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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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七、朱蝶、誘惑される

――押し切れ、押し込め、灼き斬れ!!


 太陽が沈みかけた地上を照らす、白熱の光が、俺の左手の延長にある――


「て、てめえらぁ――っ!!」


 悪神――≪四姐≫の右掌は既に灼熱に炭化していた。

 おきのように燃える右手で支えられる、俺の剣の刃。

 単純な力比べだったら、俺に勝ち目があるわけ無い。でも、俺の剣は今、悪神の肌を灰にするほどの高熱を放ってるし、≪四姐≫の身体はおひい様の≪竜眼≫に半ば縛られてる。


「ぐぅっ!!」


 みしみしいう右手では支えきれないと悟ったか、≪四姐≫は左拳を俺の左手――剣の柄へとゆっくりと奔らせる。

――剣を流して、俺はその左手首を斬った――


「あがあっ!!」


 悲鳴を上げる≪四姐≫。

 じわりと一瞬、肉や骨の感触がしたかと思ったけど、次の瞬間には剣は手首を通り抜けていた。

 切れ目に火が点き、落ちる≪四姐≫の手首――

 コイツがおひい様の≪竜眼≫に縛られてなかったら、俺の剣の技なんかじゃ左手首を狙うことなんてできなかった。



「――いかにはだが堅かろうと、≪劫焔ごうえん≫を凝らした刃に耐えうるものかっ!!」


 おひい様の勝ち誇った声。

……その前に、こんな高熱に耐えられる剣がスゲえ。

 おひい様の呪文の効果もあるんだろうけど、推オジサンはかなりの業物をくれたらしいね。


――俺は剣を大上段に振りかぶった。


「ま、待て――」


 いや、待たない。俺はみんなを守る為なら、手を汚すって誓ったんだ――

 俺が躊躇してきた為に、今までどれだけみんなに迷惑かけたと思ってる!!


「…………フン!!」


 俺は、思いっきり剣を振り下ろす!!

 狙うは首筋、袈裟懸けに斬る――


「――ぎっ!!」


 ≪四姐≫が傷ついた両腕を交差させて、刃を受けた。

 髪で編んだとか言ってた着物を一枚噛んでるせいなのか、なかなか刃が通らない!


――でも……。


「アアぁっ!!」


 ≪四姐≫が嗚咽を漏らした。

 そう、剣の周囲が陽炎でゆがんで見えるほどの高熱。それが、燃えてないとはいえ、布一枚越しで腕に触れてるんだ――


――吐きそうになる。

 泣き叫ぶ女の声。何かが焼ける臭い、音。燃焼はつまるところ化学反応――コイツの右手も、左手もさっき、炭化してた。

 つまり、コイツの身体には炭素が大量に含まれてる。≪気≫とかが≪つなぐ≫ってんなら、化学反応の「燃焼」も酸素と炭素を繋いで、二酸化炭素を産んで身体から機能と物質を奪う・・ことだ。

――凝縮された≪劫焔ごうえん≫とやらの燃焼速度が、コイツの≪異気≫の≪つなぐ≫力を上回ってる…………それだけのはずなのに!!



「いってぇええっ!!」


 涙をぽろぽろ溢して泣き喚く≪四姐≫の姿に、俺も泣きそうになる――

…………なんで、そんなに、『人間』みたいなんだよっ?!


――少しの間だけの膠着。だけど、そのバランスは崩れる――

 ≪四姐≫の両腕が着物の中で崩れたんだ――



 蒼褪めるその表情を見て、俺は――思わず、剣を引いた――


『阿呆めっ!』


……なんとでも罵ればイイ! 俺には無理だっ!!

 俺の心が、コイツを人間認定・・・・しちまったんだからっ!!!


