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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 DOWN THE RABBIT HOLE 1949
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第二章5

 ある夜、褐色の肌をした少女がアルカのどこかにある軍病院を訪れた。

「すみません」

 少女はナース・ステーションの窓口で尋ねる。

「一昨日ここに収容されたフランツ・ベルクへーデン大尉のお見舞いに来たのですが……」

「少々お待ちください」

 出稼ぎで本国からアルカにやってきている生真面目なフィリピン人看護婦はすぐに入院患者のリストに目を通してくれた。

「大尉なら4602病室の窓際のベッドです」

「ありがとうございます」

 看護婦に丁寧に礼を述べてから、褐色の少女は教えられた病室に入り、月明かりにうっすらと照らされた窓際のベッドへと歩み寄る。だがベッドに横たわっていたのは褐色の少女がフランツと呼ぶ仲間ではなかった。フランツは黒人ではなく白人だったし、何より頭と体が彼の倍近く大きかった。

「あの……違う人が寝ていたのですが」

「えっ?」

 看護婦は首を傾げた。

「大尉は入院した時からずっとあの場所にいます」

「フランツは黒人じゃないんですよ」

 看護婦は少し黙り、何かを察すると感情を抑えて話した。

「大尉は全身に火傷を負っているのです。それも重度の……」

 褐色の少女もまた何かを察し、「申し訳ありません」と小さく頭を下げた。そして深呼吸して覚悟を決めてから、先程の病室へと戻る。

 間違いない。ベッドの上にいたのは全身を焼き尽くされ、頭や身体を焦げて醜く膨れ上がらせたフランツ・ベルクへーデンその人だった。

「フランツ、私だ。大丈夫か?」

 褐色の少女は音を立てないようにしてベッドに近寄り、彼の焼け爛れて赤い肉が剥き出しになった耳元で囁いた。

「……誰だ?」

 その問いに対して褐色の少女が自分の名前をそっと呟くと、フランツの呼吸が少しだけゆっくりとしたものになる。

「大丈夫です。気分は最低ですが……」

 二人は他愛のない会話を交わした。

「何か食べたいものはあるか?」

「チーズバーガーを」

「それは厳しいな」

 褐色の少女は苦笑する。肉と乳製品の共食――それはカシュルートと呼ばれるユダヤ教の戒律で固く禁じられていた。

「そんなものくそくらえです」

 気丈に悪態をついてみせるフランツだったが、凄まじい苦痛に耐えていることが声の震え具合でわかった。

 十分程して褐色の少女は病室を出た。

「私はフランツがあんな姿になってしまったことについては納得している」

 ゆっくりとベンチに腰掛け、項垂れながら自分に言い聞かせるようにして褐色の少女は苦しげに呟く。世の中には考えるだけ無駄なことが存在する。これもその一つだ。

「でも、そうなるまで私は何もしてやれなかった。部隊を束ねる指揮官という立場にありながら……人の命を預かる立場でいながら……だから……だから……」

 彼女にとっての『理由』とは、使い物にならなくなったかつての仲間達が一日でも長く生きられるようにすることだった。

 彼女が戦場でその柔肌を露わにして与えられた役割を演じ続けている限り、彼女の母校を統治するX生徒会はベッドに寝ているだけの若者達を生かし続ける。

 だから――。

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