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付喪がいた日  作者: つるめぐみ
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1.悪霊退散

 俺が小学四年生の時、祖父は他界した。祖父はすごく孫思いで、小さい頃の俺は膝の上にのっては甘えていた。

 夏休みに過ごす場所は、祖父の家と決まっていた。正月もそうで、行く度に小遣いを貰っては友達に自慢した。

 とにかく祖父と一緒にいると飽きなかった。近代的な遊びで物足りなくなってしまった俺は、祖父と山に登ったり、渓流釣りをしたり、それが逆に新鮮な遊びに思えたのだ。

 真っ暗になるまで遊んで帰って、祖父と一緒に祖母に説教された覚えがある。

 祖父は子供がそのまま年をとったような人で、俺は祖父というよりも同級生と付き合っているような気がしていた。

 そんな祖父の口癖が「物と友達は大事にしろよ」だった。

「物と友達を一緒にするなんて、おかしいよ」

 そう返した俺に、祖父は笑みを浮かべながら「じきに意味がわかるさ」とだけ答えた。

 今考えると、それは祖父が俺に一番伝えたかったことだったのかもしれない。

 小さい頃はよくわからなかったけど、祖母に「夏休みに片付けにきてくれないかい」と電話を受けて、ようやくわかった。

 祖父は無類の骨董好きだったのだ。祖母は蔵に残された物がたくさんあるから、俺に片付けを頼みたいと言う。あなたが好きなように処分して構わないからとも付け加えた。

 俺はすぐに飛びついた。中学二年生の俺の小遣いといったら微々たるものだ。だから小遣い稼ぎには丁度いい。もしかしたら、テレビの鑑定番組にも出せるような高価な物もあるかもしれない。