「――朱蝶! 何をしておるっ!!」


――おひい様、無理です。コイツは確かに身体能力も、エネルギーも人間の規格から大きく逸脱してる≪悪神≫なのかもしれない。

 でも、言うことはかなり傲岸不遜で、人間臭い。だから、俺にはコイツを殺せない――


 俺はおひい様の喚く声を無視して、熱を放射する切っ先を、涙を流しながら呆然の眼差しでこっちを見つめる≪四姐≫に向けた。


「俺たちの勝ちだっ!! アンタはもう、闘えない! ……そうだろ?」


「朱蝶!」


 おひい様の非難する声。俺はそれに応えるようにゆるく首を振った。

――情けないかもしれない。「手を汚す」っていう自分で立てた誓いに反するのかもしれない。

 でも、コイツは≪神≫とは違う。……感情があるんだ……蛟の時だって、話してなんとかなった。≪悪神≫とだって折り合えるはずだ。



 ≪四姐≫はストンって地面にへたり込み、「女の子座り」になる。なんか気が抜けたみたいに。そんで、コックリ頷きながら、


「あたしを見逃すのか? ……それはどういう≪意≫だ?」


 俺の顔を見上げてくる≪四姐≫から、剣を引きながら俺は言う。


「たぶん、アンタが俺が良く知ってる人に似てるから……」


 俺は喚くおひい様を軽く振り返った。

――そして、気づいた。


 おひい様の後ろ、宿の壁に開いた大穴の向こうから尚が歩いて来てる。……無事そう……だけど?

 尚の脚に、さっきの≪四姐≫の妹がまとわり付いてる。……なんか揉み合ってない?


 その時、地面に座ってた≪四姐≫のほうから、低い笑い声が漏れた。

――俺は改めて、≪四姐≫を見る。


「ふふっ、ふふふ…………」


 何、笑ってんだ、コイツ?

――やがて、涙と汗と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、輝く笑顔を見せる≪四姐≫は、言う。


「――つまり、お前、あたしに惚れたな?」



…………はい?



「……なるほど。わからなくも無え。姉妹たちの中でもあたしほどの美貌を持ったものはいなかったし、あたしほど女らしい者も見た事は無いしな!」


 女らしい? 女らしいの基準がわからない。

 悪神の中では、大量に嘔吐すればするほど女らしいってことなのか? いや、その前に……。


「……待って……え、待って? 今の話で、どうしてそーゆうことになるんすか?」


 眩暈がする。あと、ついでに頭痛。

 あれ? なんでそうなった? 会話が成立してないよ?



「考えてみれば、お前は見るほどに悪くねえ。見目も良いし、あたしほどじゃ無いが逞しい! 決めた! ……下僕は止めだ、お前はあたしの伴侶にする!!」


「……はあ?」


「ふたりでどっかの山の夫婦神になる! ……うん、悪くねえ!!」


 剣の熱で脳をヤラれたのか? コイツ?

 それとも、元からなんか神経が抜けてんのか?


……しかし、俺の中の「非モテ」成分が泣き叫んでる。歓喜の舞を舞ってる。

 そう、≪四姐≫は美人だ。涼やかな切れ長の目に長いまつ毛。鼻は高く、小鼻は小さく、細い顎。少し薄い上唇と、厚めの下唇に差す豊かなピンク色。尚とはまた違った感じの美形。

