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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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プロローグ

「それでは今年度の各部活動の予算配分見直し案についてですが――」

 ヴォルクグラード人民学園の生徒会室でプリントを手にした女子の生徒会役員が立ち上がった瞬間、彼女の右側頭部から入り込んだ銃弾が左側頭部から飛び出した。髪の毛混じりの砕け散った肉片が小奇麗な机やその上に置かれている重なった白い紙を汚す。

 唖然とする他の生徒会役員の前で絶命した少女が床に倒れ込み、湿った肉の叩きつけられる音が生徒会室に響き渡った直後、割れた窓から手榴弾が何個も放り込まれた。すぐに立て続けの大きな炸裂が起き同じ部屋にいた数名の生徒会役員を四散させる。

「目に入った敵は全て殺れ」

 地獄絵図と化した室内にロープで降り立ったのは白いセーラー服の上にチェストリグと呼ばれる前掛け式の予備マガジン入れを羽織り、肘と膝に黒いパッドを付けたロシア語を話す女子生徒達だった。彼女達が纏うセーラー服は全身に手榴弾の破片を浴び、傷口に入り込んだ火薬ガスによる激痛で室内をのた打ち回る生徒会役員らと全く同じものである。

 女子生徒達は手にしたPPSh‐41短機関銃で次々に生徒会役員を射殺していく。右手で銃を構え、左手でフォアグリップ――銃身カバーに取り付けられた柄を握り保持する彼女達の動きと躊躇なく人を殺す冷酷さは明らかに訓練を受けた者のそれだった。

「マリア・パステルナークだな?」

 女子生徒の一人が壁や床が赤黒い血で汚れ、硝煙の臭気が充満した地獄絵図の中にありながらも一人関係なさげにスナック菓子の袋に手を突っ込んでいる人物に問うた。

「そうだが何か?」

 口の周囲を安っぽい食用油で汚し、ぼりぼりと耳障りな音を立てて体に悪い揚げた芋を貪る大人びた少女――マリア・パステルナークはそう答える。

「最後に何か言いたいことはあるか?」

「水が飲みたい」

 幾つもの銃口を向けられてなお平然と話し続けるヴォルクグラード人民学園生徒会長の紺髪は若干の埃を被ってしまってはいたが、それでもなおも妖しい艶を放ち続けていた。

「できればサンペレグリノのミネラルウォーターがいいな」

 ヘアバンドで留めた前髪の下から琥珀色の瞳を覗かせるマリアは目下自分に向けられた銃口がいつ火を噴くかではなく、果たして目の前にいる女子生徒達は階段を降り、購買部までミネラルウォーターを買いに行ってくれるのかどうかを気にしている様子だった。

「ふざけたことを……」

 完全武装した女子生徒達から露骨な嫌悪と怨嗟の視線を浴びたマリアは諦観めいた様子で肩を竦め、ならばあの中に入っている水でいいと机上に置かれた魔法瓶を指差す。

「一口ぐらい飲んでもいいだろう?」

 媚を売るような視線を女子生徒達に向けるマリアの透き通る声が生徒会室に響いた。

「わかった」

 数秒の沈黙の後、心底辟易した様子で隊長格の女子生徒が首を縦に振る。

「飲ませてやれ」

 別の女子生徒が水の入ったグラスをマリアの前に置いた瞬間――。

「馬鹿が!」

 マリアは待っていましたと言わんばかりに立ち上がって長い後ろ髪を大きく部屋に広げ、掴んだグラスを思い切り机に叩き付けた。水とガラス片が勢い良く飛び散る。

「死ね!」

 そして慌てて銃を構えようとする女子生徒の喉に割れたグラスを突き刺した。ガラスの鋭い先端が白い皮膚を裂いて中の動脈を切断し、激しい血飛沫を噴出させる。

 大量に吐血する女子生徒の後ろに回ったマリアは華奢な肉の盾で自分に襲い掛かる銃弾の雨を防ぐ。裂けた女子生徒の腹から鈍い光を放つ薄桃色の内臓が勢い良く床に広がった。

 マリアは殺到する七・六二ミリ弾を吸収してくれる今や死体となった少女のホルスターから乱暴にTT‐33拳銃を引き抜き肉壁の向こう側にいる相手に向けて発砲した。

 瞬く間に二名の『敵』がそれぞれ頭部と心臓を撃ち抜かれて命を落とす。

「クソ! クソッ!」

 最後に残った女子生徒がPPSh‐41短機関銃を腰だめで乱射する。瞬く間に生徒会室の中は飛び散った壁材の粉塵で覆い尽くされてしまう。

「殺すって決めたんだ。絶対にマリアを殺すって……!」

 女子生徒は肩で呼吸をしつつチェストリグから新しい三十五連マガジンを取り出してPPSh‐41短機関銃に差し込む。空のマガジンを抜き、新しいマガジンを入れ、コッキングレバーを引いてから再び射撃可能になるまでの時間が永遠にも感じられた。

