第一章3
グリーンゾーンとPMC隊員の間で呼ばれる、学園都市タカハタベルク内の要塞化された四方の中にスピリットウルフ社によって買い取られた旧シュネーヴァルト学園の学生寮がある。今この建物は、同社のアルカ営業所として機能していた。長方形でこれといった特徴のないヨーロッパ風の巨大な建物の中にはコーヒーの香りと冷凍もののハンバーグパティやオニオンソテーの匂いが漂い、広いミーティングスペースに設置された大型テレビには放送委員会が製作したニュース映像が絶え間なく流れている。テレビと反対側の壁にはスピリットウルフ社のロゴが大きく描かれていた。狼の横顔を模したロゴには、かつて狼の街――ヴォルクグラード人民学園の英雄であり、今なお多くのプロトタイプから愛されているマリア・パステルナークへの敬意が込められている。
「にゅうしゅーっつ!」
営業所の中にある『How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb』と書かれたドアをノエル・フォルテンマイヤーが開く。
「あっ、お疲れ様です」
中で紙屑の詰まった木箱をこじ開け、中からタブク自動小銃を取り出していた生徒がノエルに声をかける。
ノエルは生徒に「はいさーい」と返し、アツアツのフライドチキンとキンキンに冷えた炭酸飲料の入った袋を一抱えしながら部屋を進んだ。
「わっほい。わっほい、と」
ノエルの身長は女性としては珍しく百八十センチを超え、足は長い。金髪のショートカットで、一部フレームレスの眼鏡は理知的な顔立ちを引き立たせているが、レンズの奥にある赤い瞳のスリットは爬虫類と同じ縦長だった。それは彼女が『人ならざる者』であることを静かに、それでいて確実に周囲へと示している。
「フフーン」
錆び付いて軋むパイプ椅子に腰を降ろし、ノエルはテーブルの上に置いた袋からフライドチキンを取り出してむしゃむしゃと食べ始める。
安物の食用油の臭気が部屋に充満するが、生徒達は淡々と作業を進めた。常人なら眉を顰めるノエルの行動も、彼らにとってはもう慣れっこである。
机の上には短機関銃やそのマガジンが乱雑に置かれ、壁のラックにはグレネードランチャー付きの自動小銃がズラリと並ぶこの部屋にいる生徒達は学園軍ではなくPMCのスピリットウルフ社に入った上で学生生活を送っている。PMCがアルカ学園大戦の主役となり、卒業後の進路が極一部の例外を除いてPMCである以上、学園軍に入ってその後PMCに入るぐらいなら最初からそれに入った方が効率が良いという考えからだ。実際スピリットウルフ社では従軍経験のない者に一から戦闘のノウハウを教えているし、本国の正規軍や学園軍で行っているような行進の練習など一切やらない。そんなものは必要ないと設立者のエーリヒ・シュヴァンクマイエルが考えているからだ。
アルカ学園大戦用に開発された人造人間である『プロトタイプ』は遺伝子レベルで戦闘を好むよう作られているため一般社会に適応できず、加えて社会生活では全く役に立たない特別なスキルしか在学中に身に付けていない。だから卒業後の行き場所は軍隊ぐらいしかなかったが、政治的な事情からアルカの卒業生が本国の軍隊に入る際は一兵卒から再スタートという形になっている。当然、厳しい戦いの中で昇進し、高い濃度の経験を数年のうちに積んだプロトタイプの多くがそんな条件を受け入れるはずもなかった。中にはアルカ在籍時の階級を尊重してくれるイスラエル国防軍やフランス外人部隊に入る者もいるが、多くはそのままの階級でPMCに入社していた。
「しゅうごーう! しゅうごーう!」
フライドチキンを十個ほど胃袋に収め、唾液の水音を立てて手に付いた油を舐め取ったスピリットウルフ社の統括本部長ノエルは両手を叩いて室内にいる生徒達を呼び寄せる。
「またダークホーム社に仕事を取られてしまったよ。もう五件目だ。エリーはオフィスで毎日眉間に皺を寄せてる」
エリーとはノエルがエーリヒ・シュヴァンクマイエルを呼ぶときに使う愛称だ。
「今日の午前中も武器がウラジオストク経由でサカタグラードに運び込まれています。勿論、最終使用者はダークホーム社」
「今月アルカ入りしたダークホーム社のバニラSF(通常任務を行う特殊部隊)は先月の二倍です」
