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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 DOWN THE RABBIT HOLE 1949
123/285

第一章1

 一九四九年五月十四日。

「ユダヤ人の戦車が来るわよ!」

 透き通る声が響き渡った直後、積み上げられた土嚢から半身を乗り出し、携帯式の対戦車ロケット弾発射機を構えていた女子生徒の華奢な肢体が爆風で吹き飛ばされた。土嚢の数センチ前に着弾し、広範囲に乱暴な破壊と殺戮をまき散らした榴弾――爆発エネルギーと破片で対象を破壊、殺傷する砲弾――はたった今上半身と下半身を真っ二つに切り離され、薄桃色の腸を地面に広げた少女だけでなく、予備のロケット弾を手に再発射に備えていた仲間の女子生徒の顔面をもズタズタに引き裂いた。

「前世紀の終わり……巨大隕石の落下と、それがきっかけになって始まった十五年間にも及ぶ世界規模の戦争が人類に歴史上類を見ない未曾有の被害をもたらしました」

 砂埃と血で汚れたラジオからの放送が流れる中、熱したスプーンを押し当てられた芋虫宜しくのた打ち回る血塗れの女子生徒がマガフ戦車によって踏み潰される。今までにも多くの肢体を呑み込んできた血塗れの履帯が今日もまた、ただシチュエーションだけを変えて湿った肉の破砕される音と枯れ木の折れるような音の混音を響かせた。

「皆さんがご存じの通り、これが『アポカリプス・ナウ』と記録されている悲劇です」

 誰一人聞き耳を立てていないラジオ放送が流れ続ける中、目の下に大きなクマを作り、三度の食事よりもヘロインを好む汚い身なりの若者達が鉈やスコップを手にして路地を疾走する。彼らは皆、乾いた血の塊を自身の顔や服にこびり付かせていた。

「混乱はグレン&グレンダ社によって収められました。同社は今後一切、人々が争わずに済む世界を作ろうと考えます。それが戦闘用の人造人間『プロトタイプ』を教育し、世界各国の代理勢力である『学園』に所属させ、ここ『アルカ』という永久戦争地帯でそれぞれの母国の代わりに戦わせるシステムなのです。そして今や民族対立、資源の利権争いといった国家間の問題は全てアルカにおける代理戦争で処理され、人類にとって永遠に過去のものとなりました」

 抑揚のない声をだらだらと響かせるラジオはやがてイスラエル製の軍用ブーツで踏み潰された。砕けたスピーカーから火花が散り、部品が四方に転がった。

「急げ!」

 年若い兵士達――ラジオが先程話したように、プロトタイプと呼ばれ、ただ戦争を行うためだけに作られた少年少女達――は六人がかりでソ連製のZPU‐4対空機関砲を運び、押し寄せる敵兵の前に配置した。射手が椅子に腰を下ろす一方、箱型の弾倉の蓋が開けられ、もう一人の兵士がオイルを銃弾に荒っぽくぶちまける。給弾不良を防ぐためだ。残りの兵士達はそれぞれベルギー製のFAL自動小銃を構え、敵の接近に備えている。

「近付かれたら終わりだぞ!」

 指揮官は迫り来る人の波を双眼鏡に捉えるなり、

「撃て!」

 ヘブライ語で発砲を命じた。ZPU‐4対空機関砲に備えられた四門の十四・五ミリ機関砲が一斉に火を噴き、ジャッキで地面に固定されているにも関わらず砲を載せる台座に付いたタイヤは激しく前後に揺れた。

 瞬く間に銃口の先で人間が粉微塵の肉片へと変わる。本来航空機を撃墜するために使われる機関砲四門の掃射は恐るべき破壊力を持っていた。

 凄まじい射撃音に耳を塞ぐ指揮官の横で、兵士達はそれぞれ手にした銃のトリガーを必死に引き続ける。だが、どれだけ銃弾を浴びせても敵は正視に耐えない仲間の死体を踏み越えて次から次へと押し寄せてきた。兵士達は足元を空のマガジンで黒一色にしながら死に物狂いで応戦し、やがて指揮官もイスラエル製のウージー短機関銃を構えて発砲した。

