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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 DOWN THE RABBIT HOLE 1949
145/285

第二章10

 数時間後――。

 タスクフォース・ハヘブレの陣地に迫撃砲の凄まじい砲火が降り注ぐ。目が潰れる程激しい白熱光と黄燐の炎が広がり、分厚い黒煙が立ち込めた。

 連続した爆発と地鳴り……重苦しい空気を砲弾の着弾音が揺るがす。鋭く雷鳴にも似た轟音と、腹に堪えるような炸裂音がこれでもかと廃墟の連なりに響く。

 地面に掘られた塹壕の中で胎内の赤ん坊宜しく縮こまるシャローム兵達は着弾音よりも大きい自らの心臓の鼓動を感じながら途切れる暇のない炸裂音に恐怖し、衝撃波で激しく震える死臭を吸い込んだ。炸裂した鋼の破片が土煙の中を舞い、滅茶苦茶に砕かれた瓦礫や建材が空高く吹き上げられた。

「準備砲撃――なるほど、タスクフォース599は攻勢を仕掛けてくるようですね」

 降り注ぐ迫撃砲弾の中、サブラは顔色一つ変えずに首にかけた双眼鏡を覗き込む。彼女は陣地の中央にある監視台にいた。

「死にたくないなら生まれてくるな!」

 やがて迫撃砲による攻撃が終わると代わって大きな叫びがホテル・ブラボーに響き渡り、壕の底土に突っ伏していたシャローム兵達の胸に重いものが去来した。

「死にたくないなら生まれてくるな!」

 泥で汚れた望遠レンズの中では捕虜となり、全裸にさせられた痣だらけのシャローム兵達がゾンビじみた足取りで地雷原を進まされていた。捕虜が少しでも立ち止まろうとするとタスクフォース599の外国人傭兵達は空に向けてAK47自動小銃をぶっ放し、口汚い叫びを上げて前進を強要する。やがて一人の捕虜が地雷を踏み、爆発と共に木っ端微塵になった。細かい肉片の雨が血の霧に流されていく。

「射撃用意」

 積み上げられた土嚢の間から入り込んだ銃弾がブスッ、ブスッと音を鳴らす監視台に立つサブラは双眼鏡を覗いたまま、右手を肩の線まで上げる。

「待ってください。味方が前を歩いているんですよ」

 明らかな困惑を表情に滲ませて隣に立つシャローム軍将校がサブラを見る。

「何の問題もありません。私や貴方も含めて、我が校のプロトタイプはその全てがイスラエルの国益のため使われる消耗品です。消耗品は消耗されるために存在します」

 更に別のシャローム兵――サブラの右手にいた――が額を撃ち抜かれ、柵に身体を叩き付けるように倒れても気にすることなくサブラは続けた。

「必要経費や効果を考えた場合、ここで捕虜となった友軍兵士を救出することよりも、彼らを敵ごと除去した方が遥かに効率的かつコストパフォーマンスに優れた行為です」

「りょ、了解……撃て!」

 号令と同時に、ラフェッテと呼ばれる三脚に乗せられたドイツ製のMG42軽機関銃が唸りを上げる。布を切り裂くかのような銃声が鳴り響き、顔が別人のように変形し、顎は外れ、鼻の曲がった全裸の捕虜やシュマグ(注1)で顔を覆い、熱と興奮による汗で軍服に大きな染みを作った外国人傭兵達は次々に撃ち倒された。

「ん?」

 突然、監視塔にガタンという金属音が鳴り響く。サブラが音のした方を見ると、梯子の頭がバルコニーにかかっていた。

 何気ない動作で梯子に近づいてサブラは下を覗き込む。眼鏡越しの視線の先には鉈を持ってよじ登ってくるタスクフォース599の決死隊員がいた。

 目が合った瞬間、反射的にサブラは頭を引っ込め、右手だけを柵から下に向けてガリル自動小銃を発砲した。マガジンが空になると、歯でピンを抜いた手榴弾を下に投げる。すぐに何かが弾けるくぐもった音と重なり合う悲鳴が監視塔の上にまで届いた。

