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名無し弁士の神語り

作者: 柳原史弥

 人は死ぬとどうなるか――天国や地獄へ行く、生まれ変わるってのが一般的な認識でございやしょうかねえ。まあ、そのお人が信じる宗教だったり、死ぬ場所によって色々というのが実際のところでごぜえやす。で、その色々の中には神様になる、というのも含まれておりやす。多くは歴史に名を残したお方がなるようでごぜえます。例外も多くございますがねえ。

 え? お前は誰かって?

 へえ、あっしは名乗る程の者じゃあごぜえません。しがない弁士でごぜえます。見たり聞いたりしたことを面白おかしく語って聞かせることを生業としておりやす。なので本日はあっしが見た、神様になった方々の活躍を語ろう――そういった趣向でごぜえます。どうか最後までお楽しみ下せえ。


 一口に神様が坐す場所、と言っても色々あるもんでごぜえます。今回のお話しの舞台は、その中で隻界と呼ばれる場所でごぜえます。隻とは二つあるものの片方ってな意味でごぜえますな。

 さて、その隻界の一角に丸太に座り焚火を囲んでいる隻眼の男三人がおりやした。退屈そうにしておりやしたが、アラブ系の顔をした男がおもむろに

「よし! 余の活躍を話してやろう!」

 と言ったところから会話、というか言い争いがはじまりやした。

「いや、バヤズィトさん、その話もう100回くらい聞いてるんで勘弁して下さい。もう飽きましたよ」

「ぶ、無礼な! 元譲! 貴様など一介の武将にすぎぬではないか!」

「確かにそうですけど、神としては俺たちの格は一緒のはずですよ。ってか、俺の方が千二百年ほど早く神になってますしね。それに、バヤズィトさんってそんなに有名じゃないっしょ?」

「言わせておけば! 小僧! そこになおれ! 雷帝のおそろしさをとくと見せてやる!」

「おうおうおう! 望むところだ!」

 皆々様はこの言い争いでお二人がどなたか分かれましたか? 何? 分からない? ようござんす。あっしが簡単に紹介いたしやしょう。

 まずバヤズィトさんと呼ばれている方でござんすが、彼はオスマン帝国の第四代皇帝で、バヤズィト一世。バヤジット一世と表記することもごぜえます。

 続いて元譲と呼ばれている方でござんすが、彼は三国志の英雄、夏候惇。元譲というのは字と呼ばれるものでごぜえます。今後彼のことは夏候惇さんと呼びやすんで、あしからず。

 さて、言い争いだけではすまなくなってきたところで、もう一人の男がスッと立ち上がり「まあまあ」と仲裁に入りやした。ちょんまげを生やしたその男――姓を柳生、名を三厳、通称を十兵衛と申す侍でごぜえます。史実での活躍はともかく、時代劇ではちょっとしたヒーローでござんすね。

「バヤズィト殿、元譲殿、落ち着かれよ。折角神になったというのに、そんな言い争いをしていてはつまらんではないですか。それより、抱いた女の話でもしませんか? ニヒ」

喧嘩の仲裁としてはいささか品の無いものでござんしたが、英雄色を好むと申しやすか、バヤズィトさんと夏候惇さんは異様に食いつきやした。これで喧嘩が収まるかと思いきや……今度は「俺の抱いた女の方が良い女だった」とか、「百人斬りした」とかと口論がはじまり、結局は元の木阿弥。十兵衛さんとしてはとほほ、な展開でござんす。

「やっぱりこうなるか」

 独白しながら深い溜息をつく十兵衛さん。口振りから察するに、二人の喧嘩はいつものことなのでしょう。結局喧嘩が止まらないことを知りつつ仲裁を試みる――いやはや、十兵衛さんは人間ができたお方でござんすねえ。ああ、神様なので、神様ができたお方と言うべきでござんすかねえ。


「おうおうおう! お前らちょいと顔貸せや」

 おや? どこからともなくがらの悪い声が三人に浴びせかけられやした。一体どこから――

「な、生首!?」

 素っ頓狂な声を上げたの夏候惇さんでやした。指を指した先には確かに生首があり、こともあろうかぷかぷかと浮かんでおりやした。何とも不気味な光景でござんす。

「はて、平将門公とお見受けするが、拙者共に何か御用で?」

 十兵衛さんが冷静にそう言うと、バヤズィトさんが「知っているのか?」と問いかけやした。夏候惇さんも十兵衛さんの方を見やした。

「ふははははは! いかにも! わしは平将門!」

 十兵衛さんが答える前に自ら正体を明かした生首――将門さんは三人の周囲を高笑いを上げながらぐるぐると回りだしやした。動転する夏候惇さんとバヤズィトさん。一方、十兵衛さんはあくまで冷静に「何か御用で?」と言いやした。

「用などないわ! ただ、この隻界に君臨するのはわしだけで良いのだ。貴様らはめざわりなのだよ! だから――」

 将門さんの周囲からどす黒い気が噴出し、それは次第に刀の形になっていきやした。

「――消えろ!」

 刀の形をした気が三人に襲い掛かりやす。

 さっと刀を抜いてそのことごとくを撃ち落とした十兵衛さん。しかし、夏候惇さんとバヤズィトさんは全身をその気に貫かれてしまいやした。

「「ぐはっ!」」

「元譲殿! バヤズィト殿!」

 二人の元に駆け寄ろうとする十兵衛さんでしたが、将門さんの気が邪魔をして近づくことができやせん。それならば、と将門さん自身に斬りかかろうとしますが、四方八方から繰り出される気を防ぐので精一杯。それどころか次第に襲い掛かる気の量と速度が増して、防ぐのもままならなくなってきました。