「……ん?」

 突然、指揮官は視界の片隅に青い光のちらつきを見る。そして小さな影が一瞬目の前を横切ったかと思うと、硝煙で黒ずんだ地面が激しく震え、砲口から死を撒き散らしていたZPU‐4対空機関砲が炎と鉄の破片をまき散らして爆発した。

「くそ!」

 爆風で地面へと叩き付けられた指揮官は異形の存在を視認する。

「ヴァルキリーだ!」

 ヴァルキリー……それは、多大な犠牲と共に世界の枠組みを一変させた隕石内に含まれていた未知のエネルギーと親和性を持つ極少数の女性プロトタイプのことを指す。彼女らは華麗にアルカの空を舞い、戦闘機と戦車を人型サイズで両立させた異次元の存在として多くの死と破壊を戦場にもたらしてきた。

「怖がることなく撃つがいい」

 しかし、右手にソ連製のB‐10無反動砲を、左手にルーマニアでライセンス生産されたAK47自動小銃を携える少女の外見は明らかに異常だった。

「心配するな。撃つ人間はそれを受ける側の人間程痛い目を見ることはない」

 哲学者のようにそう言い放つ彼女の適度に筋肉が付いた女性的な丸みを帯びる肢体は、褐色の肌を露にした箇所がそうでない箇所よりも圧倒的に多い。胸元と股間は黒く小さい水着めいた着衣に守られ、背中のバックパックからは蝶のそれに似た羽が左右に伸び、ショートヘアの頭には猫の耳に似た飾りが付いている。

「ほざけ!」

 兵士達は爆発による耳鳴りに苦しみながらも地面に転がった銃を取り、ヘブライ語で悪態をつきながらFAL自動小銃の狙いを定めて少女へ弾丸を浴びせる。だがそれらの銃弾は一発たりとて彼女の肢体を貫き、肉を抉ることはできなかった。厚さ数ミリの鉄板さえ易々と貫く七・六二ミリ弾は尽く彼女の前面に広がる青い障壁で防がれてしまった。

「ユダヤ人は常識を忘れている」

 FAL自動小銃の本体左側についたチャージングハンドルを何度も引いて詰まった弾丸を排出しようとしている兵士に哀れみを含んだ視線を送りつつ、両手に銃火器を手にした褐色の少女はさも残念そうに首を横に振る。

「裸であれば裸である程、銃弾というものは当たらなくなる。忘れないことだ」

 再びB‐10無反動砲が火を噴く。着弾と同時に地面が爆発で打ち震え、バラバラになった兵士達の手足が宙を舞った。

「そんな最低限の常識さえも覚えられないユダヤ人は生きるに値しない。だからこそ私はユダヤ人一人の死は奇跡であり、一万人の死はまさに神が与えた恵みだと認識している」

 そして少女の担いだB‐10無反動砲の砲尾から真鍮製の空薬莢が放出され、それが地面に落ちる前に今度は左手のAK47自動小銃が火を噴いた。

 兵士達は放たれた銃弾によって身体中の筋肉組織を徹底的に破壊し尽くされ、極めて乱暴な形で胴体と腕を切り離された。千切れた右腕のすぐ横に湿った音を立てて左手が叩き付けられ、その断面から流れ出た血が焦げた鉄片混じりの地面に染み込んでいく。

「ここに公言しよう! 私はユダヤ人が嫌いだ。生きる価値もない。抹殺されるべきだ。裸にひん剥き、狭い場所に押し込め、糞尿塗れにして殺虫剤で処分するべきだ。老人も、大人も、子供も! 子供は最優先で殺す。子供から全てが始まるからだ!」

