第二章3
ヴォルクグラード空軍の反撃によって艦隊が壊滅したのと同じ頃、ショナイ平原に展開中のガーランド・ハイスクール地上部隊もまた魔女の大釜に叩き込まれることとなった。
「皆殺しの雄叫びを上げ、戦いの犬を解き放て」
SW社のパイロットが操縦したソ連製対地攻撃機による激しい空爆とカチューシャロケットや百五十二ミリ榴弾砲を用いた徹底的な準備砲撃が行われた後、アルカ最大手の民間軍事企業に指揮されたヴォルクグラード学園軍機甲部隊が痛打からまだ立ち直れていないガーランド・ハイスクールの部隊を両翼包囲せんと前進し始めた。
「確かに僕達は普通の子供に比べれば価値観や思考が大人びているかもしれない」
エーリヒはBF後方のM3ハーフトラック車上から双眼鏡を覗き込みつつ呟く。
「だけど世界の命運が賭かっているのかもしれないのに誰一人として大人が直接出てこないというのは正直どうかと思うよ」
「グレン&グレンダ社の連中には人間相手に仕事してるって自覚がないんですよ」
双眼鏡を下ろして再訓練されたヴォルクグラード軍によりガーランド・ハイスクールの部隊が次々に撃破されていく様子を見終えた副官が答える。
「奴らは自分達以外の存在を自分の権威を誇示する道具としか見ていないんです。そこに敬意は存在しない。人を%で考えるからその心を理解できないし伝わりもしない」
副官が言ったことの象徴がフリーダム・ファイター計画だ。これは各学園ごとに異なる部品や装備、操縦系の規格を統一するため、アルカ全校の使用する兵器を各国の生産性と信頼性に優れたものに強制的に置き換えるというグレン&グレンダ社の計画だったが、強い反発やサボタージュを受けて結局置換は碌に行われず、頑丈すぎるが故に処分コストが馬鹿にならない規格外扱いの兵器や装備は安価でブラックマーケットにばら撒かれ最終的には巡り巡ってラミアーズやSACSの戦力となってしまった。
「それにしてもモサドの情報は恐ろしい程に正確ですね。ここまですんなり行くとは」
「これからのアルカにおける戦いはBFにおける直接的な戦闘ではなく、戦闘を行う前にどれだけの準備を整えられるかが最大の焦点になる」
エーリヒの言葉通り、周到かつ徹底的な事前準備によって圧倒的優勢を早々に手に入れたSW社の兵士達とヴォルクグラード学園軍はショナイ平原を進軍する。
「若者よ若いうちに愉しめ」
「若者よ若いうちに愉しめ」
「若者よ若いうちに愉しめ」
イスラエル程ではないがこちらもSW社と密接な関係にある南アフリカ共和国製のヌートリア戦闘服とチェストリグを纏い、同色のブーニーハットを被る兵士達は手にしたガリル自動小銃やウージー短機関銃で煙燻る大地を煙草の火を押し当てられた芋虫のように這い回る傷付いた兵士やヴァルキリーを目に入るなり射殺していく。
「金で人を殺す傭兵が!」
そんな中、空爆や準備砲撃、T‐34/85中戦車による蹂躙から辛くも生き延びたガーランド・ハイスクールのヴァルキリーが背部飛行ユニットのノズルから血液混じりの青いマナ・エネルギーを噴射しながら急降下し、高速で兵士達の背後に回り込んで鉈による鋭い右一閃を浴びせる。
「守りたいものなんて何一つ持ってない癖に!」
ヴァルキリーは鉈でヌートリア戦闘服を切り裂かれたSW社兵士の腹部からぬめった内臓が勢い良く溢れ出すよりも早く左回転で銃撃を回避しながらもう一度右一閃を放ち、別の兵士の首と胴体を切り離した。
「確かに傭兵と民間軍事企業はクライアントへ軍事サービスを提供する点では大変似通った存在だけど、その二つの間には根本的な違いがある」
