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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 YOU ARE NOT ALONE 1948
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第三章4

 ルナ・マウンテンの空は自由ヴォルクグラード軍が航空機の視界を奪うために火を放った古タイヤや原油入りドラム缶から立ち昇る煙で黒く染まっていた。

「誤射してもいい! とにかく当てろ!」

 濃密な煙の間を縫って突進したIL‐2シュトルモビクが今か今かと待ち構えていた複数のZPU‐4対空機関砲からの集中射撃を浴びて穴だらけになり墜落する。

「あんな代物、博物館にだってないぞ!」

 SW社パイロットの操縦するソ連製対地攻撃機が地面に突き刺さって爆発した直後、地下壕から旧型の菱形戦車が何台も現れる。シュネーヴァルト学園やドラケンスバーグ学園から集まってきたパイロット達はコックピットからそれを見て強い衝撃を覚えた。

「どうしてそこまで」

 ダクトテープで上下二連に組み合わせられたB‐10無反動砲を右肩に担ぐソノカ・リントベルクは急降下攻撃で菱形戦車を他愛もなく撃破したが、それでも胸中の不可解な感情を払拭できなかった。

「絶対に気を抜いちゃいけない」

 ソノカの左後ろではノエルが右上から迫る自由ヴォルクグラード軍のヴァルキリーにガリル自動小銃をぶっ放し、敵を撃破するや否や弾切れになった得物を右に傾けて汗臭いチェストリグから引き抜いた新しいマガジンを得物に差し込んでいる。

「勿論です」

 もう一台の菱形戦車を撃破し、B‐10無反動砲を投げ捨てたソノカと高速で迫ってきた自由ヴォルクグラード軍のヴァルキリーが真正面から激突する。空飛ぶスパゲッティ・モンスター教を熱烈に信仰するSW社のヴァルキリーはすれ違いざまに相手の右手を斬り落とすが、振り向いた瞬間に顔面を左手で掴まれた。

「私達は敬意を込めて彼らを殲滅する」

 ソノカは頭蓋骨を軋ませられながらもそう口走り、右手に持ったナイフを上から振り落とすがヴァルキリーのマナ・フィールドで防がれてしまう。

「全力で殺すことが彼らへの手向けになる!」

 ならばと彼女は左手で腰から抜いたもう一本のナイフを振るい、万力のような力で自分の顔を掴んでいた相手の左腕を切断する。

「だから空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教えに従い、全力で奴らをぶち殺す!」

 そして両腕を失ったヴァルキリーの首を刎ねたソノカはまだ自分の顔を掴み続けている死者の左手を引き剥がし、別の敵を求めて空を駆けた。

 一方、ルナ・マウンテン上空の別の場所では激しい空中戦の末にSW社のヴァルキリーをスコップで殺害したヴァルキリーが頭を地上に向けた状態で背後からエレナに撃たれ、蜂の巣となった後にブーメランで体を真っ二つにされていた。

「ユーリ君は……ユーリ君はどこだ!?」

 血に染まって戻ってきたブーメランを右手でキャッチしたエレナは地上を見回す。しかしユーリ・パステルナークの姿はどこにもなく、代わりに左上から激しい砲火が浴びせられた――視線の先には味方ではないヴァルキリー達がいる。

「邪魔をするな!」

 両腰の鞘から良く研がれた鉈を引き抜いたエレナは怯むことなく背部飛行ユニットのノズルから青いマナ・エネルギーを噴射して左上へ向かい上昇する。銃撃を回避しつつ相手と同高度になり、右上から左下にかけて振り下ろした右手の一閃で一人目のヴァルキリーを袈裟斬りにし、左下から右上にかけて振り上げた左手の一撃で二人目を両断、三人目が振り上げた鉄パイプが振り下ろされる前に右手の一突きでその心臓を貫く。三人目の胸から噴き出した血で顔を汚したエレナが振り払うようにして鉈に突き刺さった死体を投げ捨てた直後、煙の中から六十ミリロケット弾が飛び出した。

「ここから先には行かせない!」

「そうか! では死ね!」

 易々とロケット弾を回避したエレナはバックブラストの起点から敵ヴァルキリーの位置を瞬時に逆算、立ち込める煙を切り裂いて突進し左下から右上にかけての斬撃で相手が担いだM1バズーカの長い発射筒を両断する。

