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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 YOU ARE NOT ALONE 1948
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第一章7

 SW社の旗とイスラエル国旗が揃って潮風に靡き、砲塔上のリングにKPV重機関銃及びDShK38重機関銃を増設した三台のM8グレイハウンド軽装甲車が周囲を常時警戒しているサンキョ・デポは今、アルカ学園大戦という巨大な台風の目となっている。

「待ちくたびれたぜ」

 ドラケンスバーグ学園出身の兵士がアルカ誕生以前には山居倉庫と呼ばれ、一九四四年の第三次ヴォルクグラード内戦で放棄された後はSW社の拠点として使われている物資集積所跡地に着陸したヘリから補給品を運び出していく。次々に運び出される真新しい弾薬箱や食料ボックスには例外なくヘブライ語の文字が刻まれていた。

「おかえりなさい」

 ノエルを伴って自分達の仮住まいへと戻ったエーリヒを副官が出迎える。

「ただいま。SADM(注1)は見つかった?」

「いいえ」

 エーリヒと副官はクライアントから提供された拠点内を足早に歩きながら話し始めた。

「グレン&グレンダ社の調査部が協力を拒否しているものでして」

「あそこは跳ねっ返りばかりだからね」

「それも相当の……ですよ」

 第二次ヴォルクグラード内戦でエーリヒから知己を得た元ヴォルクグラード人民学園所属のロシア系プロトタイプである副官は辟易の表情を浮かべる。

「長い物には巻かれてもらいませんと困ります」

 グレン&グレンダ社の全てがSW社に協力的であるわけではない。自分達が生き残るためにはSW社と積極的に協力し合っていく必要があると考えている良識派が存在する一方、自分達こそが世界を支配する唯一の存在であると頑なに考える強硬派もまた存在する。

「ところでさっき電話をくれた『新しい問題』って?」

「六時間前です。自由ヴォルクグラード軍を名乗る武装勢力がルナ・マウンテンにあるグレン&グレンダ社管轄の矯正収容所を占拠しました。人質は五十二名。社員の家族もいたのでそのうち半数は女性や子供です」

「グレン&グレンダ社とヴォルクグラード人民学園はなんと?」

「SW社に全権を委ねるとのことです」

「体良く全て押し付けたわけだね」

「いつものことですよ。ゼニートと名乗る自由ヴォルクグラード軍のリーダーは社長との会見を求めています」

「社長って呼ばないでよ」

「わかりました、社長」

 副官の言葉を聞いて溜め息を漏らしつつ、アルブレヒト・ヴァレンシュタインの現代における後継者は急ごしらえの会議室の椅子に腰掛ける。

「映像を」

 エーリヒがそう言った直後、一九四三年から今まで謳われない戦いに身を投じてきた一個中隊百人が詰める施設内の会議室前面に置かれたスクリーンにアルティンと呼ばれるチタン製フルフェイスヘルメットを被った男の姿が映し出された。

「私は今回の件でヴォルクグラード人民学園から全権を預けられた者です」

「お互い敬礼できる立場ではなくなりましたね」

 山岳フローラの迷彩服を纏う男はエーリヒの返答を待たずに話し始める。

「昨年の九月一日から三日にかけて発生したフレガータ学校占拠事件において、当時タスクフォース563に所属していた五名のスぺツナズ隊員が殉職しました」

「事件解決に当たったヴォルクグラード人民学園の特殊部隊が子供達ごとテロリストを皆殺しにした――とグレン&グレンダ社が発表したあの事件ですか」

 エーリヒは心に苦いものを覚える。サカタグラードに校舎を構えていたアルカで働くグレン&グレンダ社社員の子供達が通うフレガータ小学校を占拠したテロリストはSACSの残党であり、同年のトランシルヴァニア戦争で彼らの母体を殲滅できなかったのは紛れもなく当時MACTのリーダーであった自分の責任だからだ。

