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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
2/7

2.憑いてくるモノ

 帰宅してからも、蔵で見たのは幻覚だと必死に自分に言い聞かせる俺がいた。

 とにかく今は、蔵から出してきた物を鑑定してもらうのが先だ。

 慌てて持ってくるしかなかった箱を親にばれないよう自室で開けながら、ネットで検索して価値がある物か調べる。けれど、俺の雀の涙のような知識ではどうにもならない。

 金継ぎとか言っていたよな。そんなことを思い出して、調べると出た。

「割れた物をウルシで接着して金で装飾する方法か。価値がなくなるわけじゃないんだな」

 そんなことをしてしまったので、蔵であったことを思い出す。

 和服姿の赤目の少年。祖父の名前を知っていた。また遊びたいって、祖父と面識があったってことか?

 ひとつずつ木箱を開けていくと、最後に細長い箱が残った。風呂敷包みで覆い、紐で括っている箱だ。

 確か、この中には番傘が入っていた。価値がないだろうから処分しようと思って、置いてきたはずだ。どうやら荷物に紛れて持ってきてしまったらしい。

 物を運ぶ手段には適していない自転車で往復してきただけに、余計な物を持ってきたことに息を吐くしかなかった。

 かといって、父さんに車を出してくれと頼んでいたらどうだっただろうか。いや待てよ。骨董品って、両親の許可なしに売ることってできるのか?

 金に目が眩んでいたために大事なことまで頭がまわっていなかった。多分、親にばれたら怒られる気がする。儲けだって期待できない。

「急に、やる気なくなってきたな」

 おまけに金にならない骨董品まで持ってきている。桐箱の包みを取って箱を開ける。赤い番傘を箱から出した俺は、なんとなくそれを開いてみた。

 派手な音を鳴らして番傘が開く。柄にも墨で『雨造』と書いてあった。

「雨造って誰だよ……知らない人の名前を書くなんて、じいちゃんらしいけど。意味がわからないと、調べたくなってくるな」

 番傘をとじようとした時だ。不意に湿気のこもった風を感じた。室内なのに何故という妙な感覚と、晴天だったはずなのにという疑問が生じる。しかも雨が地面を叩くような音も聞こえてきた。

 カーテンをしめているので外の様子はわからない。今の時期の雨は豪雨になりやすいので、降ってきたのなら雨戸を閉めたほうがいい。

 番傘をとじて立ち上がり、窓を開けると、驚くことに雲ひとつない晴天が広がっていた。陽が傾きかけているのでアブラゼミの声がヒグラシに変わっている。

「空耳か?」

 それにしてもリアルな雨音だった。気温の変化もわかるような――。

 そうだ。この感覚は蔵に入って赤髪の子供を見た時と同じだ。蔵に入る時には熱気を感じたのに、いつの間にか冷気を感じた、あの時と同じだ。

 再び背筋に寒気がはしる。俺は何かに取り憑かれてしまったのだろうか。それとも、この骨董品の中に曰く付きの物があるのだろうか。

 変なことを考えていては駄目だ。言い聞かせるように首を左右に振った俺は、番傘を桐の箱に入れて、持ってきた時と同じように風呂敷に包んで紐で括った。

 売ったら全額、自分の小遣いにしたかったが仕方がない。父さんに頼んで一緒に売りに行くしかないかという結論に達した。父さんは母さんよりも金銭面に厳しくないから、手に入る金額も高くなるだろう。そんな推測も踏まえてだ。

「百万円までいってくれるといいな。売る前に父さんと分け前の交渉しておいたほうがいいか。さすがに百万円単位になると、半分くれるとは思えないし」

 捕らぬタヌキの皮算用というが、俺は独り言をしながら笑みを浮かべてしまっていた。


 翌日。俺は父さんに骨董品を売りに行きたいということを伝えた。

 どうやら、父さんも臨時収入が欲しかったらしい。俺が言ってもいないのに、

「よし、母さんには何も言うな。分け前は半分ずつでいいな? ただ、お前は中学生だから大金は渡せない。銀行に振りこむから成人になったら使いなさい」

 と、自ら言ってきた。

 こういったところは、祖父の血をひいているなと感じる。子供のような大人だ。

 父さんは趣味である釣りのルアーが買えるなと、子供のような無邪気な笑顔を見せながら広告を見る。

 そして、手早く、俺が持ってきた全ての骨董品を車に入れると母さんに、

「ちょっと、こいつが参考書欲しいと言っているから、一緒に本屋に行ってくるよ」

 と、いかにも怪しい理由をつけてから、俺を誘った。

 祖父と同じで、父さんは嘘が下手な人だなと思う。そして、単純な母さんはこれに騙されて、嬉しそうに「もう高校受験だものね。気をつけて行ってらっしゃい」と送り出してくれた。

