快眠
【不快】
象の鳴き声がひび割れて聞こえる。大地は割れ、空には一筋の光が差し、空気が充満していた。その空気は泥のように喉に絡みつく。
「それでも、僕は君のことを……!」
氷の上で白豹が綱渡りをする。それは生きるためではなく、スリルを楽しむためのものなのだと。目が回ったままなのは無謀だからやめたほうがいいと助言するも、聞き入れられることはなかった。以来、世のため人のためという迷信は信じなくなった。
「あきたのよ……」
響きあうふたつの波が交互に襲う。揺れて、弾けて、交じり合う。収束して登った。木漏れ日を抜き払って、唯一の剣とする。視界は悪くなるが仕方がない。
「なぜそうなんだ!」
爆破音、爆竹音。けたたましくなる歓声。反動は凄まじく、勢いを失ってもまだ周囲を揺らし続けた。ただ、美しい。
【快】
僕は黒だから白くはなれない。
同じように白は黒くなれないのだけど。
セキショクシンゴウは黄色く光って、片足立ちで対岸にいた。
ケンケンパをしてこちらに来ようとする。
僕はきっと無理だと思った。
白と黒の交じり合ってまだらになったそこは、何人たりとも渡れるはずはなかった。
それがどういうことだろう。セキショクシンゴウは二手にわかれた足でケンケンパをする。
いや、あるいは足ではないのかもしれない。あるいは踏んでいないのかもしれない。
でも僕はそれを見ているだけ。
次第に近づいてくるそれはどんどん大きさを変えていく。
当然だよね。遠近感が違うんだから。
それは感の問題なのか、距離の問題なのかは僕にはわからないとしても、近づいていることがわかっている以上、距離は縮まっている。
そしてそれはこちらへ辿り着く前に猪突猛進に押しつぶされた。
押しつぶされたかまではわからないけれど、少なくともあの物量感から逆算すれば間違いではないはずだ。
気絶して、目が覚めた。
体重をかければ沈むのに、表面は固くてへこみもしない布団の上だった。
右手に見える窓からは建物で言えば2階建てに相当する高さの怪物の頭が見えた。
幸い、それはこちらに気づいた様子はなく、通り過ぎていくだけだった。
かといって、怪物は一体だけではなかった。列をなして通り過ぎて行くそれらは、放っておけばいつかこちらに気づくのではないかと僕を不安にさせる。
左手には扉。開け放されているから部屋の外が見えるのだけど、これもやはり目を背けたくなるものがいた。
魚頭だった。さらに言えば手は軽く拳を握り、足は肩幅に開かれている。
それがぬぼーっとただ立っている。
黄色い前掛け、と言うよりはエプロンに近いそれを魚頭が着けていて、ようやくわかった。
これが夕飯なんだったと。
「なにを突っ立っているんだ。早く入りたまえ」
と自室に魚頭を導くと、理路整然とした足取りで一歩一歩を大切に上がり込んできた。
布団を平気で踏みつけていく時には何か言ってやろうと思ったけれど、これに何を言っても期待している効果は出なさそうなので、諦めた。
一階に降りると、天井に楔が刺さっている。
刺さっているというよりは置かれているというのが正しいのだろうけど、天井だから単純にそこにあるだけでは張り付かないわけだ。
【眠】
彼女は停止した。瞳の色は遮られ見えなくなってしまった。嘆かわしくも。
彼女が言うべき言葉を間違えたからこうなった。柱を入れ替えれば続かないこともない。
彼女に言い聞かせた。それでなくてはいけないのかと。
彼女は答えた。そうよと。
振り子が回って急停止した。三次元的な揺れを確認すると、静止のひとつの形かと納得した。
だったら僕はそれでいい。