「くそっ!」

 ヴァルキリーはすっかり短くなってしまった砲身をソ連製ヴァルキリーに投げ付けて後退せんとする。しかし、エレナに背を向けた直後にソノカがPTRS1941対戦車ライフルから放った十四・五ミリ弾が彼女の頭を吹き飛ばした。

「すまない。助かっ……」

 エレナがノエルとソノカと合流して会話を交えようとしたその時――。

「SW社に告ぐ。今すぐ前進を止めろ」

 ユーリ・パステルナークからの通信が彼女達の鼓膜を平等に叩いた。

「これ以上前進を行うのなら人質ごとSDAMで全てを吹き飛ばす」

 ヒビの入ったBF用大型モニターに一九四五年のラミアーズ戦争後、行方不明となりSW社が血眼になって探し続けていたSDAM――携帯可能な特殊核爆破資材とモニターが大量に置かれた部屋にいるユーリの姿が映し出される。

「もうやめろ!」

 ユーリにSW社の移動司令部としてルナ・マウンテンに停まったM3ハーフトラック車上にいるエーリヒ・シュヴァンクマイエルからの通信が入る。

「姉さんが見たら悲しむぞ! やめろ!」

「僕はあまりにも残酷で理不尽なこの世界に対する反逆者になったんだ」

 ユーリは既に機能していないSADMの起爆ボタンに手を掛けたまま話し始めた。

「僕はずっと守られてきた。それでいいと思って、色々なことから目を背けて生きてきた。でもそれは間違いで、それじゃ何も変わらないって気付いたんだ」

 一九四三年の第二次ヴォルクグラード内戦がユーリの脳裏に蘇る。

「僕は『守りたいものを守っているつもりの自分自身』を守るため、ナルシスティックな自己愛に酔い、自分可愛さでこんなことをしているのかもしれない」

 一九四七年のフレガータ学校占拠事件がユーリの脳裏に蘇る。

「それでも僕は……!」

「子供達の命を使って目的を達成しようとする今の君はフレガータ小学校を占拠したテロリストと同じだ。あの場所で子供達を守ろうとした君は、あの場所で子供達を守って死んだ隊員のために立ち上がったんじゃないのか!?」

「僕がスイッチを押すんじゃない。タスクフォース563の死を利用したグレン&グレンダ社が僕にスイッチを押させるんだ!」

「だったら押してみたらどうだ。本当に自分が悪くないと思うのなら躊躇わずにそのスイッチを押せるはずだ」

「押せないのは君が引け目を感じて、本当は押したくなんてないからだよ!」

 エーリヒの問いに大声で返したユーリに対し、コルダイト火薬臭いルナ・マウンテン上空を旋回するソノカとノエルが立て続けに言葉を投げ掛ける。

「ユーリ君、そのスイッチを押したければ押してください。でも、人の命を盾に自分の意思を貫こうとする貴方の姿を見たタスクフォース563の隊員達や同志大佐が本当に喜ぶのか、もう一度だけ、もう一度だけ、もう一度だけ考えてください!」

「何度だって考えた! 伝えようとした! 何十回も! 何百回も! 何千回も! 何万回も! 何億回も! あらゆる方法を尽くした! できることは全部やった! それでも駄目だった! 伝える方法さえ碌になかった! 誰も聞く耳を持たなかった! 誰も関心を持たなかった! 無視され続けた! 罵倒され続けた! 何も変わらなかった……何も変えられなかった……何も……どうしようもなかったんだ……どうしようもッ!」

 エレナの言葉を受けたユーリは自分の信念が揺らぎかけたことを自覚したが、それを否定するかのようにモニターの画面に亀裂が生じる程の大声を上げた。


 大丈夫。伝わったよ。


 突然、もう聞こえるはずのない姉の声がボタンを押そうとした弟の耳元を掠めた。

「えっ……」

 あの頃感じた温かい感触がその心と同じように傷だらけになった手を包むのと同時に、電気が通っていないはずの司令室のモニターが次々に点き始める。

 ワシントンDC、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ、そして東京――そこにはフレガータ学校占拠事件におけるグレン&グレンダ社の悪質な情報操作に怒り、デモや情報開示の署名活動を行っている外の世界の人々の姿があった。


