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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十六、≪脩神≫(一)――初めまして≪脩神≫です――



「――身体は融け、鬼も今頃は≪気≫の流れに乗っておる! 遺すはその腐りかけた手首――」


 黙れ。

 俺は≪相柳≫を黙らせる。

 エネルギーを奪い、そのエネルギーを使って≪異気≫を固めて口を塞ぐ。


――俺の全身に力が――エネルギーが漲る。

 でも、なんでだ? 俺の心、いや≪魂≫からは力が抜けていく気がする――


「…………ウソだ」


『朱蝶! 落ち着け、≪異気≫が乱れている!!』


「うそつけっ!!」



――長双さんが、あの≪雷名≫長双が死ぬわけ無いじゃないか!!

 蛟が認める≪神≫クラスで、実際に皐山の≪神≫とも互角以上に闘ってた長双さんが、死ぬわけねえじゃねえかっ!!!



(……おそらく事実だ)


 ツァンの声に俺は唖然とする。

…………何、ふざけてんの?


「長双さんが死ぬわけ無いじゃないっすか……こんな、よくわかんねー生き物にヤラれるわけ無いじゃないっすか? ……実際、こいつ、俺にイイようにされてる程度の……」


(朱蝶。貴様は強いのだ。≪雷名≫よりもよほど強い。……貴様も、知っていた・・・・・はずだ)



……知ってた? 長双さんが俺より弱い?

 いやいやいや。待てよ。

 だって、長双さん・・・・ですよ?


 感知スキルも持ってて、剣術も槍術も弓術も棒術も、なんでもござれ。武芸百般。

 巫術みたいな遠距離攻撃こそ使えないけど、防御も攻撃も――盾役もアタッカーもこなせて、果ては軍略の天才。

 ほぼ、完璧超人。――長双卿だぜ? 無敗の長双さんだよ?


 俺の師匠が、俺より弱いわけ無いじゃん? そりゃ、俺のほうが≪異気≫はデカいし、エネルギー量も多い。

 でも、長双さんにはそれを補ってあまりある技と経験と知恵があるじゃん。

 こんな、三つ頭があるだけの怪物もどきの悪神に負けるわけ無いじゃない。



(……貴様が、そう望んでいた・・・・・・・だけだ)


 ツァン師匠は実に穏やかに、そう言った――

――俺が望んでいた?


(――なるほど。≪雷名≫は強い。弱い≪神≫ならば、独りでも降せよう。技能も智慧も、戦事においては≪神≫にも劣るまい。……だが、それだけだ)


 それだけ?

 十分じゃないっすか。≪神≫クラスの技に、知恵。勝てなくても、生き残れるでしょ?


(なあ、朱蝶。貴様はこの≪相柳≫との争いにおいてどれほどの力を費消した? ――鬼、七万人前ほどだろう? 対して≪雷名≫が集め得る力は千に満たぬ)


 いや、それは俺が下手糞だっただけで、長双さんならもっと巧く……。


(――貴様が拡げ、凝り固めた≪異気≫の大きさはどれほどだ? 径にして、≪雷名≫の二百倍。嵩にすれば、さらにどれほど多かろう?)


――だから! 長双さんなら、そんなの関係無いぐらい――


(無理というものよ。……その≪雷名≫が言うたのであろう? 『敵の数が十倍ならば、勝ち目は無い』と? …………長双と、この悪神の力量の差は。≪気≫と、≪異気≫の嵩の差は、どう埋め得る?)



…………無理、なのか?

 長双さんでも、無理だったのか?

 なあ、蛟! 長双さんは≪白帝≫と同類なんだろ?!


『…………長双は、確かに≪転仙≫と言え、≪生神≫足り得た。……しかし、ひと・・だ。お前とは違う・・



 違う・・? 何が?


『何もかもが、だ――』



…………ああ、そうか。…………そう言えば、……そうだった、な?

