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day 7

 ニンゲンさんが怯えています。ニンゲンさんが危険にさらされています。どうしたら良いでしょうか。スライム君はどうすべきでしょうか。


 ――逃げますか?

 ――それとも戦いますか?


 敵の数は多いです。スライム君一匹に対して相手は三十匹ほどです。

 ですが、答えは決まっていますね。


 スライム君は自らの体を変化させます。スライムの権能のひとつ。自らの体を自由に変化させることができるのです。

 触腕もまたそれの応用です。今回は戦うために必要なものです。それは棘です。全てを刺し穿つ棘。瞬時に形成された棘が一瞬にして伸びてニンゲンさんに近づこうとしたゴブリンたちを刺し穿ちます。


 ブラッドスライムは血液を主食とするためにその体内には高濃度の鉄分があるのです。その身体はスライムでありながら鉄と同等の硬度を引き出すことも可能なのです。

 ゴブリン程度を貫くには十分すぎます。


「コロセ!」


 ゴブリンたちも怒ってスライム君に攻撃しますがスライムに彼らの攻撃は効かないようです。叩く、殴る、蹴る、切る。何も効果はありません。スライムの体は柔軟ですし、少しちぎれたくらいでは死にません。

 ちぎれてもくっつきます。ちょっと危なかったのは噛みつかれた時くらいでしょうか。それでも体内から串刺しにしてあげたのでさほど問題はありませんでしたが、スライム君もさすがに食べられたくはありません。


 そうなる前にどんどん串刺しにしていきます。仲間をどんどん殺されてしまえば普通は逃げるのですが、下っ端ゴブリンたちは逃げるという頭もないようです。

 ますます怒って向かってくるほどです。そうなればスライム君の独壇場です。向かってくるゴブリンに合わせて棘を出せばいいだけです。あとは勝手に刺さってくれます。


「守って、くれ、ますの……?」


 ニンゲンさんは戦うスライム君を見ています。守ってくれている。それがわからないほどニンゲンさんは馬鹿ではありません。

 しかし、相手はニンゲンではないスライムという生き物です。餌としての価値がなくなればどこかへ行ってしまうかもしれません。


 いつまでも守ってくれるという保証なんてどこにもないのです。危険になればきっと逃げてしまうに違いありません。

 例えばスライムの弱点である火などを前にしたらきっと逃げてしまう。もちろん、ニンゲンさんはスライムの生態について知りませんので、火が弱点などわかりません。


 ただ、弱点はあるだろうからそれを前にしたらきっと逃げてしまうに違いないと予測するのです。それは間違いですが、ニンゲンさんにはわかりません。

 誰かが言葉にしたところで、きっと信じられないでしょう。ブラッドスライムは一生が宿主が死ぬまで守り続けるなどと。


 なぜならば、彼女をアビスに落とした彼もまた、彼女にそう誓っていたからです。一生守りますという誓い。淡い、想いは未だにくすぶっているのです。

 ゆえに、信じることなどできません。ニンゲンでなくとも、いいえ、ニンゲンではないからこそ信じられないのです。


「――――!!」


 その時、耳慣れない言葉が聞こえました。それはニンゲンさんが聞いたことのない言語でした。普通の言語とは違う。力のある言葉だとニンゲンさんにもわかりました。

 力ある言語がなしえる結果は単純でした。風変りな杖を持ったゴブリンが現れ、その力ある言葉を唱えた瞬間、ゴブリンの前に輝く文字列が現れます。円形を構築する文字列は輝きをまして炎を生じさせるのです。


 赤く輝く文字列の発光。文字列が消え去ると同時に炎が生じニンゲンさんに向かってきます。莫大な熱量が一瞬にして生じるという理不尽にニンゲンさんは悲鳴すら忘れました。

 煌く焔が向かってくる。しかし、ニンゲンさんが傷つくことはありませんでした。スライム君が盾になったからです。


 先ほどまで攻撃を受けても何ともなかったスライム君ですが炎は弱点。明らかにダメージを負っています。苦しそうです。


「どう、して……」


 見捨てればよかったではないかとニンゲンさんは思います。どうせ、餌でしかないのだ。そこまでして守る必要なんてないはず。どうせ代わりを探せばよいのですから。

 ですが、スライム君は逡巡することなく盾になりました。迷う動きすらなかったのです。絶対に守る。そんな風な決意すら感じさせるほどでした。


 現にスライム君は焼けた身体をそのままに先ほど炎を放ったゴブリン――ゴブリンシャーマンに向かっていきます。

 ゴブリンシャーマンは簡単に言えば魔法を使えるゴブリンです。魔法とは力ある言語を用いた特殊な技術のことです。このアビスにおいてはそれなりに普及した戦闘術といえるでしょう。