「ぶっ殺してやる! ユダヤ野郎!」

「グリンゴールド中佐! 助けてください! 助け……」

 サブラの背後では別の梯子から監視塔に登ってきた外国人傭兵がシャローム軍将校を押し倒し、馬乗りになって心臓にナイフを突き立てていた。

 仲間の死に悲しむ素振りを一切見せず、サブラはガリル自動小銃にスリング代わりとして装着されていたパラシュートコードを外し、ナイフを抜こうとしている外国人傭兵の首に巻きつけ、後ろを向いて投げをうつ。背中合わせになるようくるりと向きを変え、首を絞める道具を握った手をしっかりと引きながら柔道の背負い投げを決めた。すると外国人傭兵の首は胴体から音を立てて引き千切れ、重い音を立てて木の床板に転がった。

 更にもう一人の外国人傭兵が梯子を上ってきたので、サブラはまだ瞬きしている切断したての生首を蹴ってそいつを叩き落した。

「中佐! 大変です! 中佐!」

 兵士の声がインカムを通じて入るより早く、サブラは事態の異常さに気付く。監視塔から彼女が見たものは、地面に突如開いたトンネルから次々にタスクフォース599の兵士達が陣地の内側へと現れている光景だったからだ。

「叩き出せ!」

 細長い塹壕の中を走るシャローム兵達はすぐに応戦を開始する。瞬く間に陣地内のあちこちで至近距離の銃撃戦が始まった。

 サブラが最優先指令でX生徒会に近接航空支援を要請した時、純白のウェディングドレスを纏ったユライヤ・サンダーランドは大きく口を開きながらシャローム学園のヴァルキリーに飛びかかり、その喉元にニコチンで黄ばんだ鋭い犬歯を突き立てていた。

 全身を嫌悪感ではない鳥肌で埋め尽くしたユライヤは噛み付いたまま鮮血を噴き出すヴァルキリーの背後に回り込み、首を正反対の方向へと捻じ曲げる。そして頸動脈を噛み千切り、空高く血の噴水を舞い上げた。

「銃は我が父、鉈は我が母。戦争は我が愛する伴侶なり!」

 陶酔の言葉を吐くユライヤだったが、

「ゲドルよりアシュケロス……エルサレム万歳……!」

 文字通り首の皮一枚でまだ生きていたシャローム学園のヴァルキリーは最後の力を振り絞ってレイルに装着した手榴弾のピンを抜こうとする。

「余計なことしやがって!」

 ユライヤは折り畳み式ストックが装着されたAK47自動小銃の銃身をヴァルキリーの首の断面に突っ込み、容赦なく連射した。鮮血が弾ける。銃弾が肉や臓物を破断させる度にヴァルキリーの手足が激しく上下に震え、やがて動かなくなった。

「各員、ウェディングドレスを着たヴァルキリーに攻撃を集中してください」

 空からガリル自動小銃を掃射、次々に外国人傭兵達を血塗れの肉塊に変えたサブラは地面に足を着けると、歩兵部隊と共にユライヤに対し集中射撃を開始する。

「いいぜベイビー!」

 力強く顎を引いたユライヤは浴びせられる銃弾をマナ・フィールドで尽く弾き返しつつ、

「これがやりたかった。俺はこれがやりかった!」

 全身の力でマガジンを入れ替えたAK47自動小銃のチャージングハンドルを引き絞り、調整不足で後退状態のまま翼が固定された飛行ユニットからマナ・エネルギーを噴射して突進、サブラと激突する。

