第三章7
いつの間にか戦いが終わったルナ・マウンテンにはもはや敵も味方もなくなっていた。
SW社の兵士達は投降した自由ヴォルクグラード軍の兵士達を手当てし、エル・アル航空のヘリが解放された人質を乗せて飛び立っていく。
「これで良かったんです……こうなるべきだったんだ……」
医療テント内のベッドに横たえられたマリアの弟はその脇に立つエーリヒ・シュヴァンクマイエルに言う。彼の後ろにはノエルやソノカだけでなく即死レベルの致命傷を負ったユーリが何故今も生きていられるかを説明できなかった軍医の姿もあった。
「ユーリ君!」
やがてマナ・クリスタルを失ったエレナがテント内に足を踏み入れると、全員がこれから起きるであろう事象を察して外に出た。
「ユーリ君……ユーリ君……」
エレナはエーリヒ達とすれ違うようにしてベッド上に横たわったマリアの弟に歩み寄る。
「これで……使えないゴミクズからは卒業……できたかな……?」
「貴方は大馬鹿者です」
膝を折り、すっかり冷たくなった少年の手を握るエレナは声を震わせて大粒の涙を流す。
「本当に大馬鹿者です」
エレナの青い瞳から止め処なく溢れる涙が幾筋も頬を伝っていく。
「五年前、私があんなことを言わなければ……」
「エレナさんのせいじゃない……僕は……自分の意思で……」
「命令だ! 死ぬな!」
口調を変え、大粒の涙を振り撒いてエレナは叫ぶ。
「生きろ! お前はマリア・パステルナークの弟だ! 道を違えたとはいえタスクフォース563のスぺツナズ隊員なんだ! 生きろ! 命令だ!」
「エレナさん……」
「なんだ……?」
「僕がそうじゃなかったように……エレナさんも一人じゃないから……多くの人が……エレナさんと同じ願いを……持って……」
ユーリは小さく咳き込む。力なく震える唇の周囲が血で汚れた。
「姉さん……馬鹿なことをして……ごめんなさい……」
ユーリが動かなくなった瞬間、エレナはその場に崩れ落ちもしなかったし叫び声も上げはしなかった。ただ彼女は顔に涙の跡を残したまま医療用テントの外に出た。
「グレン&グレンダ社の勝ちだな……いくら市民が動いても、いくら大規模なデモが行われようとも、余程のことが起こらない限りタスクフォース563が罪なき子供達ごとテロリストを皆殺しにしたという捻じ曲がった真実は覆らない」
「いいえ、まだそうと決まったわけではありません」
ノエルやソノカと共に外で待っていたエーリヒは首を横に振る。
「フレガータ学校占拠事件の当事者の証言があれば余程のことを起こすことができます」
「しかし、当事者はもう……」
エレナの言葉はいつになく真剣な表情で腕を組んだノエルの「いいや。ここにまだ一人当事者が残っている」という声によって遮られた。
「僕は世界に絶望していた四年前、マリア・パステルナークから『どんな世界にも希望はある』と言われました。だから僕は、開いたばかりの花を散らせたくない」
ユーリ・パステルナークという自分の正義を信じて過酷な現実と戦い続けた人間の想いをここで終わらせたくない――エレナには、エーリヒがそう言っているように思えた。