第三章4
銃弾で穴だらけになっているためスイスチーズ校舎と反ユダヤ勢力から揶揄されるシャローム学園の校舎内は閑散としていた。
アルカに存在する他の学園と異なり、シャローム学園に所属する生徒達は皆戦闘要員であった。普段は予備役として一般生徒のように過ごす彼らだが、代理戦争の際は動員がかけられBFへと送られる。そのため、代理戦争が行われるたび校舎の中は少数の警備部隊を残してもぬけの殻になるのだ。
「さて……どうしましょう」
ドアに戦車の黒いシルエットが描かれた識別表が貼られ、床に七・六二ミリ弾の空薬莢が幾つも転がる誰もいない一階の教室でサブラは形の良い顎に手をあてた。どこかの学校から払い下げられ、軍用ペンキで再塗装された机の上には偵察機が撮影したグリャーヌズイ特別区の航空写真が広がっていた。
「よっ」
タスクフォース・ハヘブレがアムニション・ヒルを突破する良い案が出てこないので、サブラは椅子から立ち上がって別の机の上に置かれたガリル自動小銃を手に取る。
「ほっ」
まず最初にレシーバーを外し、返しバネを引き出し、装弾ハンドルを伸ばす。
「はっ」
次に遊底と遊底キャリアー、ガスシリンダーを外す。この間僅かに十秒。
「駄目ですね……」
サブラは更に十秒をかけてガリル自動小銃を元の姿に組み立て直したが、それでも良い案は浮かんでこない。行き詰っている時にガリル自動小銃を分解して組み立てるとサブラは何かしらのアイデアや困難を解決する糸口を手に入れられたものだが、今回はそうではなかった。
「なんでアムニション・ヒルを無力化して市街地に突入する必要があるの?」
席に戻ったサブラが少しだけに眉間に皺を寄せていると、大きな足音を立てて教室に入ってきたキャロライン・ダークホームが机の向かい側に腰掛けた。
「あっつー」
キャロラインは上半身を覆うジャージのファスナーを下ろし、胸元を露出させる。サブラは僅かに眉を顰めるが、それを見たキャロラインは少し嬉しそうだった。
「バカやってヴォルクグラードから切られた以上、タスクフォース599はラミアーズやSACSと同じイレギュラーでしかない。イレギュラー相手には何をやったっていいんだから、この際思い切って毒ガスでも使えば?」
足を組んで頬杖をつきつつ、思わせぶりな口調でキャロラインは言う。
「今更ルールを気にするアンタ達でもないでしょ」
「仰る意味がわかりませんが」
「とぼけちゃってぇ」
キャロラインは立ち上がり、演技めいた仕草で両手を広げる。
「ホント大変よね。シナリオ通りに進めなきゃいけないけど無駄な犠牲は出せない。ぶっちゃけ戦って勝つだけならシャローム学園は楽勝よ」
「そうですね」
座ったままのサブラは足を組む。
「ただ単に戦って勝つだけならば、私がエルサレムまで石の壁を押すことと同じぐらい簡単です。ただ問題は死傷者の数です。もしも大きな損害を出してしまえば、まだ生徒数に余力のないシャローム学園は組織として立ち行かなくなる」
「テルアビブから何か新兵器みたいなものは送られてきていないの?」
「申請はしました」
サブラは机の上にある一枚の図面をキャロラインの方に動かす。
「しかし、送られてきたのはこれだけです」
「なにこれ」
怪訝な表情になったキャロラインは首を傾げる。
「ドイツ製の大型ポンプです」
「何に使うの?」
「わかりません。しかし同封されていた紙には『助言なしには人は倒れる。しかし安全と救済は多くの助言者の中にある』と書かれていました」
「うーん……」
キャロラインは眉間に皺を寄せ、腰に手を当ててしばし考えた込んだ後頭を下げた。
「ごめん! 何も助言できそうにない!」
「いえいえ。お気になさらず」
ふと、サブラは一匹の野良犬が窓の外を歩いているのに気付く。
犬はまるで自分がベングリオン(注1)であるかのように堂々と歩き、木の脇で右足を上げ放尿を始めた。弧を描くラインの先ではアリの巣が崩れていた。
「ミス・キャロライン」
「んー?」
中からカラコロと氷の触れ合う音が聞こえる水筒に口をつけて中のアイスティーを飲むキャロラインは横目でサブラを見る。
「今日はあることを学びました」
サブラは真剣な目で、犬の小便からキャロラインの目に視線を移す。
「助言者というのは必ずしも人間ではないということです」
注1 イスラエルの初代首相。