第二章5
ノエルが防空システムを無力化し、続いて行われた空爆で沿岸の防御陣地が一掃されると、トビシマ・アイランドの海岸線に向けてスピリットウルフ社のエクラノプランとヘリが殺到した。
エクラノプランは大型ミサイル搭載型のルン級が支援を行いつつ、PMC隊員と車両を載せたオルリョーノク型が高速で海岸に突っ込んでいく。
ヘリの編隊がある程度島に近付いたとき、島の各所からパンツァーシュレックの水平射撃が行われた。白煙を残して次々に飛来するロケット弾の直撃を受けたヘリが、回転しながら海面に落着する。他のヘリはフレア(赤外線誘導方式の地対空ミサイルから身を守る囮)を大量に放出、回避機動を取りながら海岸を目指すが、今度は対空機関砲の射撃を浴びてしまう。
エクラノプランにも砲火が浴びせられる。ジープ等の車両に搭載された無反動砲と蛸壺陣地の中から放たれる重迫撃砲だ。
実際のところ、空爆は海岸線を守っていたダークホーム社の地上部隊に殆ど損害を与えられていなかった。ダークホーム社は地下にトンネルを掘り、重火器を護る掩蔽壕を海岸線の至るところに用意していたのだ。航空機が投下する爆弾やロケット弾では厚い土や強化コンクリートの壁を破ることはできなかった。
「こちらボストーク1‐7、被弾した! 沈没する!」
ソノカ・リントベルクを乗せて海岸線へと迫るエクラノプランの機内に、別のエクラノプランからの通信が入る。
「おいおい。どうするんだこれ」
他人事のように呟いたソノカが窓の外を見ると、島から撃ち出された白煙が海に水柱を幾つも作り出し、直撃弾を受けたエクラノプランが真っ二つになって沈んでいくのが見える。
「やばい」
既に変身してタイガーストライプパターンのローブを纏っていたソノカは一人勝手に機内から出ようとしたが、その前にエクラノプランは直撃弾を受けた。
被弾の衝撃と共に直進していた機体がスピンし、停止すると同時に水で満たされ始める。
あっという間にソノカの体は水中に没してしまった。
水中でソノカはハッチに手を伸ばして開けようとするが、金属製の扉はビクともしない。
酸素が無くなり始め、意識が朦朧とする。
突然、反対側からハッチをこじ開けたノエルが機内に入ってきた。
「ここで君に死なれては困る」
脳に直接呼びかけるマナリンク通信でそう言いながら、ノエルはソノカの顎を掴み、口移しで酸素を供給する。
「私は君が好きなんだ。ノエル・フォルテンマイヤーはバイオレンス・アーティストとしてソノカ・リントベルクをリスペクトしている」
ソノカは文字通り息を吹き返してノエルの先導で海面に出た。解放感と同時に大きく息を吸い込む。そしてエクラノプランを撃沈され、海に浮かぶスピリットウルフ社の隊員を銃撃しているダークホーム社の装甲ボートの船体に泳いで近付く。
ソノカは右手を伸ばすと船上でAK47自動小銃を撃ちまくっていたダークホーム社の女子生徒の足を掴んで海中に引きずり込んだ。
左腰の鞘から抜いたナイフをノコギリのように動かして女子生徒の喉を掻き切り、ソノカは装甲ボートの船体によじ登る。
「ヘイ! チャーリー!」
背後からナイフで襲う相手には「ヘイ! チャーリー!」と一声掛けるのがソノカ流の礼儀である。
今度はM2重機関銃を撃ちまくっていた女子生徒の口を背後から押さえる。そしてナイフを喉に突き立て、引く。鮮血を噴き出した死体を海に蹴り落とす。
ソノカが顔を左右に振って髪や顔の窪みに溜まった海水を飛び散らせる前に、別の装甲ボートが銃撃を浴びせてきた。
「殺されたかったら列に並べ」
ソノカは飛行ユニットを展開し、飛び上がる。低空飛行しながら機関銃で装甲ボートの船上に置かれた爆雷を撃ち抜き、船体を木っ端微塵にした。