生徒達はそれぞれ現在スピリットウルフ社が業務を行う上での問題点を口にした。
スピリットウルフ社が抱える今の問題は同業者――同じ民間軍事企業であるダークホーム社とのシェア争いだ。インタビューで「物事を円滑に進めるのは『投票』ではなく『銃弾』なのよ」と平気で答える、パブリックスクール・オブ・ブリタニカ出身のキャロライン・ダークホームが最高責任者を務めるこの会社は最近になって急激に成長しているPMCだった。
「ダークホーム社も競争相手がいないから好き勝手にやるねぇ」
ノエルは顔を綻ばせて、唇から純白の歯を覗かせる。
「何よりスタジアムの一件もありますし」
一人の少女の冷笑めいた声が部屋に響く。
ソノカ・リントベルクだ。身長百五十センチ、一見すると華奢な体つきをしているが、手足や腹部にはしっかりと筋肉が付いている。顔立ちはどこか儚げな印象を他者に与える反面、鼻を横切る傷が目を引くようにも見える。夏用セーラー服の袖から伸びる華奢な左腕にはトライバルタトゥーがぎっしりと掘られていた。
「ああ、そんなこともあったねぇ」
一ヶ月前、ドイツ連邦共和国のブレーメンにあるヴェーザーシュタディオンで行われたイギリスとドイツのサッカーの試合で事件は起きた。ドイツ側の熱狂的なファンが場内でイギリス側のサポーターに対して発砲、大規模な暴動に発展し、ドイツ側の警察は鎮圧のためKOLOKOL‐1と呼ばれる無力化ガスを使用した。暴動が起きたのがイギリス側のサポーター席であったためガスを吸引して死亡した百五十人以上の死者の大半はイギリス人となり、元々悪かったイギリスの対独感情は最悪なものに発展してしまった。この対立の解決は今までの例に漏れずアルカで行われることとなり、既にヴェーザーシュタディオン戦争という名前まで付けられている。
これが理由で現在ドイツ系のシュネーヴァルト学園と契約しているスピリットウルフ社とイギリス系のパブリック・スクール・オブ・ブリタニカと契約中のダークホーム社は代理戦争を行うことになり、各地で小競り合いを繰り返していた。
「何でも俺達任せですよ。いつもこっちは貧乏くじばっかり」
「どうせ本国が対処したところで、女の子用のストライカーユニットなんて装備したヤワな小娘同士が空中戦をやるだけだろうがな」
愚痴を口にする一人の生徒に対し、はにかみながらソノカが返す。
いつも眠そうにしてクチャクチャとピンク色の風船ガムを噛み、暇さえあれば膨らませているこの少女はブラックユーモアやダークなジョークが好きだ。将来の夢は何だという質問をされると「イラク製のAK47が一丁百ドルで買えるのにイジェフスク造兵廠(AK47を世界で『最初に』生産した会社である)製のAK47は五百ドルもすることを世界中の人々に知ってもらい、造兵廠の人間達を解雇に追い込む。そして『カラシニコフ・ワールド・ツアー』と英語で書かれたTシャツを着させて廃墟と化した工場を見学しに来たピザとコーラが大好きなアメリカ人ガンマニアを案内する仕事にジョブチェンジさせること」と答えた。
「今度の戦争の『シナリオ』は突如スピリットウルフ社がダークホーム社に全面戦争を仕掛けるところから始まる」
血の色をしたノエルの爬虫類じみた双眸が僅かに緩み、
「本国同士の代理戦争じゃない。純粋なPMC同士の潰し合いだ。その中でソノカ・リントベルクには自分を見つめなおしてもらう」
「はい」
あまり楽しげではない様子でソノカは答える。
「君はこれからのアルカを背負っていく。今回の一件で心の奥底にある悩みや不満を全て吐き出すんだ」
「……はい」
そうノエルに返すソノカの口調は歯切れが悪く、表情には暗いものがあった。
「これは朝までかかりそうだ」
一方、営業所の二階にある執務室ではかつてシュネーヴァルト学園軍のタスクフォース609を指揮し、現在スピリットウルフ社の最高責任者となっているエーリヒ・シュヴァンクマイエルが山積みになった書類を前にして溜め息を吐いていた。
「でも」
左目を眼帯で覆い、青みがかった黒髪、ボーイッシュな少女然とした顔立ちのエーリヒはアルカで戦う数少ない純粋な『人間』の一人だ。
「帰宅時間を気にしないで仕事ができるのは嬉しい」
