第二章4
自由ヴォルクグラード軍に占拠されているルナ・マウンテンのグレン&グレンダ社矯正収容所に漂う空気は緊張感に満ちてはいたが、一触即発の状態というわけでもなかった。
人質は一か所に纏められておらず可能な限り個室を与えられていたし、その都度許可を取る必要なくトイレにも自由に行くことができた。
「何か必要なものはある……失礼、ありますか?」
自由ヴォルクグラード軍の兵士達も人質に対しては不慣れながらも敬語を使い、精神的圧迫感を可能な限り与えないように拳銃さえも携帯していない。
「ごめんなさい……」
こんな状況であるにも関わらず施設内を走り回っていた子供がゼニートの足にぶつかったが、彼は静かに腰を落として「大丈夫だよ」と静かに頭を撫でて親の待つ部屋に帰した。
「失礼します」
ゼニートが所長室を流用した司令室に戻ってから数分後、年若い伝令が入ってきた。この兵士もまた自由ヴォルクグラード軍を構成する他のメンバーと同じく三度に及ぶヴォルクグラード内戦を知らない新しい世代の兵士でマリアへの強い憧れを胸に秘めている。
「ヴォルクグラード学園軍はブラッド・シーとショナイ平原で勝利を収めた模様です」
それを聞いたゼニートは常に被っているヘルメット内で安堵の溜め息を漏らす。
「またSW社は我々に対する何らかの行動を起こしているようですが、アフリカーンス語で通信を行っているため傍受できてもその内容を解読できません」
わかったと伝えてゼニートは伝令を下がらせた。
「努力はした。しかし彼らは耳を貸さない」
司令室のドアが完全に閉じられたことを確認したゼニートは机に置かれたマリア・パステルナークとアルティンのヘルメットを被っていない自分が映っている写真を見る。
「姉さん……僕は、姉さんだけは理解してくれると思ってる」
まだ未来という言葉に希望を持てていた頃の写真を目にして、ヘルメットの奥にあるゼニートの琥珀色をした瞳が少しだけ潤んだ。