第二章9
一九四九年五月九日。
アルカ中部東のホテル・ブラボーに展開したタスクフォース599はシャローム学園軍のタスクフォース・ハヘブレ(注1)が作った陣地を反対側が透けて見えそうな程薄い軍勢で包囲し、濃厚な死臭と焼けた血の悪臭が漂う湿った空気の中、激しく凄惨な小競り合いを繰り返している。
戦火の中に吐き出された煙に覆われた戦いは既に最終日の三日目に突入していたが、タスクフォース599は突破の糸口さえ掴めていない。しかし、それでもなお彼らは勝てるアテのない戦いを続けていた。
「あのユダヤ人をやるぞ!」
血生臭い硝煙混じりの風が流れる空中で、タスクフォース599に所属する二人のヴァルキリーが軍服の脇の下や襟の周りに汗の輪を作ったサブラを追う。
「落ちろ!」
「嫌です」
タスクフォース・ハヘブレの最高指揮官であるサブラはいつも通り眉間に僅かな皺を寄せるだけで背後からの攻撃を回避しつつ飛行し、増速して追いついたヴァルキリーが腰のレイルに取り付けた斧を取り外し、近接戦闘を仕掛けてくると同時に空中で逆立ちするような縦方向の回転――相手の縦の一撃をガリル自動小銃のハンドガードで受け止めた。
「この……ッ!」
歯ぎしりするヴァルキリーに構わずサブラはガリル自動小銃を右へと振り払い、斧ごと彼女の右腕を弾き飛ばす。そして地面に足を着けてそうする時のように構えて発砲、右腕の付け根を撃ち抜いて胴体と断裂させた。間髪入れずに断面から激しく出血して絶叫するヴァルキリーの左目に銃身を勢い良く突き入れ、オープンフィンガーグローブから半分露出した親指でセレクターを動かし、七・六二ミリ弾の一撃で彼女の頭部を四散させた。
「これ以上好きにはやらせないんだから!」
サブラの背後下方で新たな敵ヴァルキリーが両腰のレイルにマウントされた鞘から鉈を抜き、両手を左右に大きく広げて急上昇してきた。
返り血で眼鏡のレンズを汚したサブラは必要最小限の言葉しか発しない薄い唇を真一文字に結び、すぐに振り向いて下方から迫ってくる次の敵にガリル自動小銃を向けるが、まだ製造されて間もないイスラエル製の銃器は数発撃って弾切れを起こしてしまう。
「みんなの仇は!」
健気な勇気を振り絞って突進するヴァルキリーはサブラにチェストリグから新しいマガジンを抜き、古いものと交換する時間を与えなかった。
「私が討つんだから!」
距離が詰まる――サブラは黒髪を揺らして右上から左下に振り下ろす斬撃を間一髪で避け、ヴァルキリーのがら空きになった後頭部にガリル自動小銃のストックによる一撃を叩き込んだ。砕け散った後頭部から脳漿と骨片が飛び散り、サブラの眼鏡のレンズが更に真っ赤に染まり、フレームに血塗れの小さい肉片がこびり付いた。
「一時撤退する!」
「撤退してどうすんのよ! もう時間がないのに!」
「良いから言うことを聞きなさいよ!」
透き通るような白い肌と戦闘服を自分以外の血液で著しく変色させたサブラが新しいマガジンをガリル自動小銃に差し込んで向き直ると、タスクフォース599のヴァルキリー達がお互いを口汚く罵り合いながら空域を後にするのが見えた。飛行ユニットの噴射ノズルから光るマナ・エネルギーの青い輝きが遠くなっていく。
注1 ハヘブレとはヘブライ語で『野郎ども』を意味する。