第二章6
昨晩の雨で湿ったアスファルト上に女子生徒の死体が転がっていた。人肉の味を覚えた野犬はどこからかやってくるとその手足に歯を立て、熱せられたチーズのように皮膚を引き千切ってそれに舌鼓を打つ。
「ここは人間様の敷地だぞ。部外者はちゃんと入場料を払わなきゃ」
ヴォルクグラード人民学園の校門脇に立つ監視塔の上で、同校の学園軍兵士が狙撃銃のスコープを覗きながら死肉を喰らう犬を視認して口元を緩めた。
やがて自分の学校の生徒が目の前で死んでいることに何の関心も持たない学園軍兵士が野犬の頭を吹き飛ばすと、銃声に驚いた鳥の群れが一斉に木々から飛び立った。
「退屈だわ……」
偽装の身分を使って学園生活を送っているミネット・メスターフェルドは頬杖をついて窓外からその様子を眺め、静かに呟く。彼女は授業が終わるなり、教室を出て黒焦げになった戦車や自走砲の残骸が幾つも転がる校庭のベンチへと腰掛けた。
「あのユダヤ人……」
ミネットの口元が歪む。先日のハイウェイ112におけるサブラ・グリンゴールドとの戦いは彼女の心に強い屈辱を残していた。
「まあいいわ。とりあえず今は……」
ミネットは目元と口元を緩めつつ、鞄から小さな紙箱を取り出す。それは彼女の大好物であるベルギー製の高級チョコレートで、休暇の時の数少ない楽しみだった。
箱を生傷だらけの膝の上に乗せ、包み紙を丁寧に剥いてチョコを口に放り込む。
唾液でチョコが溶け、クリームの甘い感触が口一杯に広がった直後――彼女はモサド工作員が注入した猛毒によって命を落とした。
「ミネット・メスターフェルドを除去」
モサド工作員が潜伏する部屋の右側の壁にまた新たな写真が追加された。
「彼女は少し頭が良過ぎた。もう少し知能指数の低い人間を用意しなくてはならない」