 そして、何より、俺が求めて已まなかった巨乳――……でも、性格と言動は非常に残念だけど……。



「しかし、あたしの伴侶になろうってやつが、僕なんかしてるのは頂けねえ……おい! いも!」


 呆気に取られる俺を無視して、≪四姐≫は宿から出て来た尚の脚に絡んでる妹を呼ぶ。

 呼ばれた妹は尚となんか言い争ってる。


「ちょっと、離してくださいっ! 尚めはおひい様を守らねばなりません!」


「えー。構ってよー。なんか、あなた面倒見良さそうだよ? うちの姐様たちより、お姉さんっぽいよ」


 尚に引きずられながら、よくわかんねえこと言ってる妹を怒鳴りつける≪四姐≫。


「おい、いも! 治せっ!!」


「わかったよー。……我が母、≪女帝≫の名において奉る。老陰が元に少陰を滅し、老陽が元に少陽を滅す。陰陽和合し、乾元は万物を創むる――」


 どこかで聞いたことのある呪文。――創癒の呪文。

 それをBGMに、≪四姐≫は言う。


「――お前を、あたしが解き放ってやるっ!!」


――微笑み。

 優しい微笑みだった。だけど、俺はそれに震えた。

 たぶん、こっちの世界に来てから、初めて投げかけられた微笑みだったから――


 きっと、この女は俺の弱いトコロも全部、包み込んでくれる。

 たぶん、どんな罪も許してくれる。安心感。



――でも、俺はそんなもん、望んじゃいない――



「さあっ! あたしの夫と成れ!!」


 ヒーリングの輝きに包まれ、新しく生まれ変わる右手を差し伸べて、≪四姐≫は言う。

――たぶん、永い間、俺が最も欲しかった言葉だ。


 無条件に誰かに必要とされる――いや、俺だけが・・・・必要とされる・・・・・・

 俺の存在理由を、眼の前の女がすべて与えてくれる。俺だけを必要としてくれる。


 誰も、俺を必要だ、なんて言ったことは無かった。

 俺が人間だった頃の両親でさえ、俺に対してそんなこと言わなかった。――それが、暗黙の了解だから。


……考えてみれば、向こうの世界は暗黙のルールが多過ぎた。

 他人の嫌がることはしない。情けは人の為ならず。出る杭は打たれる。無償の愛――


 俺は阿呆だから……言ってくれなきゃワカんないよ。

 説明してくれなきゃ、わかんねーんだ。

 近代的な倫理観――そんなモンで縛るなよ、……縛った気になるなよっ!


…………だから、俺は「俺が人間なのか?」なんて問いを自分に向けて重ねることになったんだ。



 俺の願いを無条件で、俺の問いかけごと、無条件で包み込むような≪四姐≫の澄んだ眼差し――

 そして、優しく差し伸べられた手。


「――朱蝶っ!!」


 おひい様の絶叫。

 大丈夫。おひい様、大丈夫です。


――俺は、≪四姐≫の右手首を斬り落とした――


「お前っ!!」


 狼狽える≪四姐≫を睨み据える。

 その右腕は早くもヒーリングの淡い輝きに包まれてる。

 でも、そんなことどうでもイイ!


「――俺は、知ってる!!」


 俺は≪四姐≫の顔を睨みながら、剣でおひい様を指し示した。


「あの人が、実はそーとー優しいってこと!!」


「――何を……」


「俺は知ってるんだよっ! 尚が仲間思いだってことをっ!!」


「何を言ってるっ?!」


 顔を歪めた≪四姐≫に、俺は微笑みかける。


「……ありがとう。アンタのくれた言葉は、前の・・俺が一番、欲しかった言葉だ。…………でも、今は違う」


――誰かに精いっぱい必要とされて、誰かを精いっぱい必要とする。……それは、とっても素敵なことなんだろうさ。


「……でも、俺は無条件に必要とされるよりも、本当に・・・必要とされる人になりたい――」


 おひい様がそうなのかってのは疑問だ。俺を本当に必要としてくれてるのかは、疑問。でも、俺は知ってる。


「あの人は、俺にとって本当に・・・居なくちゃならない人だからさ。……だから、アンタの手は取れない」


 そのおひい様に――そして龍に、長双さんに、尚に。

 必要とされる俺になりたい。

 悪神なんかじゃなくて、あの人たちの仲間でありたい――



「――ますます、気に入った!! なんとしても、お前はあたしのものにするっ!!!」



 なぜか、俺の拒絶は、≪四姐≫に火を点けたらしい――

 その瞬間、≪四姐≫が巨大な≪異気≫を拡げた――



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