エピローグ
一九四八年十二月二十八日。
白鳥の集うモガミ・リバーの岸部で浮かない表情のまま写真に視線を落としていたエレナ・ヴィレンスカヤは、背後から響いた車の停まる音を聞いてそれをポケットに戻す。
「同志大佐、ユーリ君、行ってきます」
七分十二秒後――防弾加工が施されたSW社の社用車に揺られて運ばれた彼女はヴォルクグラード人民学園のホール舞台裏にいた。
「モサドが集めたこの情報があればフレガータ学校占拠事件におけるタスクフォース563の名誉を回復し、グレン&グレンダ社の権威を完全に失墜させることなど造作もない」
ノエルはクリップ止めされた分厚い原稿をエレナに手渡す。
「しかし道徳的な正義を遂行した君に回復不能の痛手を与えられたグレン&グレンダ社は総力を挙げて報復を図るだろう」
「壇上に出れば、僕やノエルと同じように忌むべき世界の敵となった貴方の人生は終わったも同然になります。そうなればもう後戻りはできません」
ノエルに続いて皺一つないスーツに身を包んだエーリヒが話す。
「それでもタスクフォース563の名誉を回復し、グレン&グレンダ社に痛撃を与えることは貴方にとって価値のある行為なのですか?」
「価値のある行為です。そう思っているからこそ私はここにいます」
「そうでしたね」
「頑張って」
力強い口調で返すエレナにエーリヒとノエルは揃って頷き、道を開けた。
壇上にスーツ姿のエレナが現れた瞬間、世界中から可能な限り集められたユダヤ系マスコミのシャッター音とフラッシュが彼女の視覚と聴覚を圧倒した。
「私は真実が最善とは限らないと思っています」
巨大なSW社のロゴの前に立ったエレナは大きく深呼吸してから話し始める。
一つの時代が終わろうとしている。一九四九年からはイスラエルやSW社がヒエラルキーの頂点に立ちアルカで猛威を振るうことになるだろう。そしてエレナ・ヴィレンスカヤという元ヴァルキリーもまた、世界の流れに抗い続けるグレン&グレンダ社の強硬派を叩き潰すという新しい戦いに身を投じようとしていた。
「しかし私は、それでも伝えなければいけないと考え、今ここに立っています」
エレナは再び大きく深呼吸し、超満員のホールを見渡してから改めて口を開いた。
「寒い冬を終わらせるために」
終劇