第三章6
サカタグラードの南部に位置し、ロシア語で『汚い』を意味するグリャーズヌイ特別区は六年前、 マリア・パステルナークによって行われた軍事クーデターで母校を追われた生徒達を無理矢理押し込めるために作られた。
アムニション・ヒルと呼ばれ、全方位を覆う堅固な土壁の向こう側には脂っぽい血液やソ連製のコルダイト火薬の悪臭が立ち込め、有り合わせの材料で作った急ごしらえの集落や薄汚い布を何重にもかけた小屋が並んでいる。
「こんなところで良いだろう」
地下壕の一角に用意された野戦指揮所内で、バタフライ・キャットは吸い殻で一杯になった灰皿や空のビール缶が幾つも置かれた机に広がる地図に視線を落とす。
日焼けし、シミだらけの紙面上でタスクフォース599は全戦力をグリャーズヌイ特別区に集結させ、アムニション・ヒルの内側に沿うようにして部隊を丸く薄く配置していた。
「しかし、これではまるで……」
バタフライ・キャット自身、この布陣よりも市街地の一か所に纏まった部隊を配置し、一つ穴が開き次第急行してそれを埋めていくやり方が正しいことはわかっている。
「負けるための布陣ではないか」
しかし彼女はあえて間違った命令を指揮下の全部隊に伝達した。
X生徒会によって自らに与えられた役割と、彼らが決めたシナリオ通りに。