自他共に認めるワーカーホリック(仕事中毒)のエーリヒはMACTの指揮官を務めていた際に得た人脈や各国とのネットワークを生かし、グレン&グレンダ社の子会社としてこの会社を立ち上げた。
「入るよー」
オフィスのドアが開き、ノエル・フォルテンマイヤーが入ってきたのはエーリヒが日本系の和州学園に対する警備業務の見積書を作成しているときだった。
「やあノエル。丁度話したいことが……」
返答はなく、ノエルは飛び掛るようにして椅子に腰掛けたエーリヒに抱きついた。
柔らかい感覚がエーリヒの顔面を覆い、後頭部に回ったノエルの手が強く頭を胸へと押し込む。
「の……ノエ……」
「んー」
茹でられた蛸のように顔を真っ赤にしたエーリヒがようやく金髪の少女を引き離すが、今度は唇を奪われる。
ノエルの舌が強引にエーリヒの唇をこじ開け、中に侵入した。彼女は嬉しそうに鼻を鳴らしながら自分の舌とエーリヒの舌を絡ませ合う。
テウルギスト――降霊術師と呼ばれるノエルはアルカに多額の出資を行った資産家の娘としてコストを度外視して製造された。その結果プロトタイプどころか全人類の中でも最高レベルの能力を生まれながらにして手に入れ、プロトタイプの中で初めてマナ・エネルギーとの親和性を持った個体となった。人類最初のヴァルキリーとしてノエルはアルカ学園大戦における食物連鎖の頂点に立ち、ヴァルキリーこそが次の世代を担う兵器になることを世界にアピールした。各国は挙ってノエルを再び作り出そうとしたが一人たりとも同じ能力を持った個体は生まれず、その際に作られた『規格落ち』の個体が一九四五年のラミアーズ戦争で活躍したエレナ・ヴィレンスカヤを始めとする第一世代ヴァルキリーだった。彼女達はノエルにとって可愛い妹のようなものである。
「もう……ノエルはいつも強引すぎるよ」
しばしの時間のあと、ようやく唇を離してもらえたエーリヒは涙目になって頬を染めたまま目を伏せる。
「でもエリーの唇は嫌がっていなかった。むしろ進んで私の舌を受け入れていた。どちらを信用すればいいのかな?」
恋人以上、夫婦未満。
二人はこんなやり取りをもう十年近くも続けていた。
「今日の午後、タカハタベルクに展開中のダークホーム社を襲撃するよ。全力でね」
ノエルは執務室の椅子に腰掛け、張りのある両足を組む。
「明日の校内新聞の一面は口に出すのも憚るような言葉が書かれたプラカードを首に付け、見るも無残に破壊され尽くした死体の写真になっているはず」
「いいね。申し分ない手際だ」
先程とは別人のように凛とした表情のエーリヒはノエルと同じようにして足を組み、カップに浮かぶコーヒーの波面に口をつける。
「ソノカの方は?」
「胸中穏やかじゃないって感じはするよ。ナーバスってほどじゃないけど」
「ノエル、ちゃんと彼女の面倒は見てあげてね。次の世代だって育てなきゃいけないんだ」
エーリヒがそこまで言ったとき、執務室で流しっぱなしになっていたテレビに赤髪の若い女性が映った。
「本日はダークホーム社の最高責任者、キャロライン・ダークホームさんにスタジオまでお越し頂いています。こんばんは、宜しくお願いします」
「宜しく。早速だけど、スピリットウルフ社とダークホーム社は近いうちに必ず戦うとここで宣言するわ。そしてどちらか一方がアルカから出て行く」
インタビューアーを務めるシュネーヴァルト学園の放送委員が質問する前にキャロラインは話し始める。
「人類の歴史上、この対決よりも大きな戦いは無かった」
キャロラインは力強い調子で言い、
「私は自分のことについては話さない」
スタジオに置かれた長テーブルに肘を立て、カメラ目線で言葉を紡ぐ。
「私は誰がバカなのかを話すだけ」
キャロラインの赤い髪はポニーテールで、肢体はヴァルキリーであることを示す濃緑色のマナ・ローブに包まれている。その上に羽織った白衣の上腕部は金属製のリングでローブに固定されていた。
「もしも国家間の代理戦争ではなくPMC同士の戦争になれば、スピリットウルフ社は確実にあなたの命を狙うと思うのですが……」
「その前に行動するわ。まずスピリットウルフ社の営業所の電源を落とし、サーマルゴーグルを装備して中に入る。次に部屋の鍵をピッキングしてエーリヒ・シュヴァンクマイエルがノエル・フォルテンマイヤーと『不適切な関係』に陥っているところを写真に撮り、『ドイツ人の鑑』という雑誌の表紙にする。これで私の勝ち」