――俺は、人間では無かった・・・・・・・・――

 そんで、長双さんは人間だった・・・・・


――すげぇ、人間離れしてても、人間だったんだっけ。



 俺の≪異気≫から、力が抜けていく――


「――≪神怪≫! 貴様は、あの≪神格≫の眷属か! あれは――っ!」


 捲し立てる悪神の頸に俺は、さっき回収して右手で握ったままだった長双さんの剣を刺し込んだ。


「……ちょっと、空気読もうよ……」


「――がっ……」


 口の端から血を流す≪相柳≫。

 もう、こいつの体内には力はほとんど無い。抵抗もできないだろう。

 俺は、≪相柳≫の身体にびみょーな感じで繋がってる≪異気≫を引き千切る――


「――あぐっ」


 俺が圧縮してる≪異気≫の真上で、≪相柳≫から引き千切った≪異気≫が巨大な球になってる。

――俺は、≪異気≫を拡げて、その≪異気≫を呑み込んだ――


はばなばかな、」


 ≪相柳≫の口から飛んだ血しぶきが、俺の身体にかかり、ぽつぽつと着物を融かす。

 そのまま侵食して、着物の内側の俺の身体も若干融けた。


 でも、なんか、そんなことどーでもイイ。



――今、きっと世界はココしか無い。

 この、悪神と俺を中心に拡がる、100メートルぐらいの池。

 周りに在った森は水没してしまって、いくつか倒木や枝や葉っぱが浮いてるぐらい。地面に根を張ってた木々は池の底に沈んでしまったらしい。


 ゆっくりと水が流れ出していた。

 俺が選んだ戦場は傾斜の無い、大きな木々が一定間隔に立ち並んだ木立の中だったと思ったけど、多少、東南側へと傾いてたらしい。

 ゆるゆる、≪相柳≫の身体から流れる血をくゆらせながら、水が流れてく。


――その流れだけが、時の経過を教えてくれてた。


 俺は、俺と伴に剣を握るその右手首を見た。

 腐敗しているのか、かなり変色して黒ずんでる手首。

 それでも、その手の甲には、火ぶくれみたいな火傷の痕がある――


――長双さんが雷を受けた時の、火傷の残り。

 長双さんは、その痕も治そうか、って訊いたおひい様に、首を振ったらしい。



――私の失策を戒める為に、残しておいて下さい――



 俺がそれを知ったのは最近だった。南邑で御社に泊まった時、上裸になって水で身体を拭いてる長双さんを見た時に初めて知った。

……長双さんの右肩から手の甲にかけて、白く盛り上がった火傷の痕が残ってるってこと。

 見る影も無い、この右手首に遺された、長双さんの証明――


 ≪死≫んでも、剣を離さない。

 誰かを守り続けた、長双さんの人生を証明する手首。

 いつでも微笑んで、いつでも何とかしてくれた、――長双さんは、もう――いない。



「――なあ、返せ。……返せよ! 長双さん、返せ!!」


「――あ、ぐ……」


 俺が剣を押し込むと、≪相柳≫の口からそんな音が漏れた。


「アンタ、生き返るんだろ? 長双さんも生き返らせてくれよ、なあっ!!」



――俺の言葉に、眼前の悪神は口の端を歪めた。

 笑っていやがる。



「――それは、≪相柳神≫でも無理ってものだ――」



――声。柔らかな声だった。


 声の方向を見れば、そこにはひとりの男が立っていた。


――黒。

 着流しって言うのか? 黒い着物。襟は灰色。帯も灰色。黒く輝く冠に、纏め上げないで流した黒い髪はつやつやしてる。

 ふつう。ふつうの人間の男に見える。肌とかは白いし、鋭い細目をさらに細めて、ぬらりと微笑む薄くて紅い唇。


 ふらりって、現れた、いなせなニイちゃんって感じ。


――でも、絶対、人間じゃない。

 ふつーに水の上歩いてるもん。それに、俺の拡げた≪異気≫がこのニイちゃんのこと感知しなかった。

 この辺り一帯を覆う俺の≪異気≫が接近を感知できない、って。


……っていうか、今も感知できない――


「…………誰だ、アンタ?」



――次の瞬間、そいつは俺の前から消えた。



「初めまして≪脩神≫です――」


 耳元。声――

――俺は剣を振るおうとする。

……ぴくりともしない。


 俺の両腕をそれぞれ、男の両腕ががっちり押さえてる。

 身体強化した俺の両腕を、コイツ――


「おお!」


 俺が思いっきり腕を振った時には、驚いた声だけ残してそいつはもう、そこにいない。



「思ったより、力が強い」


 また、背後、今度は少し離れた所から声が聞こえた。

 振り返ろうとして、俺は気づいた――≪相柳≫までいない!