 炎天下でも迷わずに自転車を漕ぎ出し、根性に任せて祖母の家に向かう。行くのは俺ひとりだ。友達を呼んで分け前を寄こせなんて言われるのだけは避けたい。

 熱せられたコンクリートの坂をのぼり、露出した肌がチリチリと焼けるような感覚を知りながら、走ること一時間。目標物の竹林が見えてきた。

 竹林山と近所の人がいう場所に祖母の家はある。祖父はこの竹林山の地主で、俺は祖父とタケノコを採りに山に入ったこともあった。

 つまり、祖母の家は裏には竹林山があり、蔵を所有する、いわゆる地主豪邸なのだ。

 庭の端に自転車を乗り捨て、呼び鈴がないのでいつも通りに声をあげると、祖母が驚いた顔をして俺を迎えた。

「光輝、ひとりで来たのかい。私は車でお父さんと一緒にくるとばかり思っていたよ。取り敢えず、中にお入り。喉が渇いたろう。麦茶を用意するからね」

 いつもと変わらない祖母の対応に、俺はすこし悪い気がした。金目当てで来たのだから。

 家に入ると、柱時計が十時を差して時刻を知らせる。小さい頃は、こいつが鳴る度に怖くて夜中にトイレに行けないなんてこともあった。

 繰り返される重低音が、まるで自分の存在を主張しているように思えるからかもしれない。考えすぎかもしれないけど。

 まだ動いていたんだな、こいつ。と、思いながら、俺は座布団に座った。

 猛暑からは想像もつかない、ひんやりとした室内だ。

 先人の知恵とはよくいったもので、北から流れてくる空気がそうさせているのだろう。あふれ出ていた汗も、いつの間にか引いていた。

 祖母は氷がグラスを叩く心地よい音を鳴らしながら、盆に載せて持ってきた麦茶を、ちゃぶ台に置いた。

 喉が渇いて脱水症状になるかもしれない。着いたら冷たい飲み物を入れてもらおう。そう思いながら自転車を漕いできた俺は、置かれたと同時に麦茶を飲んだ。

 喉を伝う冷たい感覚が胃内に流れこみ、体が一気に水分を吸収していくような気がする。

 一息ついてようやく、五感の感度が良好になってきた。

 遠くで鳴くアブラセミの声。軒先で鳴る風鈴の音。目の前の竹林が運んでくる竹の香り。

 俺が住む街とは違う時間の流れがここにはある。

「あのさ、ばあちゃん。蔵の中には何があるの? 小さい頃、じいちゃんに訊いても教えてくれなかったんだよな」

 庭を見ると昔と変わらないままの蔵。威風堂々たる姿といってもいいだろうか。

 小さい頃は何が入っているのかと、想像しては興奮していた。そんな魅力の場に、今日は足を踏み入れることができるのだ。

「私も全部は見たことがないよ。掛け軸とか器があったかな。古銭にも凝った時期があったみたいだし、よくはわからないねえ」

 祖母の答えを聞いて俺は心の中でガッツポーズを決めた。

 これは期待できるぞ。新型のゲームが何台か。ソフトもたくさん買える気がする。あと、野球道具だ。プロ仕様の道具は中学生だから無理だとしても、アクセサリーなら年齢を問わない。買って皆に自慢してやる。

「忙しいのに平気かい? 来年は受験だろう」

「受験って……附属高校に行くわけじゃないし、大丈夫だよ。近い所に通えたらいいんだし。それにこれでも成績はいいほうなんだぞ」

 祖母は俺に応えるように三面鏡の引き出しから鍵を取り出した。年期の入った鍵だけに、錆び付いているようにも見える。それでも使えるのは、職人の手によって丹精こめて打たれたものだからだろう。

 サンダルを履いて、祖母は蔵に足を向けた。俺は残った氷を口に入れてからついていく。

 ようやく、お宝たちとご対面だ。祖母が鍵を差しこんで蔵を開けるのを、俺は氷を噛み砕きながら見ていた。

「じゃあ開けるよ。おじいさんが亡くなって何度かは開けたけど、奥までは見ていなかったからね。荒れているかもしれないよ」

 軋んだ金属音とともに扉が開かれる。

 祖母が言った通り、奥からホコリとカビが混じった臭いと、噎せるような熱気が襲いかかってきた。途端に目の前が真っ白になる。蓄積されたホコリが舞い上がったらしい。

「ごほっ……予想以上だな」

 中を見ながら、思わず噎せてしまった。目の前は蜘蛛の巣だらけだ。お宝のためだから我慢するしかない。意を決して中に入ろうとすると、祖母は家に戻ろうとしていた。

「あれ、ばあちゃんは中に入らないの?」

 訊くと、祖母は面倒臭そうに「よろしくね」とだけ言って行ってしまった。

 それでもいいかなと俺は思う。後で骨董品を返してくれと言われたらたまらない。

 蔵に残されたものがたくさんある。祖母は確かにそう言った。つまり興味がないだけではなく、価値も理解していないということだ。

 足を踏み入れると加重がかかった床板が苦しそうな音を出す。貴重品を何百年も保管するためにつくられた蔵だ。壊れることはないと思うが、すこし不安になる。チュウという声とともに小さな影が逃げていくのも見えた。

 足場を確認するように慎重に一歩一歩進んでいく。横には壁に直接打ち付けられた棚板が五段あり、全てに木箱が載せてあった。

 中には何が入っているのだろうか。期待してつかむとホコリが舞い上がる。

 ホウキと雑巾を持ってくるんだったなと後悔した時だった。上から何かが落ちてきた。硬い部分が後頭部に直撃して、一瞬、意識が飛びそうになる。

「いって……なんだよ。これ」

 物に八つ当たりしたい気持ちを抑えながら、転がった木箱を開ける。

 すると見慣れたものが視界に飛びこんできた。掛け軸だ。これはお宝発見と開いてみる。

「おおっ、鑑定番組で見たことある。けど、ハンコの文字が読めないな」

 お宝には興味はあるが、骨董品の知識はないので誰が書いたものなのかはわからない。

 取り敢えず換金できればいいんだし、価値は考えずに蔵のもの全てまとめて鑑定してもらうことにしよう。

「それは贋作だよ。あとハンコじゃなくて落款(らっかん)っていうんだ」

 その時、どこからか声が聞こえた。

 贋作って、偽物ということか。これは落款っていうんだな。いいこと聞いた。

 ――と、思った直後、背筋に寒気がはしった。

 蔵にいるのは俺だけのはずだ。響いた声も祖母ではなく子供の声だった。

 けれど俺は幽霊を信じてはいない。気を取り直し、空耳だと言い聞かせて作業を続行。戸棚の物を取る。木箱を開けると今度は陶器が出てきた。ところが陶器は割れていて、ひび割れを金のパテのような物で補修していた。

