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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第二章7

「自校の生徒同士が殺し合う異常事態ですが、一体生徒会は何をしているのですか!?」

「教員の脱出が始まっている件についてコメントをお願いします」

「グレン&グレンダ社のソ連支社が事情を確認するためパステルナーク大佐の召喚を検討しているという情報もありますが」

 ヴォルクグラード人民学園の生徒会長室の前にはまるで腐肉に群がるハイエナ、獲物に集るピラニアのように各校の報道委員達が揃って詰め掛けていた。

「大佐の声明を読み上げます。誠心誠意を持って今回の事件に対応する――とのことです」

「たったそれだけですか!?」

「はい」

 ただそれだけを言ってエレナは報道陣に背を向け聖域である生徒会長室へと戻った。

「そうだ。神経衰弱に陥ったことにしてくれ。病人に同情するのは世の常だからな」

 足を組んで高級な皮の椅子に腰掛けたマリアは電話越しに誰かと話している。

「あと大尉の軍籍だが、名前はアルマ・ドラゴリーナで頼む。では」

 受話器を置いたマリアは直立不動のエレナに話しかけた。

「現在時刻までに犠牲者になったヴァルキリーの数は?」

「十五名です」

「そうか」

 マリアが大して気にも留めない様子で金庫から取り出した札束をジュラルミンケースに詰め込み始めたのでエレナは思わず困惑の声を上げてしまう。

「宜しいのですか? 同じ学園の生徒が殺されているんですよ」

「私の生徒じゃない。そのうちテロリストだって飽きるだろう」

 マリアはそう言うと右手親指の爪を噛んでブツブツと呟き始めた。

「道理でBFが未定のはずだ。私は生け贄にされたんだ。ドイツ連邦共和国にヴォルガ・ドイツ人の排除を黙認させるためソ連本国が用意した生け贄にな」

 瞬く間にマリアの親指は唾液と血まみれになる。

「第三十二大隊が跳梁しているのも納得できる……くそ、やめだ」

 ハンカチで親指を拭ったマリアは席を立つ。

「どこへ?」

「悪いんだがエレナ……」

 マリアは後輩の生徒会役員に札束が溢れるほど詰まったジュラルミンケースを渡し、

「私は『頭痛が痛い』ので早退する」

 部屋の入り口に向かった。

「お、お待ち下さい!」

 廊下に出ると、二人の背後から「大佐!」という声が聞こえた。

 二人は無視して進むが、また「大佐!」と声をかけられる。

 それでも無視すると「おいマリア!」と背後から大きな声が聞こえ、何事かと二人が振り向くとTT‐33拳銃を手にした男子生徒が彼女達にその銃口を向けていた。

「危ない!」

 乾いた銃声。

 相手の銃からオレンジ色の炎が噴き出すのが見えた。

 マリアの身辺警護を行うタスクフォース501の隊員がすぐに駆けつけ、暴徒鎮圧用のライオットシールドで防弾の壁を作った。そしてTKB‐408自動小銃が火を噴き、たった今発砲した男子生徒を穴だらけにして絶命に追い込む。

「こちらへ!」

「クソ! 私までターゲットにしているのか!」

 明らかに動揺して狼狽えているマリアをエレナは自分の身で庇うようにして非常口から校舎の外に出し、彼女を停めてある軍用車へと乗せた。

「掴まっていて下さい!」

 叫んだエレナがギアを入れ、思い切りアクセルを踏み込もうとしたその時――車の窓ガラスが垂直に落ちてきたオルガ・グラズノフの死体の頭で砕け散った。

 二人は弾かれたように大きく震える。

「口の中に何かが入っています……」

 マリアが顔面蒼白になる一方、エレナは窓ガラスの突き破った死体に手を伸ばす。

 歯が全部叩き折られたオルガの口内から取り出されたのは、汚く住所が走り書きされたユーリの写真だった。彼は目隠しをされ俯いたまま椅子に縛り付けられていた。

「ユーリ君が誘拐されました。助けに行きます」

「おいエレナ、ちょっと」

 エレナはマリアの襟首を掴み、物凄い力で引き寄せる。

「大佐はユーリ君を守るために戦う人でしょう! そうですよね!?」

「わかった……わかったよ……行こう」

 額に大粒の脂汗を浮かべ、視線の定まらない目を泳がせながら心底迷惑そうにマリアは答えた。そこにいつもの自信に満ちた不敵さは一切ない。

「ここか」

 指定された建物はグレン&グレンダ社の製薬施設だった。看板に描かれた『LAUGHTER IS THE BEST MEDICINE(笑顔こそ良薬)』という文字の最初に赤ペンキでSが書き加えられ、『SLAUGHTER IS THE BEST MEDICINE(殺しこそ良薬)』の物騒な文字列がライトに照らされている。

