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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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六、キレる悪神VSキレるおひい様(と朱蝶と蛟)



「――貴様! 悪神じゃろうが、なんじゃろうが! ……妾の友に手を出した事、後悔させてくれるっ!!」


 意味不明にキレてくる悪神に、おひい様がタンカを切った!

――そう、俺のご主人様は、相手が≪悪神≫だろうと一方的に怒鳴り散らされる側の人では無い。

 おひい様は一方的に「らしめる側」の人なのだ。……そういう意味では、確かに「水戸のご老公」と相似関係にある…………というのは、失言だ。



 おひい様の≪竜眼≫の輝きが俺の後ろから放射された。


「――て、め、え……」


 固まる。≪四姐≫と呼ばれた悪神が、驚きの表情のまま固まった。


「やれ! 朱蝶!」


 おひい様の命令を聴くや否や、俺の身体は身動きできない敵へと向かって距離を詰める。

 俺の脳には「やっておしまいなさい」という懐かしのセリフがこだましていた。


――しかし、距離を詰めて迷う。

 コイツ、人間臭い。別に、コイツが吐いた汚物が臭うって話じゃなくて、言動が凄く人間っぽいんだ。

 だけど、迷ってもイイことなんか今まで無かった。俺は阿呆だけど学習してる。

 降りかかる火の粉は払うべきなのだ!


――狙うのは、脚だ。膝の皿を叩き割ってやる!

 俺は駆けた勢いそのままに剣の腹で、思いっきり相手の膝頭を叩いた!!



――剣が、硬質な感触と伴に弾き返された!

 久々の感触。いつか龍の身体に取り憑いてた時に、長双さんのアバラを叩いた時みたいな……。


 手加減無用だ――

 瞬時に切り替えた俺は弾かれた勢いで、身体を回転させながら手首を返して、逆側の膝に向かって剣の刃を立てる・・・

 念の為、≪異気≫を少しだけ拡げて力を充填。おひい様からの≪竜気≫供与も相まって、俺の振るう剣――おひい様の呪文がかけられた剣、は大概の物を切断できるはず――


……でも。


――ぎゃりんっ――


 火花でも散りそうな金属音。

 俺の振るった刃は、コイツの着物の裾をほつれさせただけ――


 んな、アホなっ!!



「……下手くそだが、力が漲る太刀筋じゃねえか」


 うそ。俺の頭の上から声が降って来たよ?

 おひい様の≪竜眼≫に縛られてるはずの悪神が口利いてるのかよっ?!


――俺は確認する前に、跳び退る。

 後ろへと跳んだ俺に悪神の拳が振り抜かれる――

 動けんのかよっ!!


 俺の顔を捉えようとする拳がやけに巨大に見える。――刹那、俺の脳は急回転。

 龍の身体の中に這入って、「悪神か、悪鬼か」って思われた時。おひい様に手の甲を切り刻まれてた時。長双さんにボコボコにしごかれてた時。尚に突き飛ばされてもんどり打った時――

――これ、走馬灯じゃない? 確か、「死」を回避する為に、脳が必死に記憶の抽斗を開けてるんだとか――

 

……っていうか俺、死ぬんじゃね?


『――っ!!』


 蛟が咄嗟に俺の右足を操って悪神の拳を蹴り上げる。体勢は悪いけど、あの皐山の≪神≫の腕を骨ごと蹴り砕いた蹴りと同じような蹴り。

 でも、それによって相手が負ったダメージは皆無。拳の軌道が上にズラされただけ。


 俺の顔面を撫でるように、拳に纏われた突風が駆け抜けた。

――一命を取り留めた!!



――てか、なんで斬れない?!


『――おそらくは、≪異気≫によって身体を≪つなぐ≫事が巧みなのだ。そのような事、≪神≫のたぐいでも生半にはできまいが』


「バケモンかよっ!」


 体勢を立て直しながら、おひい様に並んだ俺の独り言に、隣からご主人様の驚いたような返事が来る。


「……まさか、妾の≪竜眼≫も、≪神怪≫たるそなたの斬撃も効かぬとは……」


 悪神は、拳を振りきった体勢からゆっくりと、また一歩を踏み出す。

 その振るわれた右腕から、なぜか血が滴ってる。あと、なんか動きがカクカクしてる。

……つまり、おひい様の≪竜眼≫の捕縛を強引に抜けようとすると、あっちにもダメージがあるのか?


「まったく効かぬわけでも無いらしい……!」


 俺の隣で、おひい様の≪竜眼≫が緋金の輝きを増した!


「……お、やるな!」


 ぎしぎしいいながら、悪神の身体の動きが、仁王立ちのまま停止した。

 おお! おひい様が≪竜眼≫で縛り直したのか?