若干引き気味な様子のインタビューアーを一瞥して、キャロラインは「ごめん。ちょっと言い方が悪かったわ」と言う。
「私だってミスをする。私はいつも罵倒する相手に言葉のレベルを合わせてあげる。だけど今回はそれをし忘れてしまったわ……知性の欠片すら無くて、バスを見ると馬と勘違いしてニンジンを与えようとするドイツ人が知性に満ち溢れたこの私の言葉を理解できるわけがないじゃない。ドイツ人でもわかるように説明してあげる。穴にソーセージを突っ込んだドーナッツを『ドイツ人の鑑』の表紙にするの。これで理解できたわよね」
「な、なるほど。ところで、キャロラインさんがアルカの軍人で過去、現在を問わず絶対的に尊敬している人間はいますか?」
引き攣った顔の放送委員がグロには寛容でもエロには手厳しい放送コードを気にして話題を転換しようとする。
「貴方達と同じでキャロライン・ダークホームよ」
キャロラインは即答し、
「私の才能、『低姿勢』な態度、権威、完璧ぶり、そして短くも滞り無く終わるスピリットウルフ社の倒産記念式典を覚えておいて頂戴。以上」
と締め括ってスタジオから勝手に出て行ってしまった。
慌てる放送委員達の映像が『しばらくお待ち下さい』という静止画で隠匿されると、エーリヒはテレビのモニターからノエルに視線を移した。
「キャロラインは恒久的に安定した収入を得られるからアルカにおけるシェアを独占したいと『SOLDIER OF FORTUNE(年十二回発行される米国の軍事雑誌)』のインタビューに答えていたね。でも、それは表向きの理由だろう」
「わかる? 流石、おっかない女の子と何人も付き合ってきただけのことはあるね、エリー」
エーリヒがアルカで世にも恐ろしいヴァルキリー達と戦ってこれたのは、一番最初に接触したヴァルキリーがノエルという最も凶悪な存在だったからだ。確かにアビー・カートライトやカロル・サンピエール、アルマ・ドラゴリーナといったヴァルキリー達は恐ろしい存在だったが、人の手足を生きながら切断して喜ぶような異常性は持ち合わせていなかった。
とは言ったものの、テレビの画面にダークホーム社の新しいロゴとして照準機の中央にスピリットウルフ社と同じデザインの狼の横顔が配置されたイラストが現れたとき、流石のエーリヒも咳き込んでコーヒーを吐き出した。
ご丁寧に新しいロゴの狼は目を×印に変えられ、如何にも情けなく弱そうに見える。
「べ、別に怒るようなことじゃないよ。キャロラインはこういうのが好きなんだ」
エーリヒはまるでキャロラインと『古い付き合い』があるかのような口ぶりで言いながら汚れを拭き取ったティッシュペーパーをゴミ箱へと放り込む。
「エリーが最後に怒ったのは私が殺されそうになったときだよね」
「そ、そうだったかな?」
エーリヒが『世界を変えよう』と思い、実行に移したのは、初めての休暇で本国の実家に戻ったとき卒業後は人間として一般社会に加わると公式には発表されているプロトタイプの姿がどこにもなかったことに気付いたのがきっかけだった。家族に聞いてもプロトタイプの人が引っ越してきたなんて話は知らないと言うし、幾つかの会社で軽い聞き込みをしても同じ答えが返ってきた。
休暇を終えてアルカに戻ってきたエーリヒはタスクフォース609やMACT時代のツテを使ってSCI(トップシークレットよりも高度な秘密情報)を閲覧し、そこで驚くべき情報を手に入れた。
本国の人間が知らないのも当たり前だった。多くのプロトタイプ達が卒業後にグレン&グレンダ社に捕縛され、シベリアにある絶滅収容所へと送られて定期的に処分されていたのだ。プロトタイプは頑丈な人もどきとして死ぬまで鉱山で働かされ、ヴァルキリーは収容所に到着するなりガス室に放り込まれたという。
エーリヒはまず最初に納得してしまった。高い戦闘能力を持つプロトタイプがもしもグレン&グレンダ社に反旗を翻したらどうなることか。イスラエル国防軍に入隊した十人足らずのプロトタイプが『悪魔』と呼ばれてアラブ人を何百人何千人と殺している話はエーリヒも聞いている。それが何千人もいたら……?
