第三章3
カモ自治区にあるシャローム学園の狭く小さいグラウンドに立ち並ぶテントの中では、兵士達が戦いの準備を進めていた。
例によって十代前半から半ばまでの少年少女にしか見えない兵士達はアルカ南東のナンヨー・シティに学園都市を持つ、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の代理勢力マリ・ネレトヴァ――そのボスニア・ヘルツェゴビナ分校スルプスカ校舎から譲渡されたスルプスカ・リザード迷彩服を纏い、SACSから接収したFAL自動小銃や自国イスラエル製のウージー短機関銃のマガジンに一発一発弾丸を込めていく。
「しかし、俺達は本当にグリャーズヌイ特別区へ攻め込むのかな」
ライ麦パンに白チーズ、オリーブの朝食を済ませた一人の兵士がデザート代わりのヒマワリの種を奥歯で噛み潰しつつ、すぐ隣で自分と同じように準備を進める同僚に問う。
「上がそう言ってるんなら俺達は従うだけだろ」
ホテル・ブラボーの戦塵が鎮まらぬうちに、タスクフォース・ハヘブレは次の戦いへ赴くことになった。兵士達は自分らがこれから向かう戦場は知っていたが、何故自分達がそこに行くかは知らなかった。
「確かにそうだけどさ……」
どこからか流れてきた噂によると、先日のホテル・ブラボーにおける戦いでタスクフォース599が『腐敗した行為』を働いてヴォルクグラード本校から蜥蜴の尻尾切りを受けたことが関連しているらしいが、それはあくまでも噂に過ぎなかった。
「ハドリアヌスはイスラエルを滅ぼした後、パレスチナに塩を蒔いたそうじゃないか」
「それが?」
「いや、せっかくだからグリャーズヌイ特別区に毒ガスなり放射能なりをバラ撒いてやりたいなと思ったんだ」
「問題発言は勘弁してくれよ。俺はこの戦争が終わったら予備役なんだからな」
「そういうこと言ってると死ぬぞ?」
「うるせぇ!」
冗談では済まされない冗談を口にするシャローム兵達はある懸念を口にする。
「ところであのくそでかい壁はどうするんだろうな」
「アムニション・ヒルか」
シャローム兵達の視線の先には、海沿いのカモ自治区からでも見えるサカタグラードの巨大な土の壁がある。英語で弾薬の丘を意味するこの壁は一九四三年の第二次ヴォルクグラード内戦後に作られた。土壁はグリャーズヌイ特別区を囲い込むように作られているため、シャローム学園軍が攻撃する場合は何とかしてこの土壁を無力化する必要があった。
「まあ俺達が気にすることじゃないさ。行くぞ」
ペーパーバックに小さく纏められた聖書をポケットに突っ込み、タスクフォース・ハヘブレの兵士達はバルカン半島で作られた軍服の肩にイスラエル国旗のパッチを付け、敵味方識別用の黄色いテープを腕に巻き、黒いバラクラバを被ってガーランド・ハイスクールから無断で借用したM3ハーフトラック(注1)へと乗り込み戦場へと向かった。
注1 前輪がタイヤで後輪がキャタピラになっている軽装甲の半装軌車。