「こうでなくっちゃあ! 戦争ってやつァ、こうでなくっちゃあな!」

「それは貴方の主観です」

 二人はお互いの自動小銃を両手で持ち、まるでサムライの刀のように火花を散らせて激しく鍔迫り合う。だがサブラは深追いを避け、早々に諦めて距離を取った。

「つまんねぇ野郎だ!」

「コメディアンではありませんから」

 背を向けたサブラは自分に向かって響くAK47自動小銃の連射音を耳にした。彼女の黒い髪を銃弾が音速で掠め、偶然近くにあった土嚢に食い込んで中身をぶちまける。

 地面スレスレを飛行するサブラは速度を落としながら地面に転がったパンツァーファウスト44(注2)を拾い上げる。そのまま制動をかけて速度を落とし、発射筒を肩に担ぎながら振り向いてロケット弾を発射した。

「野郎!」

 ユライヤは自分に向け一直線に突進するロケット弾を咄嗟に展開したマナ・フィールドで防ぐ。炸裂の光が視界を奪い、轟音が全身を舐めるように走った。爆風で粉塵が吹き上がり、大小様々な土片が降り注ぐ。アスベスト混じりの埃が目に入り、硝煙臭い土で耳と鼻の穴が詰まってきた。

「いいぜ。凄くいいぜ」

 乱暴に地面へと投げ出されたユライヤは全身を襲った身体の痛みに悦びを抱きつつ、自らの荒い息の音を聞きながら腰のポーチへと手を伸ばす。そして立ち上がり、手榴弾のピンを抜いてお返しとばかりにサブラへ投げつけた。

「そろそろ……」

 こちらも手榴弾の爆風と破片をマナ・フィールドで防いだサブラは覆いガラスの割れた左手の腕時計に目をやり、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せた。

「X生徒会が指定した時間の筈」

「サシで勝負しやがれ! サブなんとか!」

「お断りします」

 地に足を着けたユライヤと対峙するサブラはハッキリと言い放つ。

「私は自分が有利な状態でしか戦いません。勝つか負けるかの勝負はしません。よって私は三十六倍の兵力を用意し、一方的に貴方を殲滅します」

 ダークホーム社のロゴか描かれたヘリからロープで降下したサブラ直属の部下達――シャローム海軍特殊部隊シャイエテット13の隊員三十六名の三個分隊が行動を開始する。

「行くぞ」

 後方に展開した機関銃手達がユライヤに掃射を浴びせて足を止める中、第一分隊が前に出てハンドシグナルを使い第二、第三分隊にそれぞれ左右へ展開しろと指示を出す。

 左右への展開が終わったところで第一分隊の指揮官が肩に担いだ筒を何度も叩くような動作を見せる。直後、機関銃手の後ろに控えていた隊員がパンツァーファウスト44を発射した。撃ち出されたロケット弾はユライヤの展開したマナ・フィールドによって軌道を逸らされ、すぐさま彼女はバックブラスト目掛けてAK47自動小銃を乱射する。

「いいぞ! 撃て!」

 するといつの間にかユライヤの左後方に展開した第二分隊の隊員達が一斉にリボルバー式のグレネードランチャーを連射し始めた。

「畜生! どこからだ!?」

 連続した爆風に晒されるユライヤは発射点を探るが、パンツァーファウスト44と異なり、曲射弾道で雨のように降り注ぐ榴弾にバックブラストはなかった。見えない場所から一方的に撃たれる強烈なストレスと緊張でAK47自動小銃のグリップを握る掌が冷や汗でびっしょりと濡れた。

「奴を面で制圧しろ!」

 南アフリカ共和国製のグレネードランチャーから放たれる榴弾が地面で炸裂するたび、吸い込んでしまった埃と砂で口と鼻を詰まらせたユライヤの息が更に苦しくなった。シャイエテット13の隊員達は連続した爆発でユライヤが呼吸するための空気を全て持って行ってしまうかのようだった。