何隻かの装甲ボートを撃沈して、ソノカは『チェコのハリネズミ』と呼ばれる鉄道レールを三本組み合わせた障害物が幾つも転がった海岸に降り立つ。
火薬と血を吸い込んで赤黒く変色した砂浜にはモダン・タクティカルギアを身に付けたスピリットウルフ社の隊員の死体ばかりが転がっている。セーラー服にチェストリグ姿のダークホーム社の隊員の姿は見当たらない。スピリットウルフ社は苦戦しているようだ。
「あいつらを一歩も進ませるな!」
ダークホーム社は無反動砲と重機関銃を搭載した車両を、互いの射程距離や武器の威力をカバーしあうように配置していた。この二つの射線から相手が身を隠せば、無反動砲の砲撃をお見舞いする。
「十字砲火を浴びている!」
スピリットウルフ社の隊員達はチェコのハリネズミやエクラノプランの残骸に隠れて何とか応戦し、MP44自動小銃に取り付けられたカスタム品のフラッシュハイダーから槍のような閃光を伸ばす。
「ダメだ! 進めない!」
上陸部隊において先鋒攻撃を担当するA中隊は戦車や装甲車といった車両や、ロケットランチャー等の重装備を持っていない。それはまだ海上にいる主攻撃担当のC中隊が装備しており、迫撃砲やロケット砲で火力支援を行うS中隊に至っては上陸前にエクラノプランごと撃沈されて海底にいた。
「こちらシュヴァルツェ4‐1! 上陸第一波、失敗!」
マナ・フィールドを展開して「どうするかな」と考えに耽るソノカの足下で、スピリットウルフ社の隊員が無線機に向けて怒鳴っている。
「繰り返す! 上陸第一波、失敗!」
焦燥し切った声の響きがソノカの胸を高鳴らせる。状況は最悪に近いものになっているらしい。
「いいな。最高だ。最悪は最高だ」
ソノカは背部スラスターから噴射、砂浜に横たわる錆びた漁船やブイを飛び越え、海岸線を見下ろす陣地へと単身飛び込む。
空中でタブク自動小銃のチャージングハンドルを引き、地上から砲火を浴びせてくるダークホーム社員の上空を通過しながらトリガーを引く。
銃弾が空気を切る音が連鎖し、銃弾の進路上にあった肉体を貫いて引き千切る。
「AAA(対空砲)は近くにいないな。好きにやらせてもらう」
ソノカの目が忙しく動き、無反動砲や重機関銃を搭載したジープに視線を向ける。たちまち、それも兵士達と同じ運命を辿った。閃光と共に銃口から焔の槍が伸び、その先にある存在を血の霧か黄ばんだ白色の火の玉に変えた。
次々に吐き出される七・六二mm弾は地上の敵を舐めていく。一度に数名が芋刺しになり、弾丸の勢いで吹き飛んだ体の穴から砕けた肉片や臓器の入り混じった液体を撒き散らして倒れる。
「あのSOB(Son Of a Bitch・糞野郎)! 殺す!」
ジープを破壊され、地面に転がって爆発から逃れたダークホーム社の女性隊員は空に銃口を向け、しっかりとAK47自動小銃を頬に当てて構えた。金属音で敵に気付かれないよう可動部にビニールテープを巻いたセレクター・レバーを動かして発射方式をフルオートに変える。膝をつき、ソノカが頭上を通過する直前に短い連射を浴びせる。予想進路に弾幕を張ることで、勢い余ったソノカをそこに突っ込ませようとしているのだ。
「落ちろ! 落ちろ!」
空に向かって撃ち続ける女性隊員は突然ガスの抜けるような音を聞いた。
直後、ソノカのタブク自動小銃に取り付けられたグレネードランチャーから放たれた擲弾が地面で炸裂し、女性隊員の視界が緋色に埋め尽くされ、顔を熱波が焼いた。
絶叫しながら女性隊員は顔面を両手で覆う。指に焼け爛れた皮膚が滑った音を立てて剥がれていく感覚が走る。