「なんで壊れた物を取っておくんだよ……これは金にならないだろうな」

「金継ぎされているのに、金にならないのか?」

 また声がした。先程と同じ子供の声だ。しかも今度は鮮明に聞こえた。きっと、近所のいたずら小僧が忍びこんだに違いない。

 子供を捜そうとした時、足元に何かが落ちてきた。あと一歩前に出ていたら、また頭に直撃していたに違いない。舞い上がるホコリを払いながら拾いあげる。

 落ちてきた物の正体は、細長い箱だった。ご丁寧に風呂敷包みで覆い、紐で括っている。

 これは相当のお宝かもしれないぞ。自分でも興奮しているのがわかるほど、鼓動が激しくなっている。

 紐を解いて風呂敷包みを取った。現れたのは桐箱だ。表面には墨で文字が書いてあった。

 『雨造』。祖父の名前ではない。誰のことだ?

「じいちゃんの字かな……ということは、お宝じゃないのかも」

 開けると中には番傘が入っていた。別に珍しくもない代物だ。祖父は何故、こんなものを丁寧に桐箱に入れて紐で括り、蔵で保管していたのだろうか。疑問が残る。

「くそっ、時間の無駄だったな。次のお宝は……」

「糞とか、お宝じゃないとか、時間の無駄だったとか、失礼だな」

 更に調べようとした時、また子供の声が聞こえた。今度は、もっと近い。何処だ?

 さすがに腹がたったので、大きく息を吸いこんでから叫んだ。

「おいクソガキ、隠れてないで出てこい。家に帰ってミルクでも飲んで寝てろ!」

 後の部分は俗語だよなと思う。子供なら叱るより罵られたほうが堪えるだろう。泣き声が聞えてくるかと思って耳を澄ましたが、相手は沈黙を決めた様子だった。

 このまま蔵に居られたら困る。子供が蔵の中で餓死なんてニュースになるのは避けたい。

 俺は仕方なく子供を捜すことにした。それにしても、いつの間に入ったのだろうか。入口はひとつだと思うが、抜け穴でもあるのかと気になる。

 奥に階段が見えた。薄暗くて見えなかったが、二階もあるのか。明りは金格子付きの窓から漏れる日光しかない。それなので、足元を確認するように摺り足で進む。

 二階のほうが、お宝が眠っているかもしれないな。欲が増したところで俺は足をとめた。

 階段のところに何かがいた。俺は幽霊の存在を信じない。あんなものは怖いと感じた者が見る幻覚だ。そうわかっているはずなのに、目の前のものは消えなかった。

 ざんばら髪で和服姿の子供が俺を見て笑っていた。どう見ても今の時代の子供の格好ではない。子供が立つと床板を擦る音が響いた。視線を落してみると、足元は靴ではなく草履だ。

 そして――足が一本だけ。

「なあ、虎彦(とらひこ)は元気にしているか? また一緒に遊びたいんだ」

 子供が近づいてくる。そこで子供の両眼が赤いのに気づいた。

 人間じゃない。それに虎彦だって? なんでじいちゃんの名前を知っているんだよ。遊びたいって意味がわかんねえ。

 脳内で「やばい逃げろ」と警鐘が鳴る。しかし指令が動きに変換されない。喉が渇いているはずなのに、無理やり唾液を出して息とともに呑みこんだ。

 落ち着け俺。多分、念仏唱えたら大丈夫だ。浄土経か法華経か。悪霊退散ではどうだ。

 気持ちは正常に保っているつもりなのに、震えとなって表れた。もう精神的に限界だ。

「光輝、作業ははかどっているかい!」

 その時、救いの声が響いた。祖母だ。絶頂まで高まった恐怖感が霧散していく。俺はそのまま腰をおろすと大きく息を吸った。

「ホウキと雑巾を持ってきたよ。あとゴミ袋も……どうしたんだい。大丈夫かい!」

 放心状態になった俺を見て、祖母が道具を放り投げて駆け寄ってくる。

 蔵の中にいる幽霊――そのことを教えようとしたが、蔵には既に子供の姿はなかった。

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