 物凄く後ろめたい気がするので、父さんに「帰りに本屋にも寄って」と言ったのは、ここだけの話で。

 更に、父さんが意味深な笑みを浮かべた瞬間、はめられたのかもと思ったのも、ここだけの話にしておこう。

 ただ、問題は骨董品の価値を見てもらってからだった。期待していた買い取り金額よりも安く、後部座席いっぱいに詰めこんだはずの品は、数万円程度にしかならなかったのだ。

 つまり、贋作や大量に流通していた物ばかりだった。父さんと疲労困憊状態で帰宅する。

 そして、ふと後部座席に目をやると、俺の視界に信じられないものが飛びこんできた。

 風呂敷包みで覆い、紐で括っている箱。

 それは紛れもなく、あの番傘が入っている桐箱だ。ついでに売ろうと思っていたのに、車から出すのを忘れたのだろうか。いや、思えば、こいつは俺の自転車にも載っていた。

 偶然なのだろうか。そう思えなくなってくる。けれど、車内に置いたままにしておくわけにもいかない。

 俺は仕方なく番傘を持って車を降りた。そんな俺を父さんは妙な表情をして見る。

「それは売らなかったのか? かなり高そうな物に見えるが……」

 父さんは骨董品に興味がない。これは俺と同じだ。だから、高そうな物と感じたのは、目利きなどではなく奇麗に保管してあるからだろう。

「いや、大事なものかと思って売らなかったんだ。午後に、ばあちゃんに返しに行くよ」

 本当のことを言ったら馬鹿にされると感じたので、なんとなしの嘘をつく。

「そうか……行くなら車を出すぞ。今度こそ、お宝を発見したいからな」

 親切に連れて行ってくれるのかと思ったら、本音は買い取り金額に満足していないということらしい。

 父さんが見ていたルアーは十数万円単位だったから、その金額に達するまでは諦めきれないのだろう。

「俺は目利きじゃないから、高いのを見つけられなかったのかも。蔵にはあれの五倍以上は骨董品が残っていたよ」

 そういうと、父さんの目が輝いた。本当に祖父にそっくりだ。そして、俺も父さんの血をひいているんだよなと思う。

 お昼は焼き飯。それを俺と父さんは素早く腹に詰めこむと出掛ける準備をした。今度は母さんが見ていないのをいいことに、父さんは隠れて車の鍵を取ってくる。

 嘘が下手なんだから、そのほうが良策だろう。俺も番傘を後部座席に置くと、助手席に腰かけた。その時だ。

「なんだよ。またどこかに行くのか?」

 不意に声が聞こえた。思ったより近くで。後ろを見るが誰かがいるわけもなく、父さんは気づいていない様子だ。

「父さん。今、子供の声が聞こえなかった?」

 俺のこの質問に、父さんはすこし考えた唸り声を出すと、何故か愉快そうに笑う。

「子供の声なら、お前の口から出たぞ」

 真面目に聞いているのに、空気を読めずに冗談を言うところも、父さんは祖父に似ていると言える。

 ただ、それは今は置いといて。何よりも俺が怖くなったのは、後ろから聞こえた声が、蔵にいた少年を想起させるものだったからだ。

 やはり俺は取り憑かれてしまったのだろうか。

 蔵に入ってから奴の声に追われているから、祖母に聞けば、なんとかなるかもしれない。そんな願いのような、確定できない救いを求めている俺がいる。

「父さん。はやく車を出そう。遅くなると母さんにも怪しまれるだろうし」

「そうだな。帰りに骨董品屋に寄って鑑定してもらおう」

 今のは、はやく祖母の家に着きたいがための口実に過ぎない。本心ではない俺の指示に同意した父さんは車を出すと、いつもより気持ちはやい速度で運転した。

 俺と父さんの目的は異なっているが、そうしてもらえるとありがたい。

 目標の竹林が見えてきて胸を撫で下ろす。俺は番傘が入った桐箱を手にすると、父さんよりもはやく車を降り、祖母を呼んだ。すると、祖母が目を丸くして出てくる。

「あらあら、今日は光彦も一緒かい。なんで夢中になれるのかねえ。今、冷たい麦茶を用意するよ」

 祖母が驚いた表情をしたのは一瞬で、すぐにいつも通りの対応をする。あの祖父と長年うまくやっていけたのは、祖母のマイペースな性格のお蔭なのだろうなと思えてくる。

「母さん。それよりも蔵の鍵を出してくれないか。蔵の中身を、はやめに処分したいから」

 そんな祖母に的確な答えを返したのは父さんだ。祖母は久しぶりに来た息子が話に付き合ってくれると期待していたのだろう。何やら考えてから息を吐くと、三面鏡の引き出しから鍵を取り出して、父さんに渡した。

「行くぞ、光輝。確か蔵は二階もあったんだよな。二階には古銭があったかな……」

 俺を誘った父さんは蔵の中身を記憶から掘り起こすように呟く。

 しかし、俺は昨日、二階に行く階段の前で、赤目で一本足の子供を見ている。二階と聞いただけで背筋に悪寒がはしった。

「俺、ばあちゃんと話したいことがあるから、もう少し時間が経ってから蔵に入るよ。中はホコリが少しきついと思う。それと、一階の棚板の一段と二段の分が昨日持ってきた物だから、空いてるよ」

 空になっている段を父さんが見て、また聞きにくるのも面倒だと感じたので伝える。

 父さんは、俺も蔵にすぐに入ると思っていたのだろう。不服そうな顔をすると蔵のほうに歩いていった。

 父さんが蔵に入るまで見送ってから、俺は番傘の入った桐箱を出す。そして、本題に入った。

「あのさ、ばあちゃん。この番傘に書いてある『雨造』って、誰のこと?」

 聞いた途端、祖母の顔色が変わった。と、いうよりも真剣な表情に変わった。

 そして、俺の顔を見つめてから、今度は頬を緩める。

 この反応は、なんなのだろうか? どう対応していいのか、非常に悩む。

「そうかい。光輝は呼ばれたんだね。光彦は聞こえなかったというのに……やはり、おじいさんっ子だったからかねえ」

 呼ばれた? 聞こえなかったとは、どういう意味なのだろうか?

 耳を澄ますと遠くでサイレンの音が響いていた。この暑い日に火事か。雨が降っていたら、消火の足しにはなっていたのではないかと、まるで自分のことのように考えてしまう。

 祖母は、その音が徐々に小さくなっていくのを聞いているのだろうか。しばらく遠くを見るような目で蔵を見つめてから、俺に語りはじめた。

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