「皆さんを笑顔にする企業! グレン&グレンダ社です!」

 脳に異常を来たした麻薬中毒患者めいている電子音声が早々に社員が逃げ出して今や誰も残っていない施設内に足を踏み入れたマリアとエレナを迎える。

 施設内の壁には笑顔に満ち溢れたキャラクター達が花畑の中央で手を繋ぎ合っているという狂気じみたイラストが展示されていた。悪趣味極まりないブラックユーモアだったが、マリアもエレナも今更不快感を覚えたりはしなかった。何故なら家庭用品、自動車、兵器に至るまであらゆる製品の製造及び販売を行い、全世界の元締めとしてアルカを管理し運営するこの巨大多国籍企業は自分達のために殺される子供を生産する会社なのだから。

「こーんばーんはー!」

 ホールに入るなり無邪気な挨拶が聞こえた。すぐに二人は広く不気味な空間の中央に目と耳をテープで縛られたユーリとその傍らに立つノエルの姿を見つけることができた。

「良く来たね。可愛い可愛い私の愚妹ちゃん達!」

 嬉しそうに手を振るノエルの整った目鼻立ちを浮かび上がらせているのは窓ガラスの割れた窓から差し込む僅かな月明かりだった。

「やはり貴様か――」

「ノエル……いやテウルギスト、お前は根本的に間違っている」

 大きく口元を歪めたノエルにエレナの言葉を遮ったマリアが言う。

「今の私がユーリをネタに脅迫されたところで、何か気にするとでも思ったのか?」

「同志大佐、何を!?」

 愕然とするエレナを無視して、いつもの不敵さを取り戻したマリアは続ける。

「所詮は同じ遺伝子配列を持っただけの別個体だ。何の思い入れもない」

 マリアの言葉を受けたノエルは「ええええええええっ! そういうこと言うのかい!?」と心底ショッキングな様子で両手を頬にあてる。ただ動作はあまりにも大げさで、精神的なダメージを受けている風にはとても見えなかった。

「ユーリを殺したいのなら殺せばいい」

 絶望と困惑の光を瞳に宿したエレナの前でマリアは口元を歪める。

「今日お前がユーリを殺したら、私は明日の朝、目を潤ませて机の二番目の引き出しに用意してある原稿を読むだけの話だ」

 その時である。

 天井からマリア達の足下に円筒状の何かが転がり込む。炸裂と同時に渦巻きのたうつ白煙が濛々と立ち込め、ヴァルキリー達の視界を完全に奪った。

 硫黄にも似た臭気が漂う中、黒尽くめの戦闘服を纏いガスマスクで顔を隠した兵士達がホール内にロープで突入、着地と同時にノエルに発砲する。

「あれは!?」

 困惑の声を上げるエレナの前でノエルとガスマスク姿の兵士達は激しい戦いを繰り広げ始めた。クイーンズ・イングリッシュを話す彼らは通常の兵士達のように一方的にヴァルキリーに殺されるのではなく数の優位を生かし相互に連携して彼女を圧倒した。明らかに訓練を――それも特殊な――受けた者達の動きだ。

「行くぞ」

 唖然とするエレナに声がかけられる。いつの間にかマリアは気絶したユーリの細やかな肢体を脇に抱えていた。どさくさに紛れて救出したらしい。

「同志大佐……」

 外に脱出するなり、エレナは極めて言いにくそうに紺髪とマナ・ローブの燕尾を風に靡かせて飛行するヴォルクグラード学園軍大佐に声をかける。

「なんだ?」

「先程の話――ユーリ君が死んでも構わないと言うのは――」

「何を言っているんだエレナ? 私はそんな話はしていないぞ」

 地上で燃え盛る焔の光で照らされたマリアの肌が妖しく浮かび上がる。

「そうですよね……そうです……すみません、変な話をして」

 エレナは引き攣った笑みをマリアに返す。

 そうだ。

 マリアが白だと言えば、黒だって白になるのだ。

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