「てめぇ――」


 俺は声のしたほうを睨む。

 見れば、男は≪相柳≫の巨体を華奢な肩に担ぎ上げてた。


「まあ、落ち着いて。私は貴方の敵では無い」


 男はぬらりとした笑みを口元に浮かべて、そう言う。


「じゃあ、そいつ置いてけよっ!!」


「それは出来ない。≪相柳神≫は親代わりみたいなものだから」


 俺は見た。俺の振るった剣が裂いたのか、男の着物の胸元が真横に裂けて、白い胸板が見えてる。

――そこに、浮かび上がる紋様。――≪無≫って読める。


 巫術? 気配を感知されなくなる巫術か?

――厄介な!


「――じゃあ、お前が長双さんを生き返らせろっ!!」


 男は困ったような顔をする。

 眉根を寄せて、眉間にしわを刻む。

――でも、ちっとも困ってるようには見えない。こいつの全部が胡散臭い。


「それも、無理というものだ。……貴方みたいな≪破格≫には恩を売っておきたいのだが……私にも、そのような能は無い」


 蛟! 詰め寄れ!


『朱蝶、あれには追いつけぬ』


「……それじゃあ、またこの世のどこかで」



――声だけを残して≪脩神≫は消えた――


 俺は直径100メートルほどの池を見回す。

 いない、いない。もう、影も形も無い――



「――くそっ! くそっ!! くそっ!!! ――っ!!」


――ぼちゃっ。

 そんな水音がした。何か、池の中に落とした?


 思わず手許を見れば、剣をしっかりと握ってたはずの長双さんの手首が無い――



「――蛟! 長双さんが――っ!! 潜ってくれ、早く!!」


 俺は腰を曲げて、水面下へと剣を握った手を伸ばす。


――十三女だ。十三女は俺を生き返らせたらしい!

 きっと、手首さえあれば、なんとかなるはずだ!!

……でも、深くて暗い水の中は全然見えなくて……。


『――もう、あれは長双では無い。五体も臓腑も無い。≪意≫の行方すらもわからずば、蘇生など叶わぬだろう。……置いて行け、朱蝶……』


 は? 何言ってんだ? ――だって、長双さんは俺のせいで、俺が≪異気≫を仕舞えなかったせいで――


(――朱蝶! 長双は≪死≫んだのだ)



「――あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、――あぁあああああっ!!! …………――言うなぁあっ!」



…………水面に小さな波紋ができる。

 太陽が真上から俺を見てた。

 俺が落とした小さな波紋が楕円形に変わり、ゆっくり俺を残して流れて行った……。


 蛟が膝を折った。俺は折り畳まれた脚の上に上体を丸め込む。



「……言うなよ…………長双、さん…………行くなよぅ……」



――明るい太陽の下。俺の中の何かが≪死≫んだ感触がした――




 〓〓〓




皇子みこよ……助かった』


 虫の息の≪相柳神≫が、運ばれながら念話で礼を言っていた。


「貴方も変わりませんね。……それにしても、あの≪神怪≫は――」


 ≪破格≫。確実に新たな≪気法≫を産み出している。


『あのようなものが、≪はらわた≫どもに戮力していようとは……』


 口惜しい、――≪相柳神≫の身体から忿怒が迸っていた。


「――≪相柳神≫、あれはおそらく≪はらわた≫どもの配下でも、味方でもありません」


『しかし、皇子よ! あれは確かに≪女神のはらわた≫と――』


「まあまあ。……あとは、≪真君≫に委ねましょう…………」



 ≪脩神≫は憤る讎神あだがみを宥める。

――余計な敵を造ってくれた。この世を揺るがす怪物・・を。

 そう、苦い思いを噛みしめながら。





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