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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第二章3

 サカタグラードにすっかり夜の帳が下りた午前二時、マリアは合鍵を使ってタスクフォース501が警護する学生寮のユーリの部屋に入った。二人はここで同棲している。

「もう姉さんったらそんな格好で歩かないでよ」

 居間に入った瞬間、マリアはその声を思い出す。真夏の暑い日に冷蔵庫まで歩くのが面倒くさいというどうしようもない理由で裸体の上にチェストリグを羽織り、本来なら自動小銃のマガジンを入れる場所にジュースの缶と保冷剤を入れて部屋の中を歩いているとよく眉間に皺を寄せたユーリから小言を言われたものだ。

 マリアはそっとユーリの部屋のドアを開け、個人的な方法で手に入れた高級ベッドの上で静かな寝息を立てている弟の傍らに腰を下ろす。

「昔はこの横顔を守りたいと思った。大好きだった。だけど変わってしまった」

 華奢な指でユーリの頬を優しく撫でるマリアは寂しげに漏らす。

「母さんが見たらどう思うだろうか……」

 マリアはユーリの喉元に右手を、自分の喉元に左手を伸ばした。二人の喉元から全く同じ形のペンダントが現れる。簡素な上に決して高級品ではないこのペンダントは、ソ連本国のプロトタイプ生産プラントで産まれたマリアとユーリが性別は違えど同じ遺伝子配列であることから姉弟だと祝福した母さん――女性研究員からプレゼントされたものだった。

「私は……」

 衣擦れの音を立てて寝返りを打つユーリを瞳に映すマリアの胸中に何故こうなってしまったんだろうという後悔の念が押し寄せる。彼女はそれを何とか押し留めた。そうしないと正気を維持できそうになかったからだ。

 ユーリの頬にキスをしてからマリアはキッチンへと向かった。そして帰る途中に買ったカレー粉とチューブ入りのマスタードを袋から出して台所に棚に戻す。BFでの戦闘時に食べる官給品のレーションがあまりにも不味かったため、マリアはしばしば知らないふりをして台所からくすねたこの二つをよく使っていた。

「いつもはこんなことしないのにな」

 キッチンに佇むマリアは自分のらしくない行いに思わず苦笑してしまう。自分でもよくわからない。今までは、どうせユーリの方で勝手に調達するだろうと考えていたのに……。

 マリアは居間に戻ってソファーに腰掛け、今年の春に人民生徒会から大量に接収したウォッカの入っているグラスを揺らす。氷が軽快な音を立てた。そしてグラスに口をつけてから目を閉じ背もたれに寄り掛かった彼女が再び目を開けたとき、既に夜は明け早朝の青白い光が世界を包み込んでいた。

「おはよう、姉さん」

 視界の外から伸びた手がテーブルにロシアン・ティーの入ったカップを置く。

「私と同じ遺伝子を持っているのにユーリは優しいんだな」

「姉さんだって優しいじゃない」

「私は優しいんじゃない。優しく見えるだけだ」

 ユーリは「えっ……」と言葉に詰まる。

「だけど姉さん……」

「それ以上は言わなくていい。ユーリ、私は弟のお前にまで弱者の味方やろくでなしのヒューマニスト気取りをしてほしくないんだ。ヒステリックな感情にすぐ左右されて、兵士は死ぬのが当然だと思いながら女子供を戦争の最大の犠牲者に仕立て上げるクズにはならないでくれ。戦争の本当の被害者は私のような存在なんだから……」

 マリアの口調には怒気めいたものが混じり始めていた。

「口で人の命が平等だなんて言ってる奴は一度アルカに来てみればいい。誰もここで死んでいく子供のことなんて気にしない。みんなそういうものだと思っているからだ」

「姉さん……僕は……」

「ユーリ、お前の言いたいことは理解できる。だがな、銃は設計者のものではない。設計者は銃を開発しただけだ。その銃を誰に使わせるかを決めるのは政治家で、政治家はそれについて話さない。少なくとも有権者の前ではな。私を取り巻く環境だってつまりはそういうことなんだ。そして私が世の中で一番嫌いなものは何も出来ないが口だけはいっぱしのことを言いたがる理屈屋と共産主義者だ。どちらも虫唾が走る」

 最後まで言い終えた瞬間、悪に染まり切れないヴォルクグラード人民学園の生徒会長はユーリが何も言わずに唇を震わせていることに気付いて自分を恥じた。

「す、すまない……朝から一体何を話しているんだろうな。許してくれ」

 マリアは立ち上がり、ユーリに抱きついて頬にキスをする。マリアと同じ遺伝子配列を持つ少年の柔肌が嫌悪感ではない鳥肌に埋め尽くされた。

 ああ……。

 弟の体温を全身で感じながらマリアは思う。

 何故こうなってしまったんだろう……。

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