喜びの滲んだ声と共に銃声が鳴り響き、十四・五ミリ弾で撃ち抜かれたヴァルキリーの右腕が細切れの肉片と血の霧に変わった。
「それは民間軍事企業が法人企業であることだ」
ヴァルキリーが悲鳴を上げながら右腕を押さえて前を見ると、銃口から煙の立ち昇るソ連製PTRS1941対戦車ライフルを構えたソノカ・リントベルクとイスラエル製ガリル自動小銃を持つノエル・フォルテンマイヤーが揃って滞空していた。
「ほざくな!」
「また民間軍事企業は合法な存在だから顧客も多岐に渡るけど」
「黙れ!」
ヴァルキリーは上昇して離脱するソノカには一切目をくれず残った左手でM3グリースガンを撃ちまくりながら前進し、満面の笑みを浮かべるノエルとの距離を詰める。
「非合法である傭兵を雇う顧客は非常に限られている」
ヴォルクグラード学園軍とガーランド・ハイスクールの戦闘機同士が激しいドッグファイトを展開する空中で交錯した二人はこちらも大規模な戦車戦が繰り広げられている地上に頭を向け、お互い一つの軸を半円球に回るような形で降下しながら撃ち合う。
「傭兵は個人単位で活動するため個人的利益を優先する」
赤青のマナ・エネルギーと異なる口径の空薬莢がショナイ平原上空で激しく飛び交った。
「また傭兵は違法であるため雇用主に対して法的にも契約的にも一切縛られない」
ノエルは地面スレスレで頭を起こし低空飛行に入り、ヴァルキリーはそれを追う。
「だから傭兵が雇用主との傭兵契約を一方的に破棄しても法的に訴追されることはない」
ノエルは殆ど零距離で撃ち合うT‐34/85中戦車とM26パーシング重戦車の間を駆け抜け、ヴァルキリーからの銃撃を左右に回避していく。
「一方、民間軍事企業の社員はクライアントとの強固な雇用契約により個人の利益よりも自分達の事業利益を優先する義務を……いけない忘れた!」
喋り続けるノエルに黙れと言わんばかりにM1バズーカが放たれた。発射煙を視認したノエルは近場にいたM26パーシング重戦車の砲塔側面を蹴って飛翔し、六十ミリロケット弾の直撃を受けた車体が爆発しビックリ箱のように砲塔が宙を舞う光景を見ながら続くヴァルキリーからの銃撃をも回避する。
「んと、民間軍事企業は法的かつ公的な存在であるため雇用主との間にゃーん!」
だがここで予想外の事態が起こる。M26パーシング重戦車の車体も爆発したのだ。突然の爆風と閃光に巻き込まれたノエルはヴァルキリーの肉薄を許してしまう。
「そのため雇用主は民間軍事会社を傭兵よりも信用することが出来る」
火花を散らして激突した二人はお互い腕四つで組み合った。
「おっ! 真っ向勝負かい?」
「テウルギストは所詮試作が――」
直後、喉の奥からくぐもった声を漏らしてヴァルキリーの全身から力が抜けた。
「んえ?」
拍子抜けするノエルの前で地面に向け落下していくその背部飛行ユニットには一九四三年のグリャーズヌイ特別区で多くの級友を殺めた鉈が突き刺さっている。
「テウルギスト、あまり無理をするな」
「うひゃー、エレナが私を心配してくれてる!」
ワイヤー代わりのパラコードを柄に取り付けた鉈を手元に戻したエレナはノエルから大袈裟に感謝され思わず頬を染めてしまう。
「勘違いするな……そういうわけじゃない」
「じゃあどういうわけだーい」
直後、二人は音よりも速いスピードで銃を構え、それぞれの背後に現れた新しいガーランド・ハイスクールのヴァルキリーを撃ち抜いた。
「背中は任せたぞ、テウルギスト」
「任されて愚妹ちゃん!」
二人の息は完璧に合っていた。
あたかも、何十年も共に戦ってきた間柄であるかのように。