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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
5/7

5.ありがとう

 開いた入口から涼しい風が流れこんでくる。

 朝は雲ひとつなかったが、気温が上昇するともに積乱雲が発生したのだろう。豪雨が地面を叩きつける音が聞こえてきていた。

 そんな悪天候の中で傘を壊されたのは、ずぶ濡れになって帰れという宣告を受けたようなものだ。

 しかし、俺は騒動の一部始終を見ていないから口出しできない。真相をつかむために、しばらく様子を見ることにした。

「やってないって言ってるだろ。お前さ、俺が気に入らないから濡れ衣を着せるつもりなんだろ。俺がきた時には、お前の傘は折れていたんだよ」

「あなたの笑い声が聞こえたのよ。見たら、あなたが折れた私の傘を持っていた。これ以上の怪しむ理由なんてないわ」

 田中の説明に横掘が舌打ちをする。そして、集まってきた者たちを見て叫んだ。

「おい、見せもんじゃねえぞ。関係ない奴らは、あっちいけ!」

 集まっていた者たちは、騒ぎに巻きこまれるのを嫌ったのだろう。自分の傘を取り、次々と帰途に就いていった。

 消しゴムの時もそうだ。横掘は何かと因縁をつけて騒動をおこした後、言い訳をつけて逃げようとする。

 確かに傘を壊した証拠はないのだろう。しかし、田中の傘を蹴り飛ばしたのは俺が見た事実だ。しかも相手は自分より力の弱い女子一人。横掘は三人だ。

 俺が横掘に言おうとした時、雨造が俺の手をつかんでとめた。

「田中の傘、壊したのは横掘じゃない。隣にいる海野って奴だ。あいつがそう言ってる。痛い、苦しい、捨てられたくない、消えたくないって泣いてる」

 雨造の話を聞いて俺は動きをとめた。

 そうか、雨造は番傘の付喪神。物の声が聞こえるのか。しかもそれが同じ傘の仲間であるのなら尚更だろう。

「海野って奴が、自分の傘が引っ掛かっているのに腹を立てて無理やり引き抜いた。その力で折られたって言ってる。書かれた田中って名前を見て、横掘が笑ったって。濡れて帰るのはいい気味だなって言っていたって」