 なおも生き残っていた最後の女性兵士が痛む身体を起こし、自分の鼻や口に詰まった土を指でなんとか抉り出し、次に目を引っ掻くように擦る前で褐色の少女は続ける。

「女は犯し、子供の手足を切り落とせ。ユダヤ人によって汚染された世界を浄化しなければならない。ユダヤ人は殺す! 殺されるべき人間とはユダヤ人を意味する!」

「そんなの許さない……だって私は、マサダでそう誓ったから……!」

 オーケストラの指揮者宜しく激しい身振り手振りで褐色の少女が滞空しながら言う一方で、女性兵士は血塗れの身体を引き摺って無線機へと左手を伸ばす。だが、後数センチというところで軍用ブーツが増援を呼ぶ唯一の手段を踏み潰した。

「イスラエルが建国され、ユダヤ人がこの地にやってくる前のアルカ学園大戦は、システム化された軍隊同士が母体国家が抱く戦略上の明確な目的によって交戦していた」

 少女はそう言いながら絶望する女性兵士の後ろ髪を掴み、銃を持った彼女の右腕を易々と九十度下方に折り曲げる。骨が肘の皮膚を突き破り、飛散した血が褐色の頬を汚す。

 絶叫にも似た女性兵士の苦悶の叫びが響き渡り、コントロールを失った右手が地面に向けてFAL自動小銃を乱射する。発砲の反動によって皮膚と神経、血管で繋がった前腕部が激しく暴れた。垂直に真下へと伸びるマガジン内に収まっていた二十発の弾丸が撃ち尽くされると同時に、腕は千切れて煙を立ち昇らせる空薬莢だらけの地面に落ちる。

「人類に原罪があるとすれば、それは間違いなく平和に暮らせないこということだ」

 褐色の少女は女性兵士の右目に自分の右親指を強引に押し込んだ。悪魔の咆哮のような悲鳴が戦場に木霊する。

「有史以来、食料や領土、富や権力、それに威信を賭けた争いは絶えず繰り返されてきた」

 圧力で眼球が砕け、血液と混ざり合った白く小さな塊が全身から滝のように汗を噴き出す女性兵士の頬を伝って地面に流れ落ちる。

「しかし、我々プロトタイプやヴァルキリーを含めて今日の世界で日常的に使われている技術の全ては暴力的な人類の闘争によって方向付けられたもの」

 褐色の少女は親指で相手の頭蓋内をかき回す。女性兵士は声にならない絶叫を上げながら彼女の手を掴むが、その華奢だが筋肉質な腕は微動だにしなかった。

「とはいえ、社会的暴力……その極みにあるこのアルカにさえ、ある程度の行動規範は存在していた。幾つかの不幸な例外は別として、戦争が行われる場所とそうでない場所は明確に区別されてきた」

 明らかに異常な量の涙を左目から滴らせ、同じように異常な量の鼻水で鼻の下と顎を汚す女性兵士を前に、まるで与えられた役を演じる舞台役者のように褐色の少女は続ける。

「そもそも人類の戦争というものは成人男性だけのものと言ってよかった。それ以外の人々に対しては、戦場は四千年近く閉ざされていた」

 突き入れた親指を鉤型に曲げ、褐色の少女は思い切り力を込めて視神経で繋がった眼球を眼窩から引きずり出した。ひぎぃ、と声を上げて右腕の曲がった女性兵士は歪に身を捩り、痙攣しながらオリーブドラブのズボンに黒く濃い染みを作る。

「実際、美しくも屈強な少女達が戦争に参加できると考えられるようになったのさえ、ほんのここ二、三十年のことで、一般化しているとはとても言えない」

 絶命した女性兵士の亡骸を投げ捨て、褐色の少女――バタフライ・キャットは少し悲しげな表情で硝煙混じりの風に靡くイスラエル国旗に視線を送り、呟く。

「その地に戦の叫びと大いなる滅びあり。汝らの目の前にて、我、バビロンとカルデヤに住める全ての者がシオンになせし諸々の悪しきことに報いん」

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