 祈りは届いた。だから絶望しなくてもいい。


「姉さん……」

 震えるユーリの手が何の機能も果たさないボタンから離れていく。


 お前は一人ではない。多くの人達がお前と同じ願いを持っている。


 そしてマリア・パステルナークの姿が消えてから七分十二秒が経過しないうちに、自由ヴォルクグラード軍の首領は施設の外に出て彼と同じようにアルカ最後の英雄の声を耳にしたエレナやノエル、ソノカ、エーリヒ達の前に現れた。

「降伏します」

 矯正収容所の外に現れたユーリを双眼鏡越しにM3ハーフトラックの車上から視認したエーリヒはホッとしたような表情になった。一九四四年の自分と同じように、破滅へ突き進む少年を止められたのはやはり『彼女』だけだったのだ。

「全責任は私にあります。部下達にはどうか寛大な処置を賜りたく……」

「マリア・パステルナークと同じ時代に生きた者の矜恃に賭けてお約束させて頂きます」

 エーリヒが無線機から聞こえたユーリの声に力強く応じた瞬間、インカム越しにそのやりとりを滞空しつつ聞いていたエレナは大きく安堵の溜め息を吐いた。だが、すぐにこれからユーリを待つであろう未来を考えた彼女の胸中は暗澹たるものへと変わった。

「そう悲観するな」

 ソノカがエレナに視線を向ける。

「私も五年前はお前と共に戦うとは思わなかったし、人民生徒会側に立って戦った自分がマリア派のお前を憎悪しない日が来るとも思わなかった」

「だよだよー。変わらないことなんて何もないんだ。確かにずっと幸せというわけにはいかないけど、ずっと悲しみが続くわけでもないさ」

「そうか……そうだな」

 エレナは微笑を浮かべ、ソノカに同調したノエルに希望に起因する頷きを返した。

「ハッピーエンドで終わると思ったか?」

 直後、悪意に満ちた声と乾いた銃声――ユーリが肉片と血を流して崩れ落ちる。大量殺戮者同士の偽善という美しい一時は唐突に終わりを告げた。

「ユーリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」

 大きく目を見開いたエレナが絶叫しながら手を伸ばすその先で、一人の少年が湿った音を立てて多くの血を吸い続けてきた地面に崩れ落ちる。

「イワンも戦争の犬も、みんな汚らしいドブネズミだ!」

 血相を変えて周囲を見回したエレナは全身に血と膿の滲んだ包帯を巻いて迫ってくるミーシャ・セデンブラッドの姿を視界に捉えた。

「ノエル! ソノカ! ユーリを!」

 二人のヴァルキリーが頷いてユーリへ急降下する。

「パステルナーク大佐……これは私の……」

 降下してくるミーシャに向けて上昇するエレナはその過程でマナ・ローブのリミッターを解除した。ロシア語の電子音声と共に彼女の双眸と右手首に装着されたマナ・クリスタルが赤い輝きを放ち始め、第一世代ヴァルキリーにのみ許された限界突破が始まる。

「貴方に対する……」

 飛行ユニットがマナ・ローブの背部にあるレイル上で百八十度回転し、上を向いた後退翼が六つに割れて左右に角度を取るや否や音を立てて開き、赤い粒子を放出させ始めた。

「最後の奉公です!」

 鮮血の如きマナ・エネルギーによって形作られた六枚の輝く翼を持つ姿へと変貌を遂げたエレナから広がる奔流はルナ・マウンテン全体を赤く染め抜く。

「人間の本質は悪! 変えようとしたって無駄よ!」

「確かにそうかもしれない!」

 マナ・フィールドを砲身状に変化させたエレナがその中心から図太い粒子ビームを放つ。

「だが、そうやって絶望するだけで、思考を止めるだけでは!」

「何も変わりはしない!」

 ミーシャはエネルギーの潮流で左半身の包帯を焼かれながらもそれを回避し、無理矢理フォアグリップが取り付けられたM2軽機関銃を腰溜めで構えて反撃する。

「行動すれば世界は変わるかもしれない!」

「変わったってどうしようもない! その変化はすぐ元通りになる!」

 エレナは光の翼を翻し、一時的にではあるが戦略兵器レベルにまで引き上げられた恐るべきマナ・エネルギーの余波によって迫り来る五十口径の弾丸を尽く粉砕させた。

「現に今、少しずつ世界は良い方向に向かいつつある!」

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