ただ、熾烈な戦闘と危険に彩られた人生が死ぬほどつまらない退屈さに取って代わるのも御免だった。学生として弾丸をペンに置き換えて生活するのは辛い。
「セイの法則というものがある。生産物の総供給は総需要と一致するという経済学説の一つだ」
エーリヒはスピリットウルフ社の入社手続き書にサインをするソノカにそう言った。国家や国際的行為者は民間の方式において最も成功した軍事的構成と実践を真似る傾向があるから、民間軍事企業が生んだ全ての成功例の分だけ市場が拡大するかもしれないと。
「企業の供給があれば、PMCが行う業務の需要は増える」
ソノカはエーリヒが自分に週替わりの移動式遊園地を提供してあげる、しかもそれはどんどん面白くなっていくものだと言っているように聞こえた。それは事実だった。
「空腹になればレストランに行って何かを食べる」
机の上にあった銃弾の先端に舌を這わせると、ソノカは臍の上から下腹部にかけて先端でゆっくりとなぞった。
「それは空腹を満たすためだ。それでいい。楽しいから戦う、面白いから人を殺す。それでいい……」
かつてラミアーズを生み出したアビー・カートライトは「腹が立って壁を殴るのに腹が立った以外の理由が必要か」と話したという。五年前の時点で既にアルカにおける狂気に満ちた学園大戦をエンジョイする方法は生み出されていたのだ。
いつもソノカは空腹だ。腹一杯食ってもすぐ空腹になってもっともっと食べたくなる。だから満たしに行く。ただそれを繰り返す。