第二章4
一九五〇年八月十日の昼過ぎ。
スピリットウルフ社の航空戦力が高速でトビシマ・アイランドへと接近しつつあった。
赤いマナ・エネルギーの粒子を残して飛行中のノエル・フォルテンマイヤーに追従するのはスピリットウルフ社がシュネーヴァルト空軍から借り受けたTa483フッケバイン2だ。操縦しているのはヴォルクグラード人民学園出身のパイロットで、彼らもまた卒業後に行き場を無くして出戻った者達である。
「先に行くよ!」
長い丸太に翼を付けたような形の戦闘爆撃機に手を振ったノエルは速度を上げる。
スピリットウルフ社のトビシマ・アイランド上陸作戦はノエルが島の防空能力を奪う『アイアンハンド』を行った上で本隊が上陸する流れになっていた。
ノエルがS字カーブを描きながら島に近付くと、ローブの襟首に入れたトカゲが暴れ始めた。レーダー照射を受けたことに気付いたのだ。トカゲは襟首を出てノエルの胸元に飛び込み、その豊満の中で暴れる。
「わお! エリーが揉むより激しい!」
柔肌を撫でるざらついた鱗の感覚に酔い痴れていると、ノエルの正面からミサイルが二発、迫る。ドイツ製のライントホター・ツヴァイ。二段推進式の地対空ミサイルだ。
ノエルは一発目のミサイルを上昇して回避し、タブク自動小銃で狙い撃って破壊した。
爆煙の中から二発目のミサイルが飛び出し――直撃コース――ノエルは後方へ一回転し、ミサイルの本体を踏み台にして縦方向に上昇、発砲して撃ち落す。
更に多くのミサイルがノエル目掛けて突っ込んできた。
鋭い音と白熱灯のような閃光が矢継ぎ早にノエルの聴覚と視覚を激しく刺激した。白い電柱のような形をした地対空ミサイルが真横を通過していくたび、神経や内臓の機能も停止したかのような感覚に襲われる。
「このストレスが! 身を押し潰されるようなハイパーストレスがたまらない!」
喜びの声を上げながら、ノエルは更に島へと近付く。
ノエルはミサイルを回避し、ミサイルが残した白煙から発射台の位置を逆算した。トランシルヴァニア戦争でSACSの航空機がMACTのライントホター・ツヴァイに行っていた攻撃方法を踏襲し、煙の起点に急行する。
すぐに森の中に作られた地対空ミサイル陣地が見つかる。
拳銃まで使ったダークホーム社の対空砲火を掻い潜りながら、ノエルは高速で、それでいて緩やかな角度で旋回する。
ミサイル発射台の旋回速度を上回るスピードでその反対側へと回り込んだノエルは舌で上唇を舐め、タブク自動小銃に取り付けられたアイアンサイトの十字の中央にミサイルを捉えるとセミオート射撃を連続して行った。銃弾がミサイルに命中し、誘爆を起こす。真っ黒い煙と共に破片が飛散、放り上げられた泥の塊や岩がノエルのマナ・フィールドを激しく乱打した。
「やっぱり! やっぱりだ!」
ノエルは一九四五年のホテル・ブラボー攻防戦で気付いた可能性が、確信に変わる瞬間に感嘆を覚えた。
「ミサイルは――おちんちんなんだッ!」
ノエルは大声を上げた。
アルカという場所はフェミニズムに満ち溢れた場所だ。だがそのフェミニズムはただ女性に優しく接するというものではない。幸せな家庭が親のエゴで崩壊していく様子を描いた映画のように、こうなってはいけないという反面教師的な意味合いを持っている。
アルカは女性に厳しい。女性兵士だろうと容赦無く手足を千切られるし、内臓は飛び出る。目玉は抉られ、戦車にだって踏み潰される。それは男性の性欲の象徴であり、殺されるということは犯されることを意味する。
そんな中で男性に依存しないヴァルキリーという強力にして勇敢な女性が自分の力で暴力や兵器という男性性を粉砕する……それ即ち、横暴な男性器に対するフェミニズムの勝利なのだ!
「これだから!」
ノエルは思い切り叫ぶ。
「これだから! アルカはやめられない!」