 しかし、悪神――≪四姐≫は余裕の笑みを溢す。


「誇れよ、≪竜眼≫持ちに、≪牛≫…………≪牛≫……?」


 ん? こいつ、まさか今までずっと俺のこと≪牛≫に見えてたのか?


「…………?」


 めつすがめつ、俺を観察しながら、ぎしぎし首を傾げる悪神。

 眉間にしわを寄せて、俺を凝視してくる。やがて、大きく息を吸い込むと、


「…………≪牛≫が、剣を振るえてたまるかっ!」


 って、俺に向かって怒鳴る。


――瞬間、槍のように奔った怒声に額を貫かれた気がした。

 実際に、俺の額の皮膚が裂けた。ちょうど、おひい様が≪牛≫って書いたところ辺りから、血がとろって流れてくる。


「……まさか、声のみで妾の呪を破ったのかっ?」


 おひい様は驚きを通り越して、呆れ始めたらしい。


「呪か、……呪だな! 単純な呪だけど、結構効いてるじゃねえか! 悪くねえっ!」


 さっきまで怒りに目に涙まで浮かべてたくせに、急に大声で笑い出す≪四姐≫。

 ≪竜眼≫に縛られながら大笑いしすぎて、上半身が前後にぎこちなくゆらゆら揺れてる。

……情緒不安定にも、ほどがあるだろっ!


「……あっ、みんなの髪で編んだ、服の裾が傷んでるじゃねえかっ!」


 俺の剣によって着物の膝あたりに、線ができてるのに気づいたらしい。



――俺は警戒する……コイツ、かなりヤバい。

 どこでキレるかわかんねーし、何より強い! てか、あの皐山の≪神≫より強いじゃねーかっ!!

 悪神ってなんなんだよ?


『御坐より墜ちたる≪神≫だ……≪神気≫を操れぬゆえ、にえを求める』


 蛟。でも、≪神気≫が使えないのに、なんでこんなに強いんだよ?


『知らん! ≪破格≫に訊け!』


……使えねえ……。

 そんなところで、着物のチェックをしてた≪四姐≫が口を開いた。


「生まれ落ちて二千歳、久しぶりだ……千載一遇ってヤツだな!」


 二千歳? コイツ、二千年も生きてんの?! 何が千載一遇なんだ?


「……何を言うておる?」


 おひい様も怪訝な顔してる。


「≪竜眼≫持ちっ! てめえは、≪はらわた≫十六姉妹が四女、このあたし・・・が殺してやる!」


 また、怒鳴る。怒鳴る、っつーか激昂してるっつーか……。

 なんで、おひい様をそんなに目の敵にしてんだ?


「≪はらわた≫、十六の姉妹……――まさか?」


「おひい様?」


 おひい様が素っ頓狂な声を上げてる。

 顔を窺えば、心なし血の気が引いてる。どうしたの? おひい様。


 そんなおひい様の様子に構わずに、≪はらわた≫の十六姉妹だかの四女、≪四姐≫は続ける。


「……でも、お前! そこのさっき斬りかかって来たお前は別だ! ……お前なら≪神≫を殺せる。てか、≪神殺し≫はお前だろ? ……なら、お前は、あたしの下僕だ!」


 はい、決定。……みたいな感じで、そんなこと言われても……。


 どうして、俺はこう初対面のジャイ○ニズムを振りかざす女に、「下僕」だの、「しもべ」だの宣言されるんだ?

 なんだ? 俺はそんなにス○オっぽいのか? 身体の芯から骨川なのか? 勘弁してほしい!!



「……≪女帝のはらわた≫か……」


 おひい様の静かな声。

 ≪女帝のはらわた≫? なに、ソレ?


「へえ。短命の『ひと』が、母様を知ってるのか? 残念だったな、だから・・・、大人しく死んで、そいつ寄越せ!」


 何が、「だから」なのかはわからない。ついでに≪女帝のはらわた≫とか、十六人の姉妹とかもわかんねー。

――でも、そんな俺にもひとつだけ、わかることがある……。



「――尚に傷を負わせただけでは飽き足らず、妾から僕を奪おうというかっ!!」


 大激怒! そう、俺のご主人が黙ってヤラれるわきゃねーんだ。

 しかし、おひい様がキレてんのはよく見るけど、今回のキレっぷりは凄まじい!

 顔を蒼褪めさせてキレてる!


「誰が、お前なんぞにやるかっ! 朱蝶は妾のじゃっ!!」



……なんか、前にも似たようなこと言われたけど、やっぱ若干引く。……所有物っすか、おひい様。


「いいじゃねえかっ! てめえを八つ裂きにして、ソレをあたしが下僕にしてやるっ!!」



……ソレって……。初対面なのに物扱いですか?