次にエーリヒは「なんて勿体無いことをするんだ」と思った。実戦という得がたい経験を積んだプロトタイプを処分するなど、せっかく育てた家畜を出荷直前の段階で廃棄するのと同じではないか。
本国の人間と話したとき、驚いたことがもう一つあった。アルカで行われている学園大戦は『戦争のようなゲーム』や『子供同士の戦争ごっこ』だと思われていたのだ。学園大戦について本国で作られた漫画や小説を読んでみると、犬や猫の耳と尻尾を生やしたカラフルな髪の美少女達がアトラクションめいた戦いを繰り広げていて大いに驚かされたものだ。
これではいけない。変えなければ――エーリヒはその当時ヴォルクグラード人民学園とガーランド・ハイスクールの間で行われていたエルメンドルフ戦争の模様を、金で買収した各校の放送委員やグレン&グレンダ傘下の報道局によって全世界へと放送させた。
そして全世界の居間が凍りついた。アルカで行われているのはカラフルな髪の美少女達が行う戦争ゲームではなく、迷彩服を着て、自動小銃を持った子供達が行う人類の歴史上稀に見る凄惨な戦争だったのだ!
全世界でグレン&グレンダ社に対する非難の声が上がった。人々はまだ『子供達の殺し合いによって平和が守られている』ことに違和感と怒りを覚えるだけの良心を持っていた。
エーリヒは多くのスポンサーから見放され、梯子を外されたグレン&グレンダ社に提案を持ちかけた。
「アルカ各校の卒業生をPMCに所属させ、そのPMCを各学園が雇って今まで通りの学園大戦を行ってみてはどうでしょう?」と。
グレン&グレンダ社は納得してくれた。一応は子供を戦わせることにはならず、既にアルカ無しでは成り立たない今の世界を維持する方法はそれしかなかった。
「でも嬉しかったよ」
いつの間にかノエルはエーリヒの背後に回り込み、
「私を助けてくれたこと……」
耳元で囁く。
「僕は別に……」
エーリヒは頬を染めながら横を向く。そして赤面する。すぐ横にいるノエルが片目を閉じたまま、もう片方の目で上目遣いの視線を送っていたからだ。
「ノエルが――」
エーリヒの言葉が詰まる。
「もしもノエルがいなくなってしまったら、僕は本当に、本当に一人ぼっちになってしまうから……だから死んでほしくなかったんだ」
「一人になんてしない。もし死んでもまた生まれ変わって、何度でもエリーの傍に居続ける。でもねエリー、そもそも間違ってるよ」
ノエルは「えっ」と声を上げるエーリヒの頬に自分の頬を摺り寄せた。
「私が殺されるわけないじゃないか」
「まあ……それは、確かにそうなんだけど」
納得できる話だった。
エーリヒが信頼できる部下を引き連れてノエルを救助しようとしたとき、「助けてくれ!」と血塗れで縋ってきたのはノエルではなく彼女に手足をもがれたグレン&グレンダ社の社員だったのだから。