第二章5
青空が珍しく広がったその下でヴォルクグラード人民学園の女子生徒達が談笑しながら通学路を進んでいると、彼女達のすぐ横を軍用トラックが高速で通過した。
「よしいいぞ! 逃げろ!」
ドアにグレン&グレンダ社のロゴがそれらしく描かれた軍用トラックは通学路を遮るようにして停車し、勢い良く開いたドアから脱兎の如く運転手が飛び出して走り去る。
怪訝な表情で女子生徒がトラックに歩み寄った瞬間、荷台から光が漏れ爆発が起きた。
爆発が起きたのは一箇所だけではなかった。
最初の爆発から一時間もしないうちに平和になったはずのサカタグラードから幾筋もの黒煙が立ち昇るようになっていた。
「でぃ、ディーゼル燃料と硝酸アンモニウムの魔術を楽しんでもらえたかな……」
騒然とする学園のあちこちに設置されたテレビモニターの中では、囚われの身となったオルガ・グラズノフが左右から銃を突きつけられた状態で原稿のページを捲っていた。
「これから毎日……テロを起こす……死にたくなかったら行動しろ……」
痣だらけの顔のオルガは震える声で原稿を読み上げる。
「自らが最も危険だと思う者を殺せ……」
放送が終わった直後にまたも爆発音が聞こえたことでヴォルクグラード人民学園の生徒達は自分達にテロを仕掛けている存在がブラフを用いないことを知る。
「非常時には俺達が武器を持って良い決まりがあるだろ!」
「生徒手帳にも全生徒防衛体制と書いてあるぞ!」
放送が終わって十分としないうちに恐慌状態の生徒達が武器庫に押し寄せた。
「ああそうだ。だが武器を渡すには事前の書類申請がいるし、軍の審査だってある!」
アルカの全校において、非常時に限り一般生徒達は地域防衛隊という形での武装を許可されている。学園同士の代理戦争を行うのは当然正規軍だが、テロリストによる攻撃等の非常時には正規軍に加えて地域防衛隊も対処に加わる。これが全生徒防衛体制だった。
「ここで押し問答している間に俺達は殺されるんだ!」
生命の危機に瀕した生徒達はやがて暴徒と化し、手にしたレンチやバールのようなもので管理委員を殺害して武器庫の鍵を破壊した。
生徒達に武器が行き渡るなり、『アルカの春』から僅か半年の期間を置いてヴォルクグラード人民学園の生徒同士による殺し合い――正確には一方的な虐殺と裏切りが始まった。
一人のヴァルキリーが下校途中に襲撃され、通学路の地面に跪かされた。
「手で数字を数えろ!」
武装した生徒達は学生服姿のヴァルキリーの頭に幾つもの銃口を向ける。
「さっさと数えろ!」
言われるがまま、ヴァルキリーはプロトタイプとの差別化を図るためプログラムされた通りに小指から一本ずつ指を折っていく。そして三を数えたとき、生徒達は立った親指と人差し指を見て口々に「黒だ」と困惑の声を上げ、最終的に一人の生徒が前に出て拳銃で彼女の頭を撃ち抜いた。銃で殺された者はまだ幸運で、中にはハンマーで殴り殺されたり、木に縛り付けられたまま火炙りにされたヴァルキリーもいた。
BFでは対地支援を行っていたヴァルキリーが突然友軍のYak‐9戦闘機やIL‐2シュトルモビク攻撃機に追い掛け回され、最終的には自殺に追い込まれた。あるヴァルキリーは数秒前まで一緒に戦っていた兵士達に取り囲まれて銃殺された。
皮肉なことに、ヴォルクグラード人民学園の生徒達にとって『最も危険だと思う者』は傍若無人なテロリストではなく、自分達の学園のヴァルキリーだったのだ。