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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 DOWN THE RABBIT HOLE 1949
124/285

第一章2

 一九四九年六月二十二日。

 アルカ西部の学園都市ツルオカスタンに、イスラエルがアルカにおける代理勢力としているシャローム学園はその校舎を構えていた。しかし、学園都市といっても彼らに与えられた土地は雀の涙程――背後に広がるブラッド・シーと、山々に挟まれた狭く小さい空間だけ――であり、アルカにおいて最も不利で危険な場所に彼らの学び舎はあった。

 山の下の僅かな空間に七号道路ことハイウェイ7が走る回廊地帯めいた地形は純粋な軍事攻撃のみならず、土砂崩れや津波といった自然災害にも非常に弱い。にも関わらずシャローム学園が建校から一年が経過してもなおアルカに存在し続けられている理由は白骨化した遺体や焼け焦げて赤く錆び、幽霊のように放置された大小様々な兵器の部品が転がる砂浜や、生臭い潮の臭いを漂わせる緑がかった青い海に浮かぶカモメだらけの艦船の残骸からも見て取れる。これらは全てシャローム学園への攻撃に使用され、全てシャローム学園によって破壊されたものだった。

「ここがアルカの中のイスラエル……」

 重なり合うカモメの声を耳にしつつ、一人の少女が潮風にツインテールを揺らしながらカモ自治区の停留所に降り立った。

「それにしても静かね。誰もいない」

 カモ自治区は閑散としていた。仮にもアルカの学園都市ならば平日の昼とはいえある程度の人出があるものだが、見たところ寂れたカフェの一角でFAL自動小銃を壁に立てかけて談笑する非番のシャローム学園軍兵士達の姿ぐらいしか確認できなかった。

 他校の生徒からテルアビブのマリア・パステルナークと呼ばれるシャローム学園のヴァルキリーを取材するため、カモ自治区を訪れたクリスことトランシルヴァニア学園のクリスティーナ・ラスコワはバス停のすぐ前に立てられたとある企業の看板に目を留める。

 スマイリー・ダイヤモンド社がどんな企業であるか、この地で戦うプロトタイプの多くは知らない。知る必要がないからだ。同社がダイヤモンドの採掘や加工、流通を行っているユダヤ系資本の企業で、その収益が建国されたばかりのイスラエルにとって貴重な資金源になっていること、そして他社から仕入れたダイヤモンドを加工して売るのではなく、自分達の所有する鉱山で自ら原石を採掘し、研磨加工を施し、価格を設定して流通させようとしているという噂を知っているのは、ノンフィクション作家として学業の傍ら執筆活動と取材を精力的に行っているクリスぐらいのものだ。

「うわっ」

 突然、クリスは男子生徒の驚く声と炭酸飲料が勢い良く缶から噴き出すシュッという音を聞いた。音がした方向を見てみると、バス停のベンチで学生服に身を包んだシャローム学園の男子生徒数名が苦笑しながら溢れ出るヌカ・コーラの缶に口をつけていた。彼女の視線に気付いた男子生徒達は苦笑してすぐに立ち去った。

「クリスティーナさん」

 別方向から声が聞こえたが、今度は自分を呼ぶ女の声だった。クリスが振り向くと、ジープの脇に立つ百七十センチはある長身の女性将校が小さく一礼しているのが見えた。

「お迎えに上がりました」

 物静かな、それでいて礼節を含んだ口調の女性将校はオリーブドラブ一色の軍服に身を包んでいる。シャローム学園軍のごく一般的な服装だ。だがその胸には剣とコウモリに似た羽が合わさった形でデザインされた徽章が付いている。それは彼女がヘイル・ハヤムことシャローム学園海軍に所属し、それも特殊部隊――シャイエテット13に身を置いていることを意味していた。

「お会いできて光栄です。クリスティーナ・ラスコワです」

「お話はかねがねお伺いしております。こちらへ」

 きびきびとした足運びで軍服の左肩にベレー帽を嵌めた女性将校は歩き始める。長い黒髪が揺れるが、香水やシャンプーの香りは漂ってこない。かといって脳に直接染み込んで来るような柑橘類の甘い香りもしなかった。

「どうぞお乗りください」

 軍人とは思えない丁寧で思慮深い口調の女性将校は、幾重にも白い包帯が巻かれた右手でジープの助手席ドアを開ける。

「……ん?」

 助手席へと腰を下ろし、ドアを閉めて防火素材製のシートベルトを締めたクリスは足元の十二・七ミリ機銃用の弾薬ケース内に輝くものが詰まっていることに気付く。

「それはアンゴラ産のダイヤモンドです。もし良かったら差し上げますが」

「そんな! 頂けません。大変高価なものでしょうし……」

「別に貴重なものではありませんよ」

 クリスが遠慮して首を横に振ったので、運転席に腰掛け、彼女と同じようにシートベルトを締める女性将校は少し残念そうな表情になった。

「実は余り過ぎて処分に困っていたんです」

「ごめんなさい」

 クリスは、何故給料三か月分の値段と揶揄されるダイヤモンドがそれこそ砂や石ころのように乱雑な形で弾薬箱ケースの中に入っているかは訊かなかった。

「いえいえ、大丈夫ですよ。出します」

 どこか事務的な微笑みを隣席のクリスに送ると、女性将校はクラッチを踏み、ギアを入れてアクセルを踏みジープを発進させた。

 ジープが走り出してすぐ、ガレイ・ツァハルと呼ばれるシャローム学園のラジオ放送がスピーカーから流れ始める。最前線で戦う兵士がリクエストしたであろうショパンのワルツ第七番……その穏やかで少し悲しげなピアノの音色が、潮臭い風に乗って周囲に響いた。

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