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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
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4.付喪との生活

 番傘の付喪神、雨造と友達になると決まってから、いろいろと雨造について面白いことがわかってきた。

 まず、俺以外の人には雨造の姿は見えないらしい。声も聞こえないようだ。

 ただ、雨造と街を歩いていると子供が驚いたりするので、子供には見える時があるのかなと思う。大人には確実に見えない。霊感が強い人ならどうかと思うが、見えたとしても幽霊と思うだけで、付喪神とは考えもしないだろう。

 付喪神は妖怪でもあるだけに、食事をしなくても生きていけるらしい。

 事実、眠っていたのは六十年くらいだと聞いた。祖父は享年七十五歳。十歳の時に雨造と何かあったらしいから、正確には六十五年間、雨造は番傘の姿でいたということになる。

 けれど、物を食べたら体に毒ということでもないらしい。子供だけに菓子とかアイスとかが好きになったらしく、特にチョコレートが気に入ったようだ。

 雨造というだけに、雨とも関わりがあるようだ。番傘を開いた時に湿気を感じたのも、雨音が鳴っていると思ったのも、これが理由らしい。

 付喪神だけに妙な力もあるらしく、小動物を呼び寄せたり、自然と一体化するような能力もある。生命を潤すに値する能力を持っているのだから、その能力も納得がいった。

 絵巻では番傘がそのまま変化した姿で描かれていたので、番傘と人型は、どのような違いがあるのかと雨造に訊いてみた。

 どうやら、番傘は本体であり宿のような物。人型はその宿から抜け出た状態。いわば、霊体のようなものらしい。雨造の人型を俺だけが見えるということは、それが理由なのだろう。

 番傘は雨造にとっての肉体だから、壊れたら人型のほうにも影響が出る。「番傘も大切に扱ってくれよ。それに保管も」と念を押された。

 それなので、普段は母さんの目には触れない押し入れの奥に番傘はしまってある。

 夏休みということもあって、祖母の家に遊びに行くことが多くなった。

 近くで渓流釣りができるというのは、やはり魅力だ。そして、雨造がいると、何故か魚が面白いように釣れるのだ。

「光輝は虎彦に似ているな。おいら、光輝といる時が一番楽しいよ。由美子の家にも付喪神はいるけど、みんな頭がかたい奴ばかりだ。おいらとは遊んでくれない」

 草履を脱いで川に入った雨造は平たい石を見つけると、川の水面を狙って水切りをする。石は一段、二段と軽快な音を立てて跳ねながら、対岸まで到達した。

 こいつ、うまいなと思って、つい息を吐いてしまう。といっても、容姿は子供だが雨造は俺よりはるかに年上だ。遊びは熟練者といっていいだろう。

「俺も学校の友達と遊ぶより、ここで釣りをするほうが好きだ。勉強も部活も競い合い、これぐらいは出来るはず。お前は下手だからとかの言い合いでさ。俺が言われているんじゃないけど、見ていても疲れることのほうが多いよ」

「おいら、よくわからないけど、学校って大変なところなんだな」

 俺も雨造に倣うように石を拾って投げる。数回跳ねた石は川岸までとどかずに、途中で沈んだ。

「夏休みも、もう終わりだからな。学校に行くのが嫌だな。宿題はすぐに終わらせたからいいけど、はあ……奴らにも会わなきゃいけないと思うと嫌になる」

 俺のクラスには小学生の頃から悪童として通った、横掘という奴がいる。

 こいつが川口と海野という子分を連れて、誰かれ構わず因縁をつける。とにかく、自分が気に入らない奴は端からといった感じに。

 俺と横掘が衝突する切っ掛けになったのは、休憩時間での出来事からだった。

 横掘が話をしているグループが煩いと言って、消しゴムを投げたことからはじまった。その消しゴムが一人の女子にぶつかった。ただ当たっただけなら、騒ぎは大きくならなかったのかもしれない。問題は、その消しゴムが跳ね返って、一緒に話していた女子の目に当たったことだった。

 当然、女子は横掘に謝るよう詰め寄った。しかし、横掘は「騒いでいたお前たちが悪い」と言い張って謝ることはしなかったのだ。

 そこで俺は、「叱るならまだしも、消しゴムを投げつけるのはどうかと思うぞ」と言って、横掘を注意したのだが、横掘にとってはそれが気に入らなかったらしい。以来、俺が奴らの視界に入ると何かしら理由をつけて吹っかけてくる。

 あいつらに嫌われるのは構わないが、奴は未だに「騒いでいた奴を叱った俺は悪くないよな」と、周りにも聞こえる大きな声で、仲間の川口と海野に同意を求めるように詰め寄ってくるのだ。

 続けてもう一個、石を投じる。抑え切れない思いをこめるように。

 今度の石は見事、対岸にとどいた。軽いガッツポーズをしてから、雨造がどのような反応をしたのか見てみる。

 しかし、雨造は俺の水切りを見ていなかったのか、目を閉じながら「うーん」という唸り声を出していた。

 なんだよ、つれない奴だな。成功したのに褒めないのかよ。そう言おうとした時だ。

 何か思いついたかのように雨造は手を叩いた。そして、輝いた瞳を俺にむける。

「おいらも学校に行きたい!」

 手を叩いた音が反響して消えるよりはやく、雨造は俺にそう言った。

 きらきらと輝いている瞳には邪念や私欲というものが感じられない。純粋に学校に行きたいと願っている目だ。

「おいら、足し算も引き算もできるぞ。かけ算の七の位はちょっと苦手だけどさ」

 小学生レベルかよと思ったら、祖父は十歳の頃に傘を差さなくなったという話だったっけ。祖父と雨造が何故、別れなければいけなかったのか。その経緯を知りたいと思ったが、昔のことを思い出させてしまいそうで、聴くのも気が引ける。今は雨造が言う時を待とうと思った。

