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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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六、助っ人



『…………』


「…………」



 今、俺と龍は床に大の字なって白目を剥いて伸びてる雪を同じ眼を通して見下している。

 ふたりとも無言だ。

 だけど、龍の心の中の声は実に雄弁で。



(朱蝶どのが、おかしなことを言われるからこのようなことになったのです)


『……いや、まあ俺も悪かったとは思うけど、……やったのは龍だしね』


(……この男、死んではおりませぬか)


『死んじゃいねえ、とは思うけど……たぶん』



 俺たちはピクリとも動かない雪を眺めながら、そんなことを言い合う。

 どうしてこうなった、って。




――事はおよそ数分前に遡る。

 俺の心は警鐘を鳴らしていた。警鐘っていうかもうパトカーのサイレン並みに喧しく、ドップラー効果さえ再現していたように思う。



 やべえって、まじでやべえ!

 このままだと、龍が雪の毒牙にかかっちゃう。


 くそ、俺にあの世界一カッコいい右手みたいな力があれば。

 でも残念なことに同じく人体に寄生してはいても、ヤツと俺のスペックには天と地ほどの開きがある。

 ヤツはその気になれば単体でも活動可能だが、俺にはそんな力も身体もねえ。


 どうする、俺どうする?



(どうか、なされましたか?)



 この一週間ほどで龍も俺の心の機微に敏くなったみたい。

 俺が焦ってたのが伝わったのか、頭の中でそう話しかけてくる。


 どうする? 言うべきか、言わざるべきか。

 俺の心の中にかの有名なハムレットの一節が流れ込む。



――To be,or not to be――


 生きるべきか、死ぬべきか――ってのは訳としてどうなんだろう? ――ってそんなことを考えてる場合じゃねえ! 言