第一章13
「来てないか……」
今日もどこかのPMCが送ったオファーの手紙は学生寮のポストに入っていなかった。
焦げ茶色の髪を後ろでがさつに結った少女はおかしい、こんな筈ではないと思いながらポストの蓋を閉める。何故自分程の人間を誰もスカウトしないのか――という疑問が彼女の心の傷に今日も塩を塗り込む。
若干彫りの深い顔立ちをした少女はかつてガーランド・ハイスクールのヴァルキリーとして最前線で戦い、多くの戦果を残し、タスクフォース420を指揮してアルカのあちこちで暴れ回った。今やそんな自分に誰も声をかけない。
「こんな筈じゃないんだ」
家賃を払えと書き殴られたチラシの裏紙が何枚も貼られたドアを開け、いつオファーが来ても良いようにピカピカに磨き上げられた軍用ブーツが並ぶ玄関先で穴が開いたスニーカーを脱ぐ。そして防弾ベストやチェストリグ、銃の光学機器や空のマガジンが合わさって積み重なった山の横を通り過ぎて自室に戻る。彼女は片付けることを知らない。訓練が終わってクタクタになった後、いちいちモノをクローゼットに入れて整理していられるかという現役時代の癖が抜けていないからだ。
「こんな筈じゃない」
数日前までは化学薬品の味しかしない安物の酒が中で波打っていたガラス瓶を危うく踏みそうになりながら、タンスの上で埃を被るカウボーイハットや黄色いスカーフに視線を送る少女はニコチンの茶色みがかったベッドに身を横たえる。
「くそったれ」
少女は足元に積み重なる、一週間近く洗っていないせいで異臭を放つ洗濯物の山をベッドから床に蹴り落として脂臭い枕に顔を埋める。
わかっているのだ。
虐殺事件を引き起こし、軍法会議にかけられ無罪にはなったもののタスクフォース420の指揮官を解任された自分を誰も使いたがらないと。自分で履歴書を書き、どうか自分を使ってくれないかと頼み込めばまた違うかもしれない。だがそれはできない。プライドが邪魔をするのだ。ヴァルキリーに選ばれ、厳しい訓練を重ね、過酷な戦場を生き抜いた自分がなぜそうではない人間達に頭を下げなければならないのか。向こうからお願いしますと来るのが普通ではないのか。
「わかってる。間違ってるってわかってるんだ」
膜がかかったような瞳に強い自己嫌悪と深い後悔の色を宿した少女は内心では全てわかっているのだ。自分の思考が間違っていることも、プライドを捨てなければ次の就職先だって見つからないことも。
寝返りをうち、ベッドの横に置かれた、煙草で溢れ返る灰皿に視線を向ける。
軍にいる時は如何なる困難も打ち倒してきたし、自信を失うことはなかった。
だが今はアルバイト先で荷物の伝票の書き方も覚えられない。例え本国のスーパーや駅のキオスクで働いても、レジ打ちさえできないだろう。そのギャップが――輝かしい過去と、惨めな今――が彼女の心身を徹底的に痛めつけるのだ。まるで有刺鉄線で作られた真綿でゆっくりと首を絞められるような苦しみだった。
「畜生……」
薄汚いベッドの上で、ユライヤ・サンダーランドはまるで母親の胎内にいる赤ん坊のように身を縮めた。