 そんな魔法を使えるゴブリンシャーマンはゴブリンの中でも特別な地位にあり、群れの中でも重要な存在だと言えます。ここに出てきたのはニンゲンさんを求めてのことでした。

 向かってくるスライム君に対して、ゴブリンシャーマンは再び魔法を使うことにします。力ある言葉を駆使し、魔法を形作っていきます。


 あと一発撃てば焼け死ぬでしょう。ブラッドスライムと言えど所詮はスライム。炎に勝てる道理などないのです。

 しかし、ゴブリンシャーマンは失念していました。魔法の発動には多少の時間がかかります。力ある言葉が力を発現させるためには少し時間が必要なのです。


 本来であれば下っ端の雑種ゴブリンが守ります。しかし、今、下っ端ゴブリンたちはいません。なぜならば、スライム君が全て倒してしまったからです。

 いえ、倒したというよりは勝手に向かって来て棘に刺さって自滅していったというのが正解でしょう。怒ってただ突撃してくるばかりだったので倒すのは容易でした。


 だからこそ、ゴブリンシャーマンを守るゴブリンはいません。魔法が使えると言っても所詮はゴブリンということです。

 スライム君の一撃がゴブリンシャーマンの脳天を貫きます。ゴブリンシャーマンの制御を離れた力ある言葉が暴走し爆裂を巻き起こします。


「――――っ」


 スライム君はどうなったでしょうか。無事でしょうか。


 ――無事だと良いのですけど。


 ニンゲンさんも心配しているようです。


「あれ、私……」


 ふとニンゲンさんは気が付きます。ニンゲンさんはスライム君の心配をしていたのです。彼がいなければ生きていけないのですから当然ですが、なんだか、少し違うような気がしました。


「あ……」


 爆炎の中からスライム君が飛び出してきました。すっかり身体が焼けてしまっていますが無事なようです。飛び出してきた勢いでニンゲンさんの前に転がってきます。


「あ、だ、大丈夫……?」


 伝わったとは思えませんが、思わずそうニンゲンさんは言っていました。スライム君はやったよと身体を震わせます。


「あ……あなた……は」


 ニンゲンさんは、声を震わせながらスライム君に聞こうとします。


「あ、なた、は……私、を……守って、くれ、ますの……?」


 スライム君には彼女の言葉は伝わりません。何を言っているのかわかりません。ですが、それでもなんとなく何を言えばいいのかわかりました。

 だから、ひときわ大きく、身体を震わせます。図らずもそれは頷くようなしぐさになりました。


 ブラッドスライムと宿主の関係は、決して餌だからというわけではないのです。ブラッドスライムは宿主を思いやり、餌だから守るのではなく大切だからこそ守るのです。

 なぜならばブラッドスライムにとって宿主とは確かに餌であると同時に母でもあるのです。ゆえに、守るのは当たり前です。餌だからではなく母としても守るのです。


 だから、絶対に裏切りません。何があろうとも必ず守ろうとするのです。

 それをニンゲンさんは知りません。ですが、その思いは伝わることがあります。スライム君の行動を見続けた彼女は、ようやくそのことに気が付きます。


 ずっと見て来たのですから。動き回るスライム君を。ニンゲンさんが泣けばいたわる彼の姿を見て来たのですから。

 今回も苦手だろう炎から身を挺して守ってくれたのです。それがわからないニンゲンさんではありません。また怖いです。けれど――。


「――――」


 ニンゲンさんの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れてきます。止まりません。泣いて、スライム君が慌てて身体を探ってくるともっと泣いてしまいます。

 だって、ニンゲンさんにとっては、ここに来て初めて信用しても良いと思えた相手なのですから。信じてもいいかもしれない。そう思える相手だとわかったのですから。


 スライム君は何をしていいのかわかりません。ニンゲンさんはどうして泣くのでしょう。どこも怪我がないのに泣きます。

 わかりません。わかりません。わかりません。スライム君には、ニンゲンさんがわかりません。ですが、大切なことには変わり在りません。これからも守ります。ただそれだけです。


