第一章4
安全エリアであるグリーンゾーンの外……赤信号を無視して横断歩道に入れば車に轢き殺されるのと同じように、迂闊に歩き回れば飛んできた銃弾に命を奪われるということから命名された『レッドゾーン』エリア内にあるグレン&グレンダ社のモータープールはダークホーム社のPMC隊員達に警護されていた。
車体横に『GLEN&GLENDA』とペイントされたトラックが何台も並ぶモータープールを囲うフェンスの周りに学生と兵士の中間の格好をした若者達がいる。男子生徒は夏用の白いワイシャツと黒いズボン、女子生徒はセーラー服を纏い、両手首を黒いオープンフィンガーグローブで覆っている。膝と肘にパッド、女子はハーネスで男子生徒はチェストリグに予備のマガジンを入れている。
ダークホーム社のPMC隊員達は木製のハンドガードの下にこれまた木製のフォアグリップが付いたルーマニア製のAK47――AIM自動小銃を装備している。今やアルカにおいてPMCとAK47はお互いに無くてはならない関係になっていた。信頼性が高く、また部品や弾薬の供給が容易なAK系統の自動小銃をどの会社も使用しているのだ。無理もない。何かあればそのあたりに転がっている敵のPMCの死体からAK47やそのマガジンを奪えばいいのだから。
「センパイセンパイ、爆撃ってどんな感じなんですか?」
まとわりつくような湿気、汗で肌に張り付く下着に辟易していたダークホーム社のPMC隊員タカコ・マチダに先月入ったばかりの新人マキがそう訊く。
「風よ。地獄から吹く風があればの話だけど……太陽が大地に降りてくるのなら、太陽かも。『ニューヨーク・タイムズ』にそう書いてあったわ」
タカコ・マチダこと町田貴子は日本系の和州学園に在籍しながらダークホーム社に所属している。和州学園のあるヨネザワシティからタカハタベルクまでは三十分ほどの距離にあるため、今日のようにシュネーヴァルト学園管内での業務を行うことも多い。名前を英語読みにしているのはダークホーム社が英国の企業であり、それに準拠しているだけのことだ。
「へぇー……凄いんですねぇー……」
「凄いのよ」
アメリカ製ジープの脇で気の抜けるような会話をしているタカコとマキだが、携えた自動小銃の銃口は常に斜め下を向けられ、引き金に指はかかっていない。所謂銃口管理である。一見しただけでは誰も気付かない部分、恐らく本国のコアなミリタリーマニアでも気付くのに数分を要するであろうそれは戦闘用に作られた彼女達が短期間のうちに高度な戦闘のスキルを身に付けた証であった。
突然、風を切る音がタカコの鼓膜を打った。
肉が激しく叩かれる音が続いて鼓膜を打ち、地面にマキの肉体が倒れ込む音が響く。
「シチュエーション!」
近くにいた、上半身を防弾ベストで覆った男子隊員が叫んだ。アルカでは街中で突如自分達を狙った銃声が聞こえるような『危険な状況』をシチュエーションと呼ぶ。
一斉にダークホーム社の隊員達は建物の上や窓に銃口を泳がせた。
タカコは撃たれたマキの襟を掴んで引き摺り、物陰に運ぼうとする。だが歪に回転しながらマキに命中した弾丸はセーラー服を突き破り、発育途中にある女性の少女の中で凄まじい殺傷力を発揮したらしい……引き摺った瞬間に腹部と下半身に妙な空間ができ、赤黒く汚れたセーラー服が不自然に窪んでマキの口からゴボゴボと赤い泡が零れ落ちた。
「誰か手を!」
タカコが叫ぶと、一人の男子隊員が銃を背中に掛け、駆け寄ってきた。男子隊員はタカコと共にマキを抱き抱え、物陰へと運ぶ。
物陰に入るなりタカコは傷口を確かめるためマキの濃い赤で染まったセーラー服を捲った。鮮やかな薄桃色の腸が飛び出す。体内を駆け巡ったAK47の銃弾が撃たれたマキの内臓を破壊し尽くしたのだ。
「センパイ……私……死にたくありません」
焦点の合わない目でマキはタカコに訴える。
「大丈夫。大した怪我じゃない」
男子隊員はマキにそう言ったが、同時にタカコに向かって首を横に振った。
「すぐ助けが来るからね。頑張って、マキ」