自分のものではない自動小銃の銃声が鳴り響き、女性隊員は胸を思い切り殴られたような衝撃を受けた。
「あっ……ッ」
自分の胸を見る。赤黒い穴が黒焦げになったセーラー服に開いていた。目蓋が焼け落ちた瞳から光が失われ、女性隊員は絶命し地面に倒れた。
「――ッ!?」
空になったマガジンを交換してチャージングハンドルを引き絞ったとき、ソノカの背中に悪寒が走った。
「なんだ……?」
剥き出しの電極が、背中から僅か数mmのところにまで近付けられたような――悪寒。
爆音で鼓膜を打たれたソノカは高空を見上げる。
上空を通過する輸送機から人が空に身を投げ、パラシュートの花が空に幾つも咲いた。
「С нами Бог(神は我等と偕にす)」
ロシア語で祈るように呟いたソノカは上昇し、アイアンサイトの狙いをパラシュートに定め、連射を浴びせる。
二、三発撃ってから、すぐに目標を変えて、また二、三発。
銃弾でパラシュートを撃ち破られた直後、空挺降下してきた『何か』は即座にバックパックを切り離し、飛行を始めた。青い粒子が空に輝く。
撃ちながらソノカは上昇し、『何か』改めヴァルキリーに向かっていく。すれ違う瞬間に左手でナイフを振るって両脚を切断してやり、バランス感覚を失って自分の飛行ユニットに振り回されるように上昇していくヴァルキリーをタブク自動小銃で蜂の巣にする。
着地するなり、ソノカは別のヴァルキリーからの突貫を受けた。殆ど零距離の状態で発砲し、ヴァルキリーの右腕を付け根から吹き飛ばす。次に左手でナイフを抜き、下から縦の一撃で左腕を切り落とす。左右の断面から赤黒い液体が大量に噴き出し、ソノカの顔面を汚した。
「こいつ――」
トドメを刺そうとしたソノカは足を止め、大きく目を見開き、額から大粒の汗を滴らせて手にした血塗れのナイフを地面に落とす。
目の前に佇む両手を失ったヴァルキリーが自分と同じ顔をしていたからだ。
いや違う。
襟や袖をフリルで縁取られた、悪趣味な衣装のヴァルキリーの顔が自分と同じなのではない。自分の顔がそのヴァルキリーと同じなのだ。
「わかっている。ここで、こうやってクローンヴァルキリーと会うことはわかっていた……」
ソノカの額から大粒の汗が滴り、地面へと落ちていく。唇が震え、目の周囲の筋肉が痙攣を起こして引き攣る。
「何度も何度も……このとき……ことを想定して……」
心臓の鼓動が急激に高まっていき、視界が白くなっていく。
銃声。
ソノカの前にあったヴァルキリーの頭が西瓜のように四散した。
「よくも緑のジリョーヌイを! 許さない!」
たった今、タブク自動小銃で仲間の頭を吹き飛ばしたノエル目掛け、同じ顔をして色とりどりのヘアカラーとローブカラーを持つ別のヴァルキリーこと、クローンヴァルキリーが撃ちながら上昇してくる。
「過去の自分と向き合って今の自分を再確認する、か。良いことだね。自分の原点に立ち返り、なぜ『今』があるのかを考える。私も今度やってみよう」
ノエルは易々と銃弾を回避する。胸部に振り回されるようにして手足が追従するのは背部ユニットの推進力があまりにも大きすぎるせいだ。
「ジョールトゥイとローザヴイは私についてきて! シーニーは援護!」
ロシア語で『赤』を意味するクラースヌイに『黄色』と『ピンク』を意味するジョールトゥイとローザヴイが追従した。
「ああ、君達の名前はロシア語読みなんだね。聞いてた話だとイタリア語読みのはず……キャロラインもいい加減だなぁ。別にいいけど」
『青』を意味するシーニーから放たれた大口径ライフルの銃弾を回避して、ノエルはオープンフィンガーグローブから覗く指を顎にあてる。
「ばーい!」
