第一章7
タカハタベルクの上空で近接航空支援を行っていたダークホーム社のヴァルキリーが、突如右腕を吹き飛ばされた。
「クソッ! 畜生! なんだ!?」
ヴァルキリーは激痛に顔を歪めて血の滴る断面を手で押さえながら、今自分の手を吹き飛ばした銃弾がやってきたであろう方向を見る。
赤い粒子が接近してくる。それも、とてつもない高速で。
「茶番劇の舞台でこそ全力で踊るに相応しい!」
空域に展開する全てのヴァルキリーの脳に、ヴァルキリー同士のみが可能とする言葉を使用しないマナリンク通信で声が響く。
「ファルケ1‐1より全ヴァルキリーへ、ローエングリン1‐1のお出ましだぞ。撤退する。我々がいても邪魔になるだけだ。コーヒーブレイク」
スピリットウルフ社のヴァルキリーがそそくさと離脱していく。それを追おうとするダークホーム社のヴァルキリーは矢継ぎ早に手足『だけ』を吹き飛ばされた。
先ほど右腕『だけ』を切断されたダークホーム社のヴァルキリーが、今度は左腕『だけ』を銃弾で引き千切られ、更に別のヴァルキリーが左足『だけ』を撃ち砕かれる。
「嬲っているのか!?」
左手を失ったヴァルキリーが苦悶に顔を歪めながら、右手で腹部に鎮痛剤の注射を打ち込む。小指の太さ程もある注射針を通して高濃度のモルヒネが少女の体内へと送り込まれた。
「四肢の切断はアート! 即ち芸術なんだ! 私は戦場を駆けるバイオレンス・アーティスト! 人の手足を切断することで自分を表現する!」
青ではなく赤いマナ・エネルギーの光と共に来襲したチェストリグ装備のヴァルキリー――コールサイン(無線通信上で行われる呼び名)・ローエングリン1‐1こと、ノエル・フォルテンマイヤーが高々に宣言する。
「そう、暴力による自己表現!」
ノエルの薄桃色の舌が形の良い上唇を舐めた。
「気違いめ!」
手足を失ったヴァルキリーはふらふらとバランスを崩しながらノエルに発砲するが、
「燃え盛る情熱を持ったアーティストは狂人と大差無い!」
撃たれる側のノエルは短機関銃の連射を左手首に展開したマナ・フィールドで弾きながら肉薄していく。そしてヴァルキリーの腹部に銃弾を浴びせる。
ヴァルキリーはマナ・フィールドで防ぐが、その衝撃によって内臓が破壊され、大量に吐血してしまう。
「くるりんと!」
ノエルは横に一回転して左のアッパーを浴びせる。ヴァルキリーの舌は伸びた状態だった――顎が打ち上げられた拳によって無理矢理閉じられ、歯が舌をぶちりと音を立てて千切った。
哀れにも『舌切り雀』となったヴァルキリーにトドメを刺すと、ノエルは戦場の上空を我が物顔で乱舞し始める。
ノエルが通過するたびに血飛沫が弾け、市街地のあちこちに殆ど黒に限りなく近い赤が配色された。手足を切断され、苦悶の表情を浮かべたままの死体が幾つも転がる。その周囲には、更に多くの千切れた手足が散らばっていた。
「どうしてあいつは手足を切ってから人を殺すんだ!?」
「狂ってる! あいつはサイコパスよ!」
ダークホーム社のヴァルキリーから浴びせられる罵詈雑言の嵐がノエルの心を明るいもので満たしていく。
「ありがとう! 私は嬉しい!」
ノエルは人間の手足を戦闘中に生きたまま切断することに至上の喜びを感じる。世界狂人オリンピックを永年開催しているようなアルカの中でも、頭を撃って一発で相手を死に至らしめると本気で悔しがる者は恐らく彼女だけだ。相手を殺すときは必ず手足を千切り、その上で殺す。
「これは私からの感謝だ!」
弾幕を掻い潜りながら、ノエルはタブク自動小銃の狙いをやはり敵の手足に定めた。
「ありがとうを受け取って欲しい!」
銃口から送り出される七・六二mm弾の直撃を受け、ヴァルキリーや地上で抵抗するダークホーム社の隊員の手足が軽やかに吹き飛ぶ。手足が切断されると、続いて芋虫のように地上を這うことしかできなくなった存在に幾つも大穴が空き、暖かい臓物が飛び出した。
「君もやる?」
着地して、まだ生きているヴァルキリーの太腿を思い切り踏み付けたノエルはその様子を呆然と見つめるスピリットウルフ社の新米隊員に声をかける。
「じ、じ、自分は遠慮しておきます!」
新米隊員は腰を抜かしそうになりつつ、何度もストンピングを繰り返して湿った肉の音を響かせるノエルの前から脱兎の如く離れた。
「うーん」
ノエルは口元に人差し指をあて、何故自分の嗜好が理解されないかを考える。
「なんでかな? なんでかな?」
今まで誰一人として四肢切断に賛同してくれた人がいない。みんな残酷だとか弾の無駄遣いだって言う。
みんなは考えないのだろうか?
夜、ベッドに入ってから『好きな女の子の手足を生きたままもいだら、その子はどんな反応をするんだろう?』とか……。