「お腹が痛いです……とっても……とっても痛いです。助けて下さい……センパイ……痛いです」
「大丈夫……大丈夫だから……」
目配せして男子隊員を戦闘に戻らせると、タカコは白目を剥いて口端から泡を噴くマキの姿に言葉を詰まらせる。
「神様――」
「お前は勘違いしているぞヤポンスキー。神様は高額納税者しか助けてはくれない。そして今日は有給でシエラレオネだ」
木製ハンドガードの左右に三つの冷却孔を備えた、ソ連で生まれ、ユーゴスラビアで育ち、イラクでクローニングされたAK47ことタブク自動小銃から銃弾が放たれる。銃弾はマキの左目から入り込んだ。
着弾の衝撃で骨片混じりの血に押された両目が活きの良いオタマジャクシばりの勢いで飛び出す。ただの黒い穴と化した二つの眼窩から赤熱の溶岩よろしく血が流れ、マキは即座に絶命した。
「マキ! マキ!」
両頬に涙を走らせ、タカコはまだ温もりを過分に残した後輩の遺体を抱き起こす。そして後頭部に銃弾を浴び、自分も顎から上を吹き飛ばされた。
「羨ましいな。泣いてくれる人がいるとは」
タイガーストライプパターンの戦闘衣に身を包み、二人の少女を殺害したソノカ・リントベルクは左右に翼が伸びたバックパックから青い粒子を残して空を駆けた。
ソノカはヴァルキリーだ。
地球に落下した隕石内に含まれていたマナ・クリスタルという鉱石とそれに含有されるマナ・エネルギーとの親和性を有した女性プロトタイプの総称。液状化したマナ・エネルギーが固着して形成される『マナ・ローブ』を纏うことで戦車の装甲と火力、戦闘機の速度と機動性を人間サイズで実現した存在。背部ユニットを使っての単独飛行や『マナ・フィールド』と呼ばれる堅固な防御障壁の展開を可能とする、アルカ学園大戦における食物連鎖の頂点に立つ戦乙女。
人々がアルカ学園大戦について語るとき、必ずヴァルキリーの存在もセットになって説明される。一九四三年に圧制を敷く人民生徒会を打倒してヴォルクグラード人民学園を救ったマリア・パステルナークとその忠実な部下であるエレナ・ヴィレンスカヤ。一九四五年にラミアーズの首領として全世界に戦いを挑み、惨敗したアビー・カートライト。一九四七年のトランシルヴァニア戦争で戦った傭兵ヴァルキリーのカロル・サンピエール。多くのヴァルキリーが彗星のように現れては人々に記憶に刻まれ、そして死んでいった。
「ブロークンアロー! 繰り返す! ブロークンアローだ!」
「CATの支援を要請する!」
「こちらもヴァルキリーを呼べ!」
突如現れたスピリットウルフ社のヴァルキリー、ソノカ・リントベルクに向けて手にした自動小銃を撃ちまくりながら、ダークホーム社の隊員達はインカムに叫ぶ。
「スピリットウルフの連中は何を考えてるんだ!? 俺達と『本物の』戦争がしたいのか!?」
ダークホーム社の隊員達はAK47自動小銃が弾切れになると、左手で新しいマガジンを取り出し、マガジンレバーを押して古いマガジンを外す。そして新しいマガジンを入れる。間髪入れずに下から手を反対側に通して本体右側のチャージングハンドルを引き、また発砲する。
「弾は手持ちの分で全部だぞ!」
「いいから撃て! 相手はヴァルキリーだ! 皆殺しにされるぞ!」
別の隊員のAK47自動小銃が給弾不良を起こす。隊員は悪態をついてマガジンを抜き、チャージングハンドルを何度も前後させて中の弾丸を排出、マガジンを交換して発砲した。だが、すぐに再度の給弾不良が彼のAK47自動小銃を襲う。
「くそ!」
もういいと言わんばかりに隊員は使い物にならなくなったAK47自動小銃をスリングで背中側に送り、太腿のホルスターから拳銃を抜いて撃った。
「小火器で私を殺すのは無理だろう……」
ソノカはマナ・フィールドで浴びせられる銃弾から身を守りつつ、左腰の鞘から二本の大型ナイフを抜き取ると、両手でそれを構えて地面を蹴る。
「私を殺したかったら一万五千発の戦術核でも持ってくるんだな」
刹那、ダークホーム社PMC隊員達の背中側に着地したソノカの背後で幾つもの血の花が咲き誇った。