「待て! 逃げるなんて卑怯だよ! テウルギスト!」
背を向けて距離を取ろうとするノエルをクローンヴァルキリーは追跡する。
「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」
クラースヌイとジョールトゥイ、ローザヴイは手にした日本製の一〇〇式機関短銃を発砲する。空薬莢がパラパラと飛び散った。
「逃げるかと思った?」
ノエルは水平飛行したまま進行方向と高度を変えずに体の仰角を九十度近くに変え、
「ところがどっこい。私は笑いながら、君達を殺すんだ!」
そのまま後方に一回転して相手の背後を取る。
「これが、パステルナーク・クルビット!」
口から吐血しつつ、オーバーシュートしたクローンヴァルキリーにノエルは言い放つ。
パステルナーク・クルビットとはヴァルキリー同士の空戦で勝つためにマリア・パステルナークが考案した空戦技法だ。相手に後ろを取られた不利な状態から、逆に背後を奪い返して一気に優勢へと転じる。その際にかかる過度のG故に使える者は限られていた。マリア・パステルナークとノエル・フォルテンマイヤー以外にこの技を使えるのはタスクフォース563のエレナ・ヴィレンスカヤぐらいだろう。
ノエルはマリアが好きだった。弟を守りたいという純粋な願いを胸に戦った、彼女の炯々と光る双眸の刃の如き鋭さが今は懐かしくて仕方が無い。英雄であるマリアは多くのヴァルキリーの心の中に生きている。
「はっぽう!」
真後ろという絶好の射撃ポジションを手に入れたノエルが発砲するが、クローンヴァルキリーは左右に急旋回して逆にノエルの背後を奪い返す。
本国の軍人達が「電話ボックス内で行われるナイフ戦」と揶揄するヴァルキリー同士のドッグファイトが始まった。
クローンヴァルキリーはルース・デュース編隊でノエルを追う。これは、先頭の二人が目視で敵を捉え、残る二人は後方で高速S字飛行を続けて相手に攻撃を仕掛けるというものだ。距離を開けておかないと後方の機体が攻撃した場合、前を行く機体に当たる場合がある。
「まあ、下手ではないね」
後方から浴びせられる銃弾がノエルの周囲を掠め、僅かな空気の擦過音を響かせる。
「ほいさ!」
満足げにノエルは口元を緩め、減速。空中で逆さまになりながら向き直ってタブク自動小銃を発砲した。
クローンヴァルキリーは先頭の二人がマナ・フィールドを展開しながら減速し、後方の二人は最大加速でノエルの横を通過した。後方の二人はノエルの背後で反転、五時と七時の方向から攻撃をかける。そして再加速した残りの二人は十一時と一時の方向から攻撃してきた。
「面白いことをしてくるじゃないか! そういうのは好きだ!」
最大出力でノエルは正面のヴァルキリーに向けて突進する。
「先に逃げた者が負ける」
すれ違う直前で二人の少女が左旋回する。ノエルの言葉の通り、先に逃げたのはクローンヴァルキリーの方だった。
二人のクローンヴァルキリーのうち一人は離脱したが、背後を取られたもう一人は低空へ逃げる。ノエルに地面に激突させる恐怖を与え、諦めさせようという魂胆なのだ。
「あっ! そういうことする? するんだね! じゃあ撃つ!」
ノエルが射撃を行うと同時に、恐怖したクローンヴァルキリーはスプリットS――縦方向にUターンする空戦機動――を低空で行ってしまった。
こうして『青』のクローンヴァルキリー、シーニーは自分から地面に突っ込み、砂浜の染みへと変わった。
「よくもシーニーを! ジョールトゥイ! ローザヴイ!」
「うん!」
「仇は取る!」
ノエルが再び上昇すると、先ほど後方にいたクローンヴァルキリーが次々に一撃離脱を繰り出してきた。