「やあ」

 青い粒子の光が女子生徒の視界の隅を横切った瞬間、突然背後からマリアの声を聞いた彼女は弾かれたように振り向く。刹那、女子生徒の右腕は非常に頑丈なことで知られるソ連製短機関銃ごと付け根から胴体と切り離された。そして黒いグローブで包まれた手が何が起きているのかを全く理解できないでいる右腕を失った少女の喉を掴む。

「今どんな気持ちだ?」

 赤い縁取りを持つロングコートじみた白の戦闘衣に身を包み、青い粒子を放出し左右に後退翼を伸ばす小型の戦闘機にも似た装備を背負うマリアは首を鳴らしながら問う。

「今どんな気持ちかと聞いているんだ」

 ヴォルクグラード人民学園生徒会長の常人ならざる凄まじい握力を受けた女子生徒の首がみしみしと音を立て、夥しい量の白泡が口端から零れ落ちていく。

「私の言葉がわからんのか。やはりお前達旧人民生徒会派は人間ではないらしい」

 僅かに傾けられたマリアの細く白い首が彼女の滑らかな髪を揺らす。

「私は今最高の気分だ。哀れにも私に立ち向かったヒトモドキの生殺与奪を欲しいままにできてな。実に良い気分だ。その命を手中に収め、人を征服するのはとても楽しい」

「お前は……お前は……いつか……いつか報いを……受ける……!」

 女子生徒の血走った目がマリアを睨み付ける。

「お前達が私をどう思おうが所詮同じだ。マリア・パステルナークという存在はいつだってこの世にある。何故なら、アルカは私が現れる前からこの私を待っていたからだ」

 マリアは手首を捻って女子生徒の首を圧し折った。ぼきりと鈍い圧壊音を立てて細い首が歪に曲がり、コルダイト火薬臭い手足がその動きに追従した。

「つまり最高の生業が」

 絶命した女子生徒の死体を真鍮製の空薬莢や人体の一部が散乱する床に叩き付けて頭を粉砕し、マリアはリノリウムに塗り込めるようにして脳漿と頭蓋骨の破片を踏み躙った。

「最高の担い手を待っていたわけだ」

 下衆な微笑みを浮かべて死体を足で弄り玩んでいたマリアはやがてドアの向こう側から連なった足音が聞こえたことに気付く。

「どれ、アカデミー主演女優賞を頂くとするか」

 顔を左右に振って頬を伝う汗の滴を飛び散らせたマリアは右手首に取り付けられているマナ・クリスタルを指で操作し、身を包むものを純白の戦闘服から学生服へと変えた。

 次にマリアは膝を折って床に転がる名も知れぬ死体に手を伸ばす。

「大佐! ご無事ですか!?」

 学生服の上に黒い防弾チョッキを羽織り、手にルーマニア製折り畳み式ストックが装着されたPPSh‐41短機関銃を携えた生徒達が生徒会室に駆け込んでくる。

 学園の治安維持を目的に活動する公安委員会の面々が見つけたのは両目から大粒の涙を流して叫びながら、たった今無残にも殺されたであろう生徒会役員の床に散らばった脳漿と頭蓋骨の破片を必死でかき集めるアルカ最後の英雄の姿だった。

「ああ……だが……」

 公安委員達に顔を向け、震える声をようやく発したマリアはすぐに口ごもってしまう。

「私だけが生き残ってしまった……私だけが……」

 潤んだマリアの視界の中では公安委員会の生徒達が武装して襲撃してきた女子生徒共の死体を検めている。すぐに一人が「こいつらは旧人民生徒会派だ!」と声を上げた。

 いいぞ――とマリアは内心で微笑む。

「さあ、行きましょう……」

「許してくれ……みんな許してくれ……おめおめと生き残った私を……」

 両肩を弱々しく公安委員に抱き抱えられたマリアの口元が醜く歪む。

「英雄とは実に良いものだな。その肩書きだけで人を騙せる。疑う者さえいない」

 そして彼女は愉悦を込めた呟きを誰にも聞こえないように吐き捨てた。

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