 横掘の性格も含めて考えると、雨造の話は信憑性があるし、嘘ではないのだろう。

 けれどそれは付喪神の声だ。人には聞こえない。それなので証拠にはならない。俺は歯噛みするしかなかった。

「今日は、ご主人さまのお役に立てなかったって……」

 雨造はそこまで言って口をつぐむと、大粒の涙を流していた。おそらく、それがあの傘の最期の言葉だったのだろう。

 いつもの俺なら田中に、「俺の置き傘を貸すよ。俺は濡れて帰ればいいし」と言っていたかもしれない。けれど、雨造の話を聞いて黙ってはいられなかった。

「傘を壊したのは、お前だろ。海野」

 俺が海野にそう言うと、横掘三人グループの肩が同時にはねた。まさか、名前をはっきりと言われるとは思っていなかったのだろう。言われた海野の目がおよいでいる。

「やってない。自分の傘を取ったら、田中の傘が折れていたんだ。はじめから折れていた物の責任なんて、俺がとれるかよ」

 俺が更に詰め寄ろうとすると、雨造がとめた。何故とめたのかわからずに足をとめる。

 すると雨造は大きな舌を出すと、海野の顔を舐めた。続けて隣の横掘の顔も舐める。

「ひいっ!」

 見えないものの嫌な感触に驚いたのだろう。海野と横掘は変な声をあげると、自分の顔を押さえながら青ざめた。

 ここにいるのは俺と田中、横掘たちだけだ。もし、他の誰かがいたのなら、横掘たちの声を聞いて笑ったかもしれない。そう思う、妙な声と動きだった。

 もし、雨造がとめなかったら、俺は横掘たちに何をしていたのだろうか。

 奮える拳を見て、俺は怒りを抑えられていない自分に気づいた。きっと、殴り合いの喧嘩に発展していたに違いない。

 雨造は、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、横掘たちを睨みつけながら折られた傘を拾う。

 その瞬間、今度は田中も悲鳴をあげた。田中の視線の先を見て横掘たちも声をあげる。

 あっ、そうか。俺には雨造が見えるから、傘を持ちあげたってわかるけど、他の奴には雨造が見えないんだった。と、いうことは――。

「傘が……浮いてる」

 唸るように呟くとともに、川口が先に逃げた。

 あいつ、雨造に何もされていないのに、真っ先に仲間を置いていくなんて薄情な奴だな。

 そう思っていると、横掘と海野も腰を抜かしたような姿勢で逃げていく。

 そしてそのまま、豪雨なのに傘も差さないまま、物凄い勢いで外に飛び出していった。

 残った田中はというと、俺の背中に隠れながら、雨造が持っている傘を見ている。

「雨造。なおせるかどうか見るから、持ってきてくれないか」

 俺が言うと、雨造の表情に光が差す。

 自慢じゃないが、俺は工作には自信がある。傘を完全になおすことはできなくても、どうにかして田中の手元に置いてやりたいと思った。

「雨造って?」

 雨造の名前を出したのはわざとだ。そうすれば雨造とは誰かと、田中が聞いてくると予想していた。

 浮きあがる傘を見て恐怖する田中には、雨造の名前を意図的に出して紹介したほうが楽だと思ったからだ。

 雨造も状況を察したのか、俺の次の言葉を期待するように見ている。

「雨造。俺以外の奴に姿が見えるようにはできないか? 無理なら、俺から田中に雨造のことを説明するけど」

「妖力を無駄に使うから、ずっと見えるようにするのは無理だけど、すこしの間なら……」

 妖力とは付喪神の能力を発揮するための力ということだろうか。取り敢えず、雨造の姿が田中に見えるようになるのならありがたい。

 俺が「じゃあ、頼む」と言うと、雨造は首を縦に動かして応えた。

 俺には雨造は見えているが、田中には徐々に見えるようになってきているのだろう。俺の腕をつかむ田中の手に力がこもっていっているのがわかる。

「他の奴に見えると煩そうだから、田中にだけ見えるようにしたぞ」

 雨造がそう言った時には、田中は既に俺の背中から離れていた。そして、現世にはいないものである雨造の存在に見入っている。

「番傘の付喪神の雨造。俺のばあちゃんの蔵の中にいたんだ。今では弟みたいなものだよ」

「ムッ……おいらのほうが長く生きているから、弟は変だぞ、光輝」

 俺の説明に雨造が指摘したことで、緊張していた田中の頬が緩んだ気がした。

「付喪神ってすごい。私、妖怪とか一度見てみたかったんだ」

「そう、おいらはすごいんだ。言葉も話せるし、いろんなこともできるんだぞ」

 田中が感動したことで雨造も得意になったのか、胸をそらしながら自分を称賛した。

 俺は無残にも折られた田中の傘を見ながら、どうしてやればいいのか模索する。

 骨は完全に折れてしまっているから傘としてはもう使えないだろう。けれど、布は汚れてもいないし、柄も可愛い小花模様だ。他の使い道もあると思った。

「カバンにしてみるのはどうかな。素材はビニールだし、柄もいいから、加工したら普段も使えると思うよ。なんなら、俺がリメイクしてみるけど……いいか?」

「おいら、田中にそいつを使ってほしい。そいつ、田中のこと大好きって言ってたから」

 俺の話に続いた雨造を見て、田中は微かな笑みを浮かべる。多分、同じ傘の付喪神だからと感じる部分もあったのだろう。

「それなら、お願いしようかな。私もその傘、お気に入りだったんだ。だから、これからも使えると思うとすごく嬉しい」

「決まりだな。じゃあ、この傘は預かるよ」

 ただ、田中の傘の今後は決まっても、雨は降り続けている。豪雨はおさまるどころか、雷も鳴っていた。

 光った後の音の間隔が長いので雷は遠いと思うが、天気予報では明日まで雨。雨宿りでは濡れるのを回避できない。

「田中、俺の傘を貸してやるよ。雨造、よろしく頼む」

「出番か? 任せろ。おいら、まだ現代ものには負けないつもりだぞ」

 雨造は、その場で宙返りすると番傘の姿に戻っていた。俺は空中で受けとめると、その反動を使って傘を開く。派手な音を鳴らして開いた番傘は、まるで雨造が使ってもらえると、喜んでいる声にも聞こえた。

 現代の傘と番傘の共演は他の人から見たら奇妙だったのかもしれない。すれ違った人の視線が少し痛かった。

 けれど、田中は視線を気にすることなく、終始、笑みを浮かべながら雨造のこと、学校のことを話し続けた。

 番傘の姿になったままの雨造が俺に「一緒に、おいらの中に入ればよかったのに」と言いながら、

「おいらの妖力は他にもあるんだぞ。相合傘。文字を変えて愛合傘っていう力もあるんだ」

 と、言っていたのは無視した。どうやら、相合傘をしたら恋が実りやすいということらしい。容姿は子供なのに、変なことに興味があるとみえる。

 帰宅してすぐに田中の傘を直すことにした。雨造がはやく治してやってくれと煩かったためだ。

 まずは傘の布と骨をつなげている糸を切っていく。布を取りはずすと丁寧にそれを水洗いした。

 布を切り分けると、手芸をしている母さんの横に行ってミシンを借りる。

 とはいえ、このミシンの作業は、手芸好きの母さんがほとんどやってくれた。

 興味を示した父さんが缶ビール片手に、一人で作業をしていた俺に話しかけてきたが、その雑談はほとんど聞いていない。

 後になって雨造が教えてくれたが、蔵の骨董品を売って買うことができたルアーの話をしていたようだ。骨董品を売って得た収入のことを母さんに悟られないよう、俺と口裏を合わせろということなのだろうなと解釈した。

「出来たぞ。雨造!」

 自室で作業を終えた時には、つい声をあげてしまうほど俺は充実感を覚えていた。

 雨造も「よかったな。お前」と、姿を変えた仲間に声をかける。

 そして、傘からカバンになったモノから「ありがとう」とお礼を言われたような気がした。

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