第三章3
「あとは大丈夫ですよ」
ゼニートはエレナが拘禁されているルナ・マウンテンの矯正収容所の一室に入ってくるなり丁寧な口調で衛兵を退室させた。
「お久しぶりです」
「やはりユーリ君でしたか……」
ゆっくりと外されたヘルメットの下にはある者からは今なお英雄と呼ばれ、ある者からは大量虐殺者と憎悪され続けるマリア・パステルナークの面影を残す少年の顔があった。
「このような形でお会いしたくはなかった」
それもそのはずである。何故ならフレガータ学校占拠事件で生き残ったタスクフォース563隊員の一人である彼――ユーリ・パステルナークはマリアと同じ遺伝子配列を持つ事実上の『弟』でもあるのだから。
「ホテル・ブラボーでアルカのため共に戦った貴方が、どうしてこんなことを!?」
椅子に縛り付けられたエレナは身を乗り出そうとする。
「確かに私もグレン&グレンダ社には幾度となく煮え湯を飲まされてきました。しかし、だからと言って反乱は許されません!」
「変えて、手に入れたいのなら道端に落ちている綺麗な石でいることはできない」
ユーリは必死で拘束具を引き千切ろうとするエレナから目を逸らした。
「道端の石は喋らないし煽りもしない。でもそれを見た人は何かを読み取り、没入することはできる。されど泣かない赤ん坊はミルクをもらえないんです」
「だからってこんな……」
「みんな最初は良かれと思って始めます。でもその過程で色々なしがらみや面倒に気付き変わってしまう。ユダヤ人やグレン&グレンダ社だって最初から世界をこんな風にしようと思ってたはずじゃない。姉さんも……いえ、マリア・パステルナークだって最初からヴォルクグラード人民学園を滅茶苦茶にしようと思っていたわけではない」
「だとしてもユーリ君の行動はあまりにも性急すぎます。このアルカを作ったグレン&グレンダ社と同じように。それは……」
エレナの言葉は突然の爆発に起因する揺れで遮られた。
「来たか……」
天井から埃が落ち始める様子を見たユーリは鍵をエレナから少し離れた位置――取ろうと思えば取れる場所に置き、彼女に背を向けた。
「ユーリ君! 待って! 待ってください!」
「さよならエレナさん」
肩越しにエレナを見たユーリはアルティンのヘルメットを被り直す。
「僕は五年前のように、目の前の問題に対して何もできないままで終わりたくないんだ」