 そう言えば、コイツは自分の妹とやらも放り投げてたからな……。


「御免こうむります!」


 俺はハッキリお断りした。

 この女の下僕なんかになった日にゃあ、おひい様より扱いがヒドそうだ……。


 俺の言葉に満足げな笑みを浮かべるおひい様。片や、ゆで蛸みたいに顔を真っ赤にする悪神。



「――てめえも半殺しだっ!!」


 悪神がぎしりと、また強引に一歩を踏み出した!


「朱蝶! 加減せずに≪異気≫を拡げよ!」


「――っ! ……知りませんよっ!!」


 おひい様の命令に、俺は体内の≪異気≫を開放した――

 ≪異気≫は際限なく拡がって、辺り一帯のエネルギーをどんどん俺の体内に取り込んでくる!

 皐山の≪神≫の時ですら、ここまではしなかった。


「おおっ! おもしれえじゃねえかっ!!」


 俺の≪異気≫に包まれて笑う悪神に、俺は戦慄する――

 コイツ、≪異気≫どころか≪気≫も、まったく拡げて無い・・・・・!!


 皐山の≪神≫の時みたいに、俺の≪異気≫が力を吸収するのを、邪魔してくる≪気≫のたぐいが一切無い。

 それどころか、≪異気≫を展開して悪神を包み込んで初めてわかったけど、コイツの体内には高密度のエネルギーがある!


 人間の幽霊にして、何人ぶん? いや、何万人・・・ぶん?

 エネルギーを補充する必要が無いから、≪異気≫を拡げる必要が無い? だから、≪異気≫で身体を≪つなぐ≫ことだけに専念できる……?


……コイツ、とんでもねえ!! 勝てんのかよっ?!


「――ゆけ! 朱蝶! 妾が縛っておるうちに斬りかかれっ!!」


「――しょうがないっ!」


 破れかぶれだっ! 俺はぎこちなく動く悪神に立ち向かう。

 こんだけエネルギー集めてんだ! 手傷ぐらいは負わせてやる!


――上段からの振り下ろし――髪を数本斬っただけで、弾かれる!


「やるじゃねえか! 刃物で髪を斬られたのは八百歳ぶりだぞ!」


「そりゃ、どうも!」


 返す剣で、頸動脈を狙う――


「――おおっ!!」


 驚きの声と伴に、悪神の右腕が血を滴らせながら上に上がって、剣を掴んだ! ――頸が弱点なのか?

 でも、掴まれた剣はピタリと止まって動かない。


「……惜しかったな!」


 がはっ、て笑いつつ悪神は俺の腹に向けて左拳を握った! マジか!



――やばい、やばい、やばい、ヤバい!!!――


 俺は全エネルギーを腹筋と内臓に集中、そこにめり込む≪四姐≫の拳――


「――んんっ!!」


 息を漏らさないように耐える。浮いて飛んで行きそうになる身体を、剣の柄を必死に握ってこの場に縛り付ける。


「お」


 驚いたように笑う悪神の、剣があるほうとは逆側、頸動脈を狙って蛟が操る竜と化した俺の右腕が伸びた――

 ナイスだ、蛟! イケるっ!!



――がりっ、ていう鈍い音。


『――ばかなっ!』


 蛟の驚愕の声が俺の体内に響いた。

――悪神はで、蛟の爪を噛んで・・・止めてる!!

 そして、蛟の三本の爪――そのうち一本を噛み砕きながら、


やるなあはうなあ


 と、笑う。笑ってまた、ゆっくりと俺の身体に向けて左拳を握る――バケモンめっ!!


……その時、後ろのほうから、ぶつぶつ何かが聞こえて来た――



「……太極は陽。陽は少陰。日月は宙空にうるわし、五穀草木は地上に麗し。重黎ちょうれいは日月歳を計り、火正かせい祝融しゅくゆうを戴く――」


 おひい様が、≪竜眼≫で悪神を縛りながら、呪文を唱えてる。

 悪神――≪四姐≫が蛟の――俺の右腕の指を噛み潰して、嘲る。


「祝詛、……祝詛だな? あたしの身体に通る祝詛があるかっ!!」


 その声に、おひい様の呪文を唱える声が、ふん、って笑った気がした――


めいおこれ。明を以って、四方を照らす。――我が系において奉る! 金器に刻みし我が血に宿れ、≪≫――≪劫焔ごうえん≫!」



――突如、俺が必死に握り込んでた剣――その刃が眩い光を放つ――

 熱。剣の柄を握ってる俺の手が炙られるほどの熱――それが、剣の刃を掴んだ≪四姐≫の右手を灼いていた――


「――っ!!」


 怯む悪神。


『押し切れ! 朱蝶!!』



「よっしゃああああ!」


 俺は、蛟の言葉に応えるように、左手で握った刃に力を込める――



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