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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 RAID ON FINAL FRONT 1950
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第二章2

 リトル・ハイフォンの港には飛行機とも艦船とも似つかない、奇妙な『何か』が並んでいた。

「なんだこれ。イカの化け物か?」

 飛行機と呼ぶには主翼が短すぎ、艦船と呼ぶにはスリムすぎるその『何か』を見たソノカ・リントベルクは胸中をそのまま言葉にして口に出す。

「これはエクラノプランだ。地面効果翼機……海面スレスレを飛ぶ飛行機じみた艦艇だよ」

 ノエル・フォルテンマイヤーに説明されて、ソノカはますますわけがわからなくなった。

「んーとね――」

 ノエルは本国の『頭でっかちで本で得た知識しか無い癖に素人を見下すような軍事評論家』が丸写しでよく使う百科事典に載っていたというエクラノプランの情報を口にする。

「ということらしいよ」

「なるほど。全くわかりません」

「だよねぇ。私もわからないんだ。ヴォルクグラード軍の死蔵品らしいけど、こんな得体の知れないものより普通の上陸用舟艇を使いたいってエリーは言ってたよ」

「統括本部長はいいんですか?」

「いいよ」

 ノエルはソノカにウィンクして、舌を出す。

「だってこのエクラノプラン、乗ってて楽しそうじゃないか」

 二人の背後をスピリットウルフ社の隊員達が進み、港に係留されたエクラノプランに乗り込んでいく。

 スピリットウルフ社のPMC隊員達は第二世代ヴァルキリーのオーバーテクノロジーを流用したモダン・タクティカルギアを纏っている。アタッチメントが付いたベストや暗視装置を取り付けられるできるヘルメット、肘や肩のプロテクターに、バラクラバで覆い隠された顔。『FUTURE SOLDIER』という名前を付けられ、半世紀先の戦場で戦っていてもおかしくないような先進的装備だった。

 モダン・タクティカルギアは本国ではなくアルカで生まれた装備だ。本来、ヴァルキリーやマナ・クリスタルに関連する技術はグレン&グレンダ社によって独占されており、学園側がそのブラックボックスに手を出すと重いペナルティが課せられた。だが、各学園の技術者達はギリギリのグレーゾーンで新型装備の開発を進め、一九四五年のラミアーズ戦争に前後してモダン・タクティカルギアを装備した兵士達の姿が戦場で散見されるようになった。特にエーリヒ・シュヴァンクマイエルはこの装備を好んでおり、自らが指揮したMACTの兵士達は全員がモダン・タクティカルギアに身を包んでいたし、エーリヒ本人も着用して最前線で戦っている。だからタスクフォース609やMACTの流れを汲むスピリットウルフ社がモダン・タクティカルギアを装備するのは至極当然の流れだった。

「統括本部長、打ち合わせの時間です」

「はいさーい。今行くよ。じゃね、ソノカ。またあとで」

 部下に呼ばれたノエルが立ち去ると、ソノカは暇を持て余すことになった。

「ふむん」

 今は作戦前の微妙な空き時間だ。遊びに行くには短い。こういうとき意識の高いヴァルキリーは孤児院にいる子供達の笑顔を見て『守りたいもの』を再確認したりするんだろうが、生憎ソノカは子供が泣き叫んでいるのを見ると背後から頚椎を圧し折って殺したくなる衝動に駆られるし、守りたいものは何かと聞かれても『非課税のボーナス』としか答えることができない。意識の高いヴァルキリーは『世界を守りたい』とか本気で話すが、いやこの世界に守る価値はないだろうとソノカは思うのだった。

「おっ」

 ソノカは手頃な玩具を見つけた。港のフェンスの向こう側にヴォルクグラード学園軍の兵士が立っている。古めかしい軍服を着て、肩にスリングでPPSh‐41短機関銃を掛けている。短機関銃にはフラッシュライトもダットサイトもフォアグリップも付いていない。カスタマイズされていない銃は久々に見た。

「そらいけ」

 足下に落ちていた煙草の吸殻をソノカはフェンスに向かって投げた。ちなみにソノカは喫煙者ではない。酒も煙草もやらない。女は少々嗜むが。

「すまない。空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教えに従ってお前の足下に吸殻を投げてしまった」

 棒読みにも程がある三文芝居で謝りながら、ソノカはフェンスへと歩いていく。

「本当のことを言うとスパゲッティより日本蕎麦の方が好きなんだがな……」

 露骨な嫌悪の表情を見せる憲兵に無表情で視線を送りながら、ソノカはチューインガムを口に放り込み、クチャクチャと音を立てて噛み始めた。

「私だって食うものぐらいは選ぶぞ。ヤギも吐き出すようなシロモノも飲み込めるが、一日六十ドル以下の安っぽい食事はお断り」

「戦争の犬が何の用だ?」

「随分と嫌な顔をしているな。何故だか当ててみよう。本来アルカ学園大戦の主役であるはずの自分達学園軍が、どうして後から出てきたPMCの警護をしなければならないのか……と」

「わかってるじゃないか」

 そう返すヴォルクグラード兵は苦笑すらしなかった。

「だがこういう事実もある。ルールで縛られた『戦争ごっこ』にしか対応できない学園軍はリアルな『戦争』では使い物にならない。そのことを一九四七年にSACSが証明した。高度に発達した民間軍事企業は正規軍と見分けがつかないんじゃない。正規軍に勝るんだ。まあ……そんなことはどうでもいい。ところで、ヴォルクグラードでも我々を雇ってはくれないだろうか。旅団規模の兵力をお得な価格でスピーディに提供できるぞ」

 現在、ヴォルクグラード人民学園はエルメンドルフ戦争における戦力の大量喪失から回復できず、錬度不足の新兵を前線に投入して苦戦を強いられている。三倍近い兵力差があっても敗北し、虎の子のスペツナズを通常の強襲部隊として運用し大損害を出すなど、マリア・パステルナークが知ったら手首を剃刀で切るのではないかと思えるぐらいの惨状だった。

 ソノカはそれを知った上でヴォルクグラード兵に話す。

「豊富な実戦経験を持ち、高度な訓練を受けた千人の兵力――追加料金で攻撃機や武装ヘリも貸し出せる。濃厚なナパームの香りを毎朝楽しめるぞ」

 舌打ちして、ソノカの言っていることが理解できない……正確には理解したくないといった様子で憲兵は立ち去っていった。

「世の中では守るものがあったら正義の味方で、無ければ悪役らしい」

 表情を曇らせたソノカはポケットから過去二十四時間に起こった出来事が纏められているINTSUM(情報概略)の紙を取り出す。

「やっぱりそうなんだろうか」

 ソノカは紙にガムを吐き、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込む。そして港へと戻った。

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