第二章3
トビシマ・アイランド西部にあるダークホーム社の社屋の壁は白く、瓦が敷き詰められた屋根を持ち、その屋根の両端に金の鯱ならぬ金の狼を置いていた。日本の城をデザインコンセプトに加えているのだ。
建物の各地には『強力型戦闘体』とか『無条件の愛』、『犠牲』といった胡散臭い日本語が書かれたプレートが設置されている。
キャロライン・ダークホームが『実際強い』の垂れ幕が掛けられた社屋の入り口から外のベースキャンプに出ると、英国本土の訓練センターで八週間の厳しい訓練課程を途中で切り上げたPMC隊員達が次々にヘリで降り立っていた。
「社長ーっ!」
数名の女性隊員がキャロラインの姿を見つけるなり手を振る。直後に離陸するヘリの風圧でパンツをまる見えにされ、彼女達は頬を真っ赤にしてスカートを押さえた。
「黒……最近の娘はませてるわね。どうせ見せる前に九割が死ぬっていうのに」
キャロラインが次に足を運んだ格納庫では戦車や装甲車がメカニックの手によって整備されていた。
アルカを主導する多国籍企業、グレン&グレンダ社が行って見事に失敗したプランの一つにフリーダム・ファイター計画がある。これは学園ごとに異なる兵器の部品や装備、操縦系の規格を統一するため、アルカ全校の使用する兵器を各国の生産性と信頼性に優れたものに強制的に置き換えるという計画だったが、実行早々にグレン&グレンダ社の各国支社は強く反発した。結局置換はロクに行われず、頑丈すぎるが故に処分コストが馬鹿にならない規格外扱いの兵器や装備は安価でブラックマーケットにばら撒かれた。その後、アルカに災いをもたらしたラミアーズやSACSの使用兵器がそういった放出品だったのは皮肉としか言いようが無い。
この格納庫に並ぶ兵器もまた例に漏れずフリーダム・ファイター計画で母校を追われたものだ。正確に言うと纏めて廃棄処分される予定だったものをダークホーム社が襲撃して強奪し、各学園に賄賂を渡して『譲渡』扱いにさせたのだが。
外に出て、ビーチパラソルの傘下にある椅子に腰掛けたキャロラインは部下に陶器のカップとティーポット、砂糖壺、フォートナム・アンド・メイソンのビスケットを用意させた。
「キャロライン様」
白いカップに口をつけるキャロラインの背中に声が投げかけられる。
「あら、もう来たのね。クローンヴァルキリーのお嬢さん方」
キャロラインは肩越しに背後を見る。そこには五人の少女がいた。
少女達は皆、同じ姿をしていた。PMCのセーラー服にチェストリグという格好ではない。
五人とも同じ、整った目鼻立ち。
五人とも同じ、襟や袖をフリルで縁取られた衣装。
五人とも同じ、膝まであるブーツ。
「人民生徒会の作りし亡霊……か」
忌まわしげにキャロラインは言う。
アルカは短い歴史の中で、フリーダム・ファイター以上にろくでもない、狂気に満ちた計画を二つも生み出した。
ロシア語で『戦士』を意味する、ヴォエヴォーダ計画。
同じくロシア語で『再生』を意味する、ヴォズロジデニヤ計画。
そしてこの二つの計画は今、キャロラインの手中にある――。