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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
7/7

7.想定外の雨が降る

 季節は移り変わり、秋がきて、冬がきて、春がきて、あれから一年が経とうとしている。

 炎天下の中、俺は徒歩で祖母の家へと向かう。目標物の竹林が見えてきたところで、竹の香りがしてきた。

 あふれ出る汗を拭いながら到着すると、セミの大合唱に負けないよう大きな声で祖母を呼ぶ。

 一年前の夏と同じだ。違うところといえば、田中も一緒にきたということだった。

「いらっしゃい。二人とも中にお入り。今、冷たい麦茶を出すからね」

「ありがとうございます」

 祖母の言葉に即座に反応した田中が返す。

 火事の原因を祖母から聞いたのだが、ネズミが電球の配線を噛み切ったことによるショートだったらしい。蔵の中にもいたのだから、納屋にいても不思議はないだろう。

 火事の後、田中は親身に祖母の悩みを聞き、率先して火事の片付けをしてくれた。

 そのためだろう。祖母は田中のことを、えらくお気に入りの様子だ。麦茶だけでなく、水ようかんまで出てくるのだから、俺としては嬉しいとともに複雑な心境だったりする。

 だって、孫の俺ひとりの時には菓子すら出さなかったんだから。

「ありがとうございます。私、水ようかん大好きなんです。洋菓子よりも和菓子が好きで、友達に変わっているって言われます」

「そう言ってもらえると出す甲斐もあるよ。息子は美味しいも言わないからね」

 祖母と田中の会話を聞いて、居心地が悪くなってしまう。そういえば、俺も美味しいとは、あまり言わないな。

 水ようかんを口にすると、時刻を知らせる柱時計の音とともに重低音のある声が聞こえた。

「いらっしゃい。坊っちゃん、お嬢さん」

 今月で付喪神になった柱時計の時宗の声だった。

 時宗の声は俺だけではなく、不思議なことに田中にも聞こえるらしい。これは俺の憶測なんだけど、雨造と接したからモノの声が聞こえるようになったと思っている。

 祖父にもモノの声は聞こえていたのだろうか。だから、俺に『物と友達は大事にしろよ』と言ったのだろうか。

 そして、雨造が言っていたように街中ではモノたちの声は聞こえてこない。それが移り変わる現代の象徴ともいえるのだろうが、寂しいような気もする。

 モノたちの声が聞こえるのは、祖母の家にきた時だ。あの時、全焼しなくてよかったと痛いほど感じる。

 ここには魂がこもったモノたちがたくさん存在するのだ。そして、俺にかけてくる言葉は、全て気遣いある優しいものばかり。

 そのため、俺は骨董品を金銭の価値で捉えられなくなった。蔵に行けば、付喪神になる前のモノたちの声が聞こえてくるからだ。

 しかし、雨を降らせて妖力を失ってしまった雨造の声は、あれから一度も聞いていない。

 あの時、モノたちは「今度は五十年後」と言っていた。雨造と遊べるのは五十年後ということなのだろう。今更だが、祖父が番傘の雨造を桐箱に入れ、奇麗に保管していた理由がわかった。本体の番傘が壊れたら雨造も存在できなくなるからだ。

 雨造の声が聞けなくなった祖父は、悲しみとともに桐箱に雨造を収めたのだろう。

「二人とも、今まで片付けありがとうね。それと光輝。本当に蔵の物を小遣いにしないでいいのかい?」

「うん、俺がそうしたいんだ。付喪神も仲間と一緒のほうが、絶対に喜ぶはずだからさ」

 祖母の問いに俺は迷いなく答える。

 あの後、不思議がる祖母に番傘片手に歌えば降る雨の理由を全て話した。驚かれるか呆れられるかと思ったが、逆に納得されて俺のほうが拍子抜けしてしまった。

 田中も証人にいたからかもしれないけど。いや、祖母は雨造のことをすこしは知っていたのかもしれない。

 正直に蔵の物を小遣いにしたとも祖母には話した。父さんの身を案じて、母さんには言わないでくれと口止めもした。

 そして、祖母亡き後の骨董品の管理は、蔵ごと俺が責任もって引き継ぐすると決めていた。

 こんなに気持ちが変化したのは、何故だろうか――。

 祖母に片付けをした礼の駄賃をもらって外に出る。夏の天気は変わりやすい。くる時は晴天だったのに、ぶ厚い雲が空を覆い、大粒の雨を降らせていた。

「傘持ってこなかったな……濡れて帰るしかないか」

 想定外の雨だったので、田中も傘は持ってきてないらしい。

『光輝、おいらを使えよ』

 その時、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。

 雨造の声か? 幻聴かと思ったが、田中も妙な顔をしている。

 そして、その田中の視線の先に思いもよらないモノがあった――番傘だ。

 まずは驚き、次に理解。そうだ。こいつは番傘の時にも俺についてきてたっけ。

「じゃあ、雨造のお言葉に甘えて、使って帰ろうか」

 派手な音を鳴らしながら番傘が開く。傘に入るのは俺と田中。田中の手には、あの花柄のビニールカバン。互いに体が濡れないように、肩と歩幅を合わせて歩く。

「相合い傘だね」

 田中に言われて、俺は雨造の妖力のひとつを思い出した。こんな時に思い出すと、田中のことを変に意識してしまいそうだ。紅潮していないだろうか。雨造の笑い声が聞こえた気がした。

 ざんざんぱらぱら、ざんぱらぱらと雨が降る。

 そう、雨造は付喪神。モノに魂が宿ったモノ。大切に使った人の想いが命となったモノだ。

 そして、次に遊べるのは五十年後。

 その時に雨造と遊べる、たくさんの付喪神がいることを想像して、俺は思わず頬を緩めてしまった。


     <完>


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