 グレネードランチャーの連射が終わるなり、今度は右後方に展開した第三分隊が連続してパンツァーファウスト44を発射する。矢継ぎ早にロケット弾がユライヤを襲った。

「制圧射撃だ。撃て」

 相次ぐ爆発でマナ・フィールドを激しく揺られ、足元がふらつくユライヤに対し正面の第一分隊が地面に広がる薄桃色の腸を踏まないよう注意しつつフルオートの連射を浴びせ、左後方の第二分隊もそれに準じる。瞬く間にユライヤは三方向から浴びせられる集中砲火の中央部に釘づけにされてしまった。

「クッソ……こんなんで楽しいのかよ! テメェ!」

 土埃とバラ石で全身を覆われたユライヤの叫びは大小様々な口径の弾丸が空を切る鋭い飛翔音と地面を揺るがす炸裂音で殆ど掻き消されてしまっていた。

「戦争はエンジョイするものではありません。国家の国益のために行われる、政治及び経済の延長線上に存在するファクターです」

 サブラがそう言った直後、延々と薬にはならないが毒にはなるグレン&グレンダ社の宣伝を流していたホテル・ブラボーの大型モニターに『WINNER!』の文字が躍り、青と白のイスラエルの国旗が過剰なまでに大きく表示された。

「今回の第四次ダイヤモンド戦争はイスラエルの勝利に終わりました。タスクフォース599は全ての戦闘行為を停止してFOBに帰還してください」

 電子音声のアナウンスを耳にしたユライヤは絶句し、そして瞬時に全てを悟る。

「畜生! 俺にだってわかる! こいつは出来レースだ!」

 隠し切れないショックと困惑で脳内を真っ白にしながら、ユライヤは二の句を繋ぐ。

「俺達はハメられたんだ。あの素っ裸野郎はイスラエルに俺達を売りやがった!」

 一瞬だけ、タスクフォース599の外国人傭兵達に明らかな動揺が走った。

「ユライヤが話していることは事実無根だ。勇敢なるタスクフォース599の戦士達よ、今すぐ自分達のFOBに戻り再起の時を待て。無駄死にはするな」

「やっぱりこんなオチかよ! バタフライ・キャットを信用すんな!」

「ユライヤ・サンダーランドは精神に異常を来たし錯乱している。繰り返す、ホテル・ブラボーに展開中のタスクフォース599はFOBに撤退せよ」

「いいかお前ら! 俺の言うことだけを聞け!」

 拡声器から流れる声がバタフライ・キャットのものに変わると、ユライヤはそれをかき消すぐらいの大声で叫び続けた。

「そんなことより、俺達はちゃんと約束の金をもらえるのかな」

「俺に聞くなよ。ん……なんだこの煙は」

 他人事のような会話を交わす外国人傭兵達は自分らの周囲に漂う紫の煙に気付いたが、やけにヘブライ語訛りするロシア語を話す傭兵が姿を消したことには気付かなかった。

「全機、紫のスモークが目標だ。外すなよ」

 白基調のカラーリングも国籍マークもそのままの状態でシャローム学園に強奪されたガーランド・ハイスクールのスカイレーダーが力強いエンジン音を響かせながらナパーム弾を投下する。あらゆる者に平等な死を与える広く深い火炎の波が燃え広がり、煤だらけになった白い機体が立ち昇る煙を切り裂いて突き抜けていく。

「ユライヤ・サンダーランドさん」

 サブラはヴァルキリー同士のみが可能とするマナ・リンク通信で、目の前に生まれた巨大な炎の壁に呑み込まれる仲間達を呆然と見つめるユライヤの脳に直接呼びかけた。

「残念ですが、貴方はここで死ぬことがもうシナリオで決まっているのです。そして自分の配役を拒否して勝手に動けば――」

 滞空するサブラは地上で喚き散らすユライヤを見下ろす。

「一九四七年のアルマ・ドラゴリーナのようになる」


 注1 中東におけるスカーフ。

 注2 ドイツ製の携帯式対戦車ロケット弾発射機。

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