「そうです」

 バイザーの付いたゼニートのヘルメットが僅かに縦に揺れる。

「しかし事実は違う。グレン&グレンダ社はそう公式発表しましたが、実際には隊員達は誰一人として子供達を巻き添えにはしていない。それどころか、殉職した五人の隊員は子供達を庇い、テロリストの凶弾から彼らを守って命を落としたのです」

 会議室の中でざわめきが起きる。しかしエーリヒとノエルだけは微動だにしない。

「アンドレイ・ナザロフ」

 ゼニートは語る。この隊員はフレガータ小学校に突入後、犯人グループとの激しい銃撃戦の最中、不意を突かれて致命傷を負ったにも関わらず常人では発狂してもおかしくない程の激痛に耐えながら部隊を指揮し続けた。やがて大量出血によって戦闘不能に陥ってしまったこの隊員は医療班が駆け付ける直前に自暴自棄に陥ったテロリスト達が子供達に手榴弾を投げ付ける光景を目にする。彼は最後の力を振り絞って手榴弾に覆い被さり爆発を受け止めて命を落とした。駆け付けた医療班が目にしたのは血の海に横たわる事切れたこの隊員と彼を囲んで大声で死なないでと泣きじゃくる子供達の姿だった。

「セルゲイ・リブチェンコ」

 ゼニートは語る。負傷した女性教師を手当てしている最中、この隊員は教室に突如現れたテロリストを撃ち倒すも深手を負ってしまった。女性教師を医療班に引き渡した彼は自分が致命傷を負っていることを隠して再度学校の中に入り、校庭から脱出しようとする子供達に銃撃を浴びせていたテロリスト達の居場所を特定し砲撃を要請してから絶命した。

「ローマン・ウスティノフ」

 ゼニートは語る。フレガータ小学校への突入後、教室に押し込まれていた子供達を発見したこの隊員は校舎外から増援が来るまでの間、圧倒的多数のテロリスト相手に孤軍奮闘し数十発の銃弾を全身に浴びた。それでも彼は決して引き下がらず、死してなおその巨体でドアを塞ぎテロリストによる子供達の虐殺を防いだ。

「ボリス・バリエフスキー」

 ゼニートは語る。この隊員は食堂に監禁されていた子供達と教師を避難させている最中にテロリストから投げ付けられた手榴弾の爆発で両足を吹き飛ばされた。だが彼は出血多量で息絶えるまで拳銃や拾い上げたテロリストの武器まで使って子供達を追うテロリストを足止めした。彼の奮戦によって多くの子供達が脱出することができた。

「ルスラン・アミルスキー」

 ゼニートは語る。事件の二週間前にソ連本国で結婚式を挙げたこの隊員は自力で女子生徒二人をシェルターに運ぶ最中、校舎から脱出してきたテロリスト達と鉢合わせた。彼は女子生徒に逃げろと叫び、自らはその盾となり奮戦するも生還は叶わず殉職した。

「しかしエーリヒ・シュヴァンクマイエルからアルカの真実を暴露されて窮地に陥っていたグレン&グレンダ社はその事実を報道するどころか、真実を自分達のために捻じ曲げてプロトタイプに対するネガティブキャンペーンの材料とした!」

 話し終えたゼニートは激しく机を叩いて立ち上がる。

「これは命を落とした隊員達に対する最大の侮辱だ!」

 そして彼はモニター越しにエーリヒ達を指差した。

「私は絶対に許せません。グレン&グレンダ社がこの事実を公表し、隊員達の名誉を回復しない限り、我々が人質の解放に応じることはありません。以上、通信終わり」

 映像が切れてブラックアウトした画面に映り込むエーリヒはとあることに気付く。

「一人足りない」

 タスクフォース563にはフレガータ小学校で殉職した先の五名とエレナ・ヴィレンスカヤの他にもう一人隊員がいたはずだ。その名は――。


 注1 特殊核爆破資材。

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