第一章5
ソ連の代理勢力ヴォルクグラード人民学園はアルカ北西部の学園都市サカタグラードにその校舎を構えている。二度に渡る内戦を経験したこの学園は多くの優秀なヴァルキリーを輩出していることでも知られていた。
「随分と警備が厳重だな。何かあったのか?」
補給部隊に所属するヴォルクグラード学園軍兵士が校門の前で停車した米国製トラックの運転席から顔を出し、ボディーアーマーを羽織り顔をバラクラバ(注1)で覆い隠した衛兵に声をかける。
「ユダヤ人がテロを企んでるって話だ。身分証を」
「シャローム学園の連中が? そいつはおっかないな」
ソ連本国とアルカを繋ぐ港湾施設リトル・ハイフォンから補給物資を運んできた兵士はシートの脇に挟んでおいた生徒手帳を差し出す。
ダットサイトとフォアグリップが装備されたPPSh‐41短機関銃を持つ衛兵はやけに真新しい生徒手帳を受け取ると、バラクラバから覗く目を上から下に動かして文字列を検め、特に異常はないことを確認してそれを持ち主に返した。
「行っていいぞ」
「どうも」
こうしてイスラエル諜報特務庁にしてシャローム学園諜報特務庁モサドはヴォルクグラード人民学園の校内に大量の爆発物や銃火器を持ち込むことに成功した。
「いいかな?」
一時間後――昼休みが始まる少し前、腹痛で保健室に行くと言い教室を出た一人の男子生徒が購買部を訪ねた。
「頼んでたものはあるかい」
「合言葉を」
「マサダは二度と陥ちず」
「奥にある」
「そいつはありがたい」
購買部員が男子生徒を奥の倉庫に案内した五分後、ヴォルクグラード学園軍のとある少佐は男子更衣室に漂うパンの匂いに気付いた。そして彼が愚痴を言いながら自分のロッカーを開けた時、扉の内側に隠されていた手榴弾のレバーが勢い良く外れ大爆発が起きた。
「なんだこりゃ……」
駆け付けた公安委員会の生徒達が目にしたのは、血の甘ったるい悪臭を漂わせる、壁や天井に張り付いた肉片や髪の毛、頭蓋骨の無残な有様だった。
手榴弾は生地に練り込んだ状態で焼かれ、モサド工作員はパンを割って使用したのだ。