「他の奴には雨造は見えないし……くるなという理由もないな。ただ、人のいる場所で俺に話しかけないでくれよ。それは、答えると独り言にしか思われないからだ。だから俺は答えられない。話しかけるのなら、まわりに誰もいない時だ」

「わかった。それなら簡単だ。おいら、光輝の邪魔はしないよ」

 言っている傍から「学校で何して遊ぼうかな」と言っている雨造を見て、俺は息を吐くしかなかった。


 夏休みを終えた朝は憂鬱だ。誰もが同じだろうと俺は思う。

 もし、夏休みを終えた初日の登校は、嬉しくて興奮するという奇天烈な奴がいるのなら、誰なのか教えてほしい。

 と、思ったが、目の前に存在していることに気づいた。雨造だ。

 目覚ましがなってもなかなか起きなかった俺は、雨造に叩き起こされた。

 あまりにも起きろと煩いので階段を降りて食卓に行くと、いつも、起きてこない俺を起こしにくる母さんが「あら、起きられたの? 珍しいわね」と目を丸くして言う。

 付喪神に起こされたとも言えないので、黙って席に着いて焼きたてのパンに齧りついた。そして、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて一気飲みする。

 雨造がここにきたばかりの時は、目につく食べ物全てに興味を示されて煩かった。仕方がないから、母さんの目を盗んで雨造にも食べ物を渡す。俺から見たら雨造が食事しているだけなのだが、他の人には雨造は見えない。

 ――俺以外の人が見たら、食べ物が消えているように見えるんだよな。

 そう思うと、心臓の鼓動がはやくなる。ただ、それも繰り返すうちに慣れてしまった。

 雨造がいない生活を今は考えられない。煩いと感じることはあっても、雨造は親友でもあり家族。弟のような存在になっていた。

『物と友達は大事にしろよ』

 祖父が俺にそう言ったのが納得できた。

 準備が終わると登校だ。初日だし、気乗りしないのもあるので足が重い。

 しかし、途中で背中を叩かれた。級友の田中優美だ。横掘に消しゴムを投げつけられて目に当たった生徒が、この優美だった。

「おはよう。そのペースだと遅刻するよ。宿題は終わった? 私、英作文に苦戦してさ。いとこの友達に手伝ってもらってね。アメリカ留学していた人だから助かっちゃった」

「それ、ばれないか? 田中は英語が苦手なんだろ。それが、急に複雑な英文書を提出したら、おかしく思われないか?」

「それはちゃんと対策済み。ばれないように書いてって注文しちゃった」

 手にしたカバンを軽く振りまわしながら、通り過ぎていく級友に「おはよう」と優美は挨拶をする。俺も続けて挨拶。雨造はというと、田中のカバンについているビーズのアクセサリーが気になるのか、姿が見えないのをいいことに触っていた。

 行く時からこれだと先が思いやられるな。そう考えていると、雨造が戻ってくる。その表情は何故か気に病んでいるように見えた。

「あいつも付喪神になれるかな……声が聞こえなかった」

 そう言えば、そんなことを言っていたなと思い出す。ここには雨造の仲間である付喪神がいないのだろう。

 ただ、雨造のその落ちこみは学校に到着すると霧散したらしい。俺の心配を他所に、あちこち行っては、何かしら発見して興奮しながら、「あれは何か」と訊きに戻ってくる。

静かに授業を聞いていたのは一時限目の二十分間だけだった。無理もない。十歳の祖父に付き合っていた学力なら、中学生の授業は理解不能だろう。

 それでも給食の時は寄ってくる。席を合わせているために、欲しがる雨造に渡すわけにもいかない。牛乳パックが特に気に入ったらしく、飲み切って音を立てている奴を見て大笑いしていた。

 授業が終わると疲労感が半端ではないくらい激しく襲いかかってきた。掃除するのも億劫だ。皆で適当に終わらせると帰り支度をする。

 雨造も帰る雰囲気を感じ取ったのだろう。俺が帰ることを伝える前にきてくれた。

「田中って子。指差された後、なんて話していたんだ? おいら、全然わからなかった」

 英語の宿題の朗読は田中が先生に指名を受けた。英語の苦手な田中は、自分では理解しきれていない英文を必死になって読んだ。それが雨造には不思議でならなかったらしい。

「英語……といっても雨造にはわからないか。違う国の言葉だよ。ほら、お前ともよく話したろう。オッケーとかサンキューとか。あれは単語で、田中が今日、話したのは文章」

「ふーん」

 なんとなくの返事を雨造はする。この野郎、興味ない話にはとことん無関心なんだな。

 そう思っていると、雨造の視線が進行方向はるか先に向けられていることに気づいた。

 入り口で田中が何かを叫んでいるのが見えた。叫んでいる相手が誰かと思って見たら、横掘だ。隣には川口も海野もいる。挑発するかのような下品な笑みを浮かべながら、足元に落ちている何かを横掘は蹴っていた。

 その蹴った物を見て、雨造が唇を震わせて、拳を握りこんでいるのがわかった。俺が雨造と出会っていなければ、それは些細な出来事で終わることだったのかもしれない。

 しかし、雨造と出会った俺は違った。横掘が蹴った物。それは無残にも折れ曲がった傘だった。

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