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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 DOWN THE RABBIT HOLE 1949
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第二章7

 シャローム学園と契約し、汚れ仕事を含む各種業務を委託されている民間軍事企業ダークホーム社の社員達はアルカ東部のテンドー・シティで今日もまた表沙汰にできない任務を行っていた。

「はーい、シャローム学園のみんな! よく聞いてね」

 下校途中に突然ワンボックスカーの車内に押し込まれ――事実上の拉致――作動していない噴水の前に集められたガーランド・ハイスクールの生徒達の前で、キャロライン・ダークホームはイスラエルで生産されてつい先日このアルカにやってきた最初のプロトタイプ達に向き直る。

「これからクソ生意気な捕虜を黙らせたい時の方法を説明するわ」

 腰に手を当てて話すキャロラインの周囲には腐敗臭が立ち込め、他にもコンクリートの舗装やレンガ造りの壁のあちこちに黒ずんだ血痕や衣服の切れ端と混ざり合った大小様々な肉塊がこびり付いている。しかし、少年少女達は昼にヌカ・コーラで胃袋に流し込んだハンバーガーやTボーン・ステーキを嘔吐することはなかった。

「単純に言えば目の前で淡々と一人殺せばいいのよ」

 赤い髪をポニーテールに纏めたダークホーム社の最高責任者であるヴァルキリーはハンドガードが取り外され、剥き出しの銃身にグレネードランチャーが装着されたFAL自動小銃で倒れていた女子生徒の頭を撃ち抜く。そして、つい数秒前まで生きていた肉塊を足蹴にしながら、キャロラインはカビ臭い毛布一つ与えられず男女揃って全裸に引ん剥かれた捕虜を見据えた。

「もしくは目の前で徹底的に痛めつけて、それに対して自分は何もできないという無力感を与える。バランスが重要よ。あんまりやり過ぎると逆に怒って元気になっちゃうから」

「なるほど!」

 メモを取り終えたシャローム兵達は早速教えを実践してみせた。数名が胸と股間を手で覆う女子生徒の髪の毛を掴み、壁際に立たせ、無防備な腹部をFAL自動小銃のストックで殴打する。そして嘔吐しながら倒れた女子生徒を囲んで棍棒で叩く。その様子を縛られたガーランド・ハイスクールの男子生徒達は血が出る程に歯を食い縛り、目尻に悔し涙を浮かべてただ見守ることしかできなかった。

「ふざけやがって……」

 同じように全裸にさせられたユライヤ・サンダーランドは噛み締めた唇の間から血を流し、痙攣する皮膚の上にある目から怒りを込めた視線をキャロラインに向ける。

「えー」

 キャロラインの軍用ブーツで覆われた足がユライヤの背中を押す。ユライヤは前のめりに倒れ、泥に顔面を叩きつけられた。

「私程真面目な女の子いないわよ?」

「てめぇ……! 俺はタスクフォース420の……」

 上半身をジャージで、下半身を中古のタイガーストライプ迷彩のズボンで覆ったキャロラインはぷっと噴き出す。

「アンタがタスクフォース420だったのは去年までの話でしょ。捕虜虐殺の容疑で更迭されて今はつっかえない事務職じゃーん?」

 キャロラインの嘲笑混じりの声を耳にした瞬間、図星を突かれたユライヤの顔は灼熱で炙られたように熱くなり、頭の中が真っ白になった。

「戦争の犬どもめ……!」

「確かにそうかもしれないけど、私達にだってルールはあるわよ?」

 恥辱で全身の血液を沸騰させるユライヤを足で小突き、キャロラインは小指を折る。

「一つ、イスラエルと敵対している勢力とは契約しない」

 キャロラインは薬指を折る。

「二つ、共産主義勢力とは契約しない」

 キャロラインは中指を折る。

「三つ、飛行機のチケット代や装備代を前金で払わない顧客とは契約しない」

 ヴァルキリー特有の指の折り方を見せた後、浄水用錠剤を入れた生暖かくて臭い水が入った水筒にキャロラインは唇をつけ、すぐに口内の液体を吐き出した。

「ね? ちゃんとルールを守ってるでしょ?」

 曇り空のようにどんよりと瞳を濁らせるユライヤに対し、キャロラインは続ける。

「私達PMC隊員にとって契約とは命を売ることなの。だからこそ自分達で決めたルールを守り、プロ意識を持って雇い主のために任務を遂行する」

「だから悪魔に魂を売ってこんなことも平気でやるのか」

「自分の心まで売りはしないわよ。その心の拠り所はちゃんと別な場所にある。少なくとも悪魔に媚を売ってウィンクはしない」

「だけど悪魔に股は開くんだよな? 俺は知ってるぜ」

 吐き捨てるようにユライヤは失笑を漏らした。

「股ねぇ……」

 キャロラインはズボンのポケットから金属製のケースを取り出し、何度か振ってから開けてその中を確かめる。

「何してんだ?」

「さあ」

 何気ない口調でそう答えたキャロラインはユライヤの首を掴んで強引に立たせ、すぐに思い切り突き飛ばして湿った地面に倒した。そして、咳き込みつつ泥から顔を出した彼女の口元に素早い動作でチェコ製スコーピオン短機関銃の銃口を押し付ける。

「黙って聞いてれば好き放題に言うのね。ぶっ殺されたい?」

 キャロラインの目に明確にして強烈な憎悪の光が宿る。

「過酷な訓練に耐え、困難な任務を遂行してきたPSOB‐SASのC中隊長にできる仕事が本国では水産加工場の作業員しかなかったことを知った時!」

 大粒の唾がユライヤの顔にかかる。

「私がヘレフォードのジョブセンター(注1)で絶望に打ちひしがれ、帰りのバス代すら払えずに絶望していた時!」

 キャロラインは凄まじい剣幕で叫ぶ。

「どうしようもなくなった私が公園のベンチで手首を切り、ありったけの睡眠薬を飲んで昏睡状態になっていた時!」

 そして激しくユライヤを揺さぶり、

「アンタはどこにいたのよ!? 答えろ! 答えなさいよ!」

 再び地面に突き飛ばし、何度も何度も蹴り上げる。

「知ってるわ……アンタは肉料理をたらふく食べてふかふかの毛布の上で男と寝ていた」

「違う!」

「違わない。私はね、アンタが使ってたコンドームのメーカーまで頭に入れてる。そんな環境でのうのうと生活していた奴に私を批判する権利はないわ!」

 激しく肩で息をしながらキャロラインは続けた。

「少なくとも私は自分が置かれた環境を変えるため、あらゆる困難や苦悩に耐えて戦ってきた。私を批判するなら同じことをしなさいよ。私が世の中で一番嫌いなのはね、何も知らない癖にさもわかったようにモノを語り、自分自身の狭い価値観だけで行動する人間よ」

 キャロラインはスコーピオン短機関銃のグリップの底でユライヤを激しく殴打した。裂けた彼女のこめかみから血が迸り、地面を汚す。

「はぁ」

 焦燥し切った様子のユライヤから銃口を放し、少し気恥ずかしげな様子でキャロラインは頭を掻く。そして眼前の光景に絶句し困惑していたシャローム兵達に詫びた。

「ごめんなさい。私、まだ悪役を演じ切れてないわよね。先は長く険しいわ……」


 注1 公共職業安定所。

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