 十兵衛さんと将門さんが死闘を繰り広げている間、夏候惇さんとバヤズィトさんは消えようとしておりやした。神にとっての死は消滅。何かに生まれ変わったりすることはありやせん。存在そのもの、魂の一片に至るまで本当に全てが消えて無くなってしまうのござんす。

「なあ、バヤズィト殿」

「なんだ。最早我々は消えるのを待つのみ。立ち上がる力さえ残されておらん。雷帝と呼ばれた余が……なんと情けないことよ」

「俺とて、数多の戦場を潜り抜けてきた。それが反撃すらゆるされず一撃で敗北するなど……でもなあ、バヤズィト殿、俺たちにもまだやれることがある!」

「何?」

「俺たちは神だ。立ち上がる力は無くても、俺たちの内部には莫大な気があるはずだ。だから、俺たちの存在を十兵衛のやつに渡す。最後の力を振り絞ってこの肉体を、存在そのものを気に変換するんだ!」

「そんなことできるわけ……ふ、言うだけ野暮か。どうせこのまま消えゆく身。ならばやってみせようぞ。雷帝バヤズィト、参る!」

「「うおおおおおおおおおおおお!」」

 二人の周囲が渦巻く。光輝いていくと共に、二人の体はぐにゃりと軟体動物のようになっていきやした。そして人の形から球形へと凝縮されていきやす。口が残っている間に夏候惇さんが叫びやした。


「十兵衛ぇぇぇぇ! 受け取れぇぇぇぇ!」


 瞬間、二つの光の玉が十兵衛めがけ飛んできました。

「む! こしゃくな!」

 将門さんの気が玉に襲い掛かりますが、縫うように全てを交わしていきやす。そして十兵衛さんの体の中に吸い込まれていきやした。

「こ、これは!? 体が熱い! ぐおおおおおおおお!」

 十兵衛さんの体が光り輝いたと思うと、全身に目が生えてきました。

「な、何だと言うのだ! 消えろぉぉぉ!」

 これまでで最大本数の気の刃が十兵衛さんを襲い掛かりやす。それが全身を貫くかというときに、生えてきた目が一斉に開きやした。そして僅かな動きだけで気の刃を悉く交わしてしまいやした。全身の目によって死角がなくなり、気の刃の動きを余すところなく見通せたということでございやしょうか。

「何ィ!? 消えろ! 消えろ! 消えろぉぉぉ!」

 さらなる気の刃が飛来してきやすが、十兵衛さんは難なく交わしやす。

「見える――将門公、あなたの動きは全て見える!」

「ばかなぁぁぁ!」

「覚悟は良いか、将門公。拙者は一人じゃない。元譲殿とバヤズィト殿が俺に力をくれる。一人よがりで、独りぼっちの貴様には絶対に負けはせぬ!」

 真正面から将門さんを見据え、十兵衛さんは正眼の構えをしやした。

 対する将門さんは全天を覆い尽くすほどの気の刃を噴出させやす。

 一瞬の静寂。

「消えろぉぉぉ!」

 先に動いたのは将門さんでやした。

 迫りくる気の刃に僅かな動揺さえなく、十兵衛さんは静かに言いやした。

「柳生新陰流神域之奥義、万眼の太刀」

 決して目を離していたわけではないのでござんすが、次にあっしが十兵衛さんの姿を確認した時には対峙していたはずの将門さんの背後におりやした。

「こ、こんな莫迦なことが……ぐ、ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

 顔全体に亀裂が入り、そこから光が噴出したかと思うと、将門さんは粉々になりやした。そしてその破片はパッと光になり空中に掻き消えていきやした。神としての将門さんは完全に消滅してしまったようでござんす。

 再び辺りは静寂に包まれ、天を仰いだ十兵衛さんが立ち尽くすのみでございやした。その頬には夏候惇さんとバヤズィトさんを思ってか、一筋の涙が流れておりやした。


 さてさて、その後十兵衛さんは広大な隻界を旅することにしたようでござんす。その旅には、どんな出会いがあって、どんな物語があるのでございましょうか。それはまたの機会に語りたいと思いやす。

 え? 結局お前は誰なんだって?

 へえ、先程も申しやしたが、あっしは名乗るほどのもんじゃごぜえません。どうしても呼ぶなら、名無し弁士とでもお呼びくだせえ。世の人には大体名前がありますから、名無しといえばあっしのこと、とこういう具合でござんすよ。

 

 それでは本日はこの辺で失礼いたしやす。今後ともご贔屓をお願えいたしやす。

 

 

バヤズィトの所は当初、伊達政宗の予定でした。しかしそれだと、日本人が二人になってバランスが悪いなあと見つけ出したのがバヤズィトでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  生まれも国も違う歴史上の人物が、死後に神様として顔を突き合わせ、昔話や自慢話に興ずる様子が面白く、するりと物語に引きこまれました。  本当の意味での終わりを迎えてしまった彼らの最後は、男…
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