クローンヴァルキリーは一撃を加えると大きく旋回し、時間差でノエルに同じ方向からの攻撃を繰り返す。
「おっ、草刈り戦法か。いいね!」
草刈り戦法とは一人の後方に一人がついて先行する者を守り、二人の間にいる敵を撃墜するまでひたすら円を描いて飛び続ける戦法だ。エルメンドルフ戦争では、ガーランド・ハイスクールの攻撃機A‐1スカイレーダーが襲撃を仕掛けてきたヴォルクグラードのヴァルキリーにこの戦法で立ち向かい、撃墜した記録が残っている。
ここでノエルがクローンヴァルキリーを追えば別のクローンヴァルキリーに追い回される草刈りの完成だが、
「でも私は付き合わない!」
ノエルは背部ユニットを噴射し、白い航跡を両翼端から曳いて左急旋回降下した。
「逃がすか!」
低空域に到達したノエル目掛けて、三人のクローンヴァルキリーは一〇〇式機関短銃と対物ライフルの射撃を浴びせる。
ノエルは自分に襲い掛かる大量の銃弾を避けてタブク自動小銃で応戦するが、放たれた銃弾は相手を貫かなかった。
逆にグレネードランチャーからの砲火が撃ち込まれ、マナ・フィールドに直撃を受けたノエルは衝撃と共に地面へと叩きつけられる。
激しい衝撃。
ノエルは口から吐血する。眼鏡にヒビが入った。だが口元は緩んだままだ。
「いける!」
ジョールトゥイが黄色い髪を振り、一〇〇式機関短銃に銃剣を付けて急降下してくる。
「倒しやすい敵など一人もいない。皆必死で戦うし、一つ間違えば逆転する」
ノエルはぼそりと口にする。それはかつてマリアが彼女に送った言葉だった。
「君達の敗因……それはシンプル。ただ単に敵を見くびったことだ」
地上でノエルは身を起こすと背部ユニットに装備されたノズルから大量の赤い粒子を噴射し、
「見ておくといい。眼前の勝利が音を立てて崩れ去るのを!」
爆発的な加速で急上昇する。
「ジョールトゥイ! 危ない!」
ピンクの髪とローブのクローンヴァルキリー、ローザヴイが仲間を救うため一〇〇式機関短銃を連射する。
あっという間にマガジンが空になり、ローザヴイは銃身の下に付いているグレネードランチャーまで放つが、そのとき短機関銃から放たれる銃弾を右へ左へと回避したノエルは既に上昇しきり、彼女の背後を取っていた。
「えっ……」
ローザヴイの視界に地面に吸い込まれていく頭の無くなったジョールトゥイの姿が映る。
自らが放ったグレネードが地面で炸裂するのと同時に、ローザヴイの頭を銃弾が貫いた。銃弾が口から飛び出し、バケツをひっくり返したように大量の血液が零れる。
「――ァ……ッ」
唇、顎、舌を吹き飛ばされたローザヴイは振り向き、痛ましい苦悶の声――正確には音――を漏らしながら恐怖に見開かれた目でノエルを見た。
更に数発の銃弾が、今度はローザヴイの肢体を貫く。撃ち込まれた銃弾が背中側に抜けるたび、華奢な肉体が痙攣じみた動きをする。
「いけない!」
力を失って墜落するローザヴイを眼前にして、ノエルは両手で自分の頬を掴む。
「手足を千切ってない! 忘れた! 私としたことが!」
肉の付き具合といい、張りといい、マリア・パステルナークやノエルが五年前にぶち殺したキャロライン・ダークホームと同じ塩基配列パターンを持つビクトリア・ブラックバーンほどの逸材ではないにせよ、クローンヴァルキリーは普通に殺すのは惜しい存在だったというのに……。
「私は非常識だ! 打ちのめされた!」
ノエルは涙目になって、戦場から離脱することにした。もう何もする気にならない。戻って、ベッドの上で枕を濡らそう。エーリヒに頭を撫でてもらうのも良い。
「戦場では必ず女の子の手足を千切るという『一般常識』を忘れてしまった!」