「ガアアアアア!!」


 さあ、帰ろう。その時です。全てを叩き壊す咆哮が響きました。ひときわ巨体を誇るゴブリンが現れました。ゴブリンキングと呼ばれるゴブリンの群れのリーダーでした。

 下っ端が遅いので心配になって見に来たのでしょうか。いいえ、違います。下っ端があまりにも遅いので心配になって見に来たわけではありません。


 ゴブリンキングにとって下っ端のゴブリンなど替えのいる駒のようなものです。同族意識はありますが、彼の視点はただのゴブリンよりも上なのです。

 上下関係を重んじ、何よりも命令の順守こそを望みます。それがゴブリンキング。群れのヌシと呼ばれる存在なのです。


 だからこそ、あまりにも遅いため、自ら動いたのです。忍耐がないのです。さっさとニンゲンさんがほしくなって出て来たようです。

 ニンゲンさんを見て興奮して咆哮を上げたということ。森を揺らす咆哮。ニンゲンさんは恐怖に身をすくめます。


 スライム君が立ちふさがります。しかし、あまりにも体格に差がありすぎます。スライム君では勝てないかもしれないと思ってしまいます。

 振り下ろされるこん棒は巨大で、スライムと言えど散り散りになってしまうのではないかと思うほど。ですが、スライム君は引きません。ニンゲンさんを守るためにひくことはありません。


 一撃がスライム君に振り下ろされます。衝撃や斬撃に耐性があるとは言えど力の差は歴然です。未だ、スライム君の経験ではゴブリンの王には勝てません。

 凄まじい膂力。ただのゴブリンを超えた力にスライム君の体は無残に引きちぎれて行きます。ですが、退きません。


「もう、やめて――」


 振るわれるたびに引きちぎれ、悲鳴を上げるかのようなスライム君の姿にニンゲンさんは叫び声を上げました。

 やめて、と叫びます。見たくありませんでした。スライム君が無残にも引きちぎられていく姿など見たくありません。


 自分を守ってくれた相手が無残にやられていくのです。そんなもの耐えられるはずがありませんでした。ニンゲンさんは何もできない。だからこそ、その思いは強いのです。


「だれ、か、誰でも、良いです。誰か――」


 だから求めます。その願いを、その想いを運命は聞き届けるでしょう。強い思いは、神様に届きます。純粋な、混じり物のない澄み渡った願いはどこまでも届くことでしょう。

 純粋な願い。その願いは聞き届けられます。


「去れよ、下郎。汝、妾が目を付けた者に何をしておるか――」


 声が響きます。それはニンゲンさんにもわかる言葉でした。ゴブリンすらもわかる声です。威厳のある声でした。低い女性の声です。

 それと同時に森の中から声の主が現れます。蜘蛛の群れの中に人型の器官をもった蜘蛛がいます。どうやらそれがしゃべっているようです。


「ギ、ギ、アラクネ、女王、カ。コレ、エモノ、エモノ、クラウ、オレノ」

「黙れ、誰の赦しを得て妾に口をきいている下郎」

「オマエ、オレ、バカニシタ、オマエ、コロス」

「殺す? 妾を、ゴブリンが? はは」


 それは嘲笑でした。嘲りでした。何を言っているのでしょうか、このゴブリンは。アラクネの女王に喧嘩を売る。その意味がまるで分かっていないのです。

 なにせ、若いゴブリンの王です。女王さんほど生きていないのですから当然でしょう。彼らは群れを離れ、新たな群れを形成しニンゲンさんを狙いに来たゴブリンでした。


 ですから、森の情勢など知り様がありません。力が強く派閥を持つに値したがために新たな群れを形成できたのです。そのまま森で過ごしていればよいものを、欲をかきニンゲンさんを狙ったのが運の尽きです。

 ブラッドスライムであるスライム君を敵に回したのが運の尽きです。女王さんはこのブラッドスライムを自らの群れに引き入れるつもりでした。


 だから、この流れは好都合なのです。ゴブリンの王はそんなニンゲンさんを狙ってしまったのです。もはやこの状況をどうすることもできません。


 ゴブリンキングが女王さんに殴りかかります。それを女王さんは躱します。全ての攻撃を躱します。はい、詰みました。

 もはやここは彼女らの巣です。今まで殴りかかっていたゴブリンキングが見えない糸に捕らえられています。もう逃げられません。


 ゴブリンキングもようやく状況に気が付いてもがきますがもう遅いでしょう。手間もかからず生きたまま子供たちの餌になってしまいます。


「危ないところであったのう」


 そして、ニンゲンさんにそう言いました――。


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