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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
6/7

6.ざんざんぱらぱら

 翌日、出来あがったカバンを田中に渡すと、すごく喜んでもらえた。出来あがりに満足していた俺も鼻が高い。とはいえ、縫ったのは母さんなんだけど。

 横掘たちが眉を寄せていたのは、怖い目にあった傘と同じ柄だったからだろう。なんとなくだが、田中がカバンを持つことで、二度と横掘は喧嘩をうってこないだろうと思った。

 ご主人さまのお役にたてたじゃないか。これほどの用心棒はいないぞ。

 田中が持つカバンを見ながら、心の中で語りかけてしまった。

「お前たち、チャイムはもう鳴ったぞ。はやく席に着け」

 先生の声で一時限目の授業がはじまる。雨造も格好だけは気にしてか、俺の隣の床に座る。学校にきた初日は落ち着かなかった雨造が、今日は田中を気にしてなのか行儀がいい。

 見えないというのに、百年以上生きても子供の考えと変わらないんだな。

 そうのんびり考えていると、隣にいる雨造の様子がおかしいのに気づいた。座っていたのに、なぜか立ちあがり、ざんばら髪が逆立っている。遠くでは、サイレンの音が聞こえていた。

「声が聞こえる。モノたちの声だ。この声はあいつだ!」

「あいつ?」

 切迫した雰囲気におされて、誰にも見えない雨造に話しかけてしまう。

「よく聞こえない。嫌だ。怖い。あと……なんて言っているんだ?」

 雨造は声を必死に聞き取ろうとしているようだった。田中は俺の動きで変化を読み取ったのだろう。じっとこちらを見ているのがわかった。

「怖いって……火事? 光輝、はやく由美子の家に! 由美子の家が火事だ!」

 先生が教科書のページを指定した瞬間に俺は立ちあがった。

「おっ、立ちあがるとは、やる気があるな。じゃあ、このページの――」

 そのためか、完全に誤解が入っている。今は授業をうけている場合じゃない。急がないと。

「祖父母の家が火事なので帰ります!」

 言って教室を飛び出す。背後から皆が動揺する声が聞こえていたが無視だ。すると、隣に気配を感じた。

「田中!」

「雨造くんの声が聞こえていたの。私も行っていいよね?」

 聞かれはしたが、既に教室を飛び出してきているのだから戻れともいえない。それに田中の厚意を無視することもできない。素早く靴を履いて外に出る。

「方向はあっちだ。距離があるけど走れるか?」

「それは心配しないで。私、陸上部だから、はやさも負けないよ」

 女子だからと思っていた俺は田中の走力に驚かされた。男の俺でも並走するのがやっとだ。やはり、日夜練習している人は違うなと感じた。

 長い坂を駆けあがると竹林が見えてくる。風にのって物が焼ける臭いもしてきた。徐々に人の数が増えてくる。いるのは、近所の知っている顔ばかりだ。

「光輝!」

 その時、声が響いた。聞いて安心して涙が出そうになる。ばあちゃんは無事だった。

「よかった無事で。俺、ばあちゃんが逃げ遅れてやしないかと……」

「買い物に出掛けていたんだよ。火は使っていないのに、なんで」

 俺は、祖母の無事を確認できて安心したが、祖母の落胆は激しかった。祖父とともに長年連れ添い、住んできた家が燃えているのだ。

 納屋のほうから焼けたのだろう。既に消し炭状態になっている。そして、炎は自宅に燃え移り、火の勢いは更に増しているようだった。

「消防車は? まだこないの?」

「電話をしたら他の場所でも火事があって、くるのが遅れるかもしれないと……」

 祖母の唇が震えている。逃げてはきているものの、なにか切っ掛けがあれば家の中に飛びこんでいってしまいそうだった。

 今なら家の中の物を持ってくることが出来るのではないか。

 そう思って飛びこむ者も少なくないらしい。火事になった時の死因で一番多いのが一酸化炭素中毒だと聞いたことがある。

 この火の手ならまだ平気。そう思って家に入ってしまったら、ガスに巻かれて終わりだ。

 木造家屋だから、有毒ガスが出る量はすくないとは思うが、物と引き換えに命は釣り合わない。

 その時だ。家の中から重低音が響いてきた。自分の居場所を教えるかのような柱時計の音が。ひとつ、ふたつ、みっつと数を刻むうちに祖母が歩を進める。

「戻ったら駄目よ。おばあさん」

 祖母の行動の変化を知った田中の声が響く。近所の人にも抑えられ、祖母はその場で崩れ落ち、膝をついた。

 バケツリレーがはじまっているが、人の手だけでは猛火を抑えることなどできない。柱時計が時を刻む音は既にとまっていた。

「あいつが泣いている。あと一年なんだ。あと一年で付喪神になれるのに」

 雨造が歯噛みしながら言う。そして、炎上する家を見ている目は、炎の色を受けて更に赤くなっているように見えた。

「光輝……おいらを使ってくれ」

 押し殺したような雨造の声。その視線は炎に一点集中していた。

「使えって?」

 言った意味がわからずに問い返したところで気づいた。祖母が言っていた雨が降らなかった日のことを。祖父が番傘を差して歌ったという話を。

「雨を降らせることができるんだな?」

 雨造が首を縦に振る。男同士の会話だ。それ以上の言葉はいらなかった。

 宙返りして番傘の姿になった雨造を空中で受けとめた。反動で開いた傘がバンという威勢のいい音を出す。落胆していた祖母と田中が、音に反応して俺と雨造を見た。

「差せば雲わき、回せば風吹き、上下に動かしゃ雨が降る」

 不思議だ。一回だけ祖母に聞いた歌なのに、自然と口から流れるように出た。

 歌詞に倣うように傘を動かすと、火事であがった煙が雲のような形になっていく。空気が湿気を帯び、気温が下降していくのがわかった。

「差せば雲わき、回せば風吹き、上下に動かしゃ雨が降る」

 もう一度。という雨造の声が脳内に響いたので二度目を歌う。

「ざんざんぱらぱら、ざんぱらぱら」

 雨が降る擬音部分を歌いはじめた途中で、傘に何かが当たる感触があった。その感触がいくつかあると同時に、足もとに水玉模様が形成されていく。

「おい、雨だ。雨が降ってきたぞ!」

 近所の人たちが歓声にちかい声をあげる。小粒の雨は大粒へと変わり、勢いを増していく。

 その中で俺は不思議な感覚にとらわれていた。いつも見る雨粒が、何か力を纏ったように黄金色に輝いている。そして、脳内で反響するかのような声が次々と聞こえてきていた。

「これって、付喪神たちの声なのか」

 全てが「助けてくれてありがとう」という感謝の言葉。その声が音だけではなく可視化の状態。黄金色の光というかたちで俺を周回する。

「良かった。みんな助かったんだな。良かった」

 番傘の雨造の声が聞こえた。そうだ。祖母の家には古きモノがたくさんあった。

 長く使われる付喪神と成り得るようなモノたちが。柱時計、桐ダンス、ちゃぶ台、そして、蔵の中のモノたちも。

 それは、俺たちがいる日常にはない古き良きモノ。大切に扱われ、その感謝が、想いが、魂となり命を宿したモノたち。

『物と友達は大事にしろよ』

 黄金色の光につつまれながら、祖父の声を聞いたような気がした。そして、雨造の声も。

「モノたちは、そして、付喪神は大切に扱ってもらえるだけでも嬉しいんだ。主人の笑顔、触れてもらった温かさ。その全てが宝物になるんだ……」

 黄金色の光が徐々に薄れ、雨造の声が小さくなっていく。途端に「妖力がなくなっちゃう」「雨造が戻っちゃう」という声が聞こえた。

 妖力がなくなる? 雨造が戻る? 他のモノたちは何が言いたいんだ?

 まさか! という推測が、前に聞いていた祖母の話でつながった。

『おじいさんは雨が降ってきたというのに何故か泣いていたのさ』

 炎は雨で勢いをなくし鎮火をはじめていた。消防車のサイレン音が近づいているのがわかる。

 もし、雨が降っていなかったら、家は間違いなく全焼していただろう。消しとめることが出来たのは雨造のお蔭だ。けれど、けれど。なんで――。

「おいら、光輝が大好きだ。友達だから。みんなも光輝が大好きなんだ。小さい頃の光輝も知っているから。光輝の笑い顔がみんな好きだ。光輝が好きな、そんな仲間も大好きだ」

 雨がやむ。俺は泣く。俺の周りを飛ぶ光たちが、次々に雨造に言う。

「おやすみなさい」「おやすみなさい」「今度は五十年後」

 こだまのように響き渡る声を聞いて、雨造が笑った気がした。

「光輝の孫とも友達になるんだ。だから、おやすみ。今度は五十年後に……」

 五十年後に……その後に紡がれる言葉は「会おう」だったのだろうか。いや、雨造ならきっと「遊ぼう」だ。

 そうだ、雨造は付喪神。主人の感謝の気持ちで魂を持つ付喪神。これは永遠の別れじゃないんだ。

「ああ、雨造。また、遊ぼうな」

 番傘をとじると、奇麗な虹が視界に飛びこんできた。自然が生み出す空を描く七色の造形美は、俺が今まで見たなかで一番奇麗に見えた。まるで光と雨の五十年後の再会を望むかのように。

 そして、三十分を知らせる柱時計の音が一回だけ響いていた。

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