第一章8
サカタグラードの食料品店を訪れたヴォルクグラード人民学園の教員――表向きはそうだが、実際はアルカにおける兵器開発に携わっている――は、いつも購入しているベルギー製の高級チョコレートが忽然と店の棚から姿を消していることに気付いた。
「品切れなんて珍しいな」
彼が厳重に守られている居住区に戻ると、郵便ポストに一枚の手紙が入っていた。左右と背後を確認した彼はそれを抜き取ると、足早に自室へと戻った。
手紙にはソ連本国にいる彼の妻と子供の名前、親族全員の住所が書かれていた。
それが意味しているのはただ一つ。
「我々はあなたの家族の居場所を知っている。妻や子供と無事に再会したいのなら余計な真似はしない方が身のためだ」
教員はモサドからの警告を口にしたが、手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
「馬鹿馬鹿しい。子供に何ができる」
その言葉をアルカのどこかから盗聴していたモサド工作員は強い調子で言う。
「奴に小包を送れ」
モサド工作員のいる部屋の右側の壁には『ELIMINATED(除去)』とテープが貼られ、荒っぽく×印が書かれた写真が、左側の壁にはこれから『除去』するターゲットの写真が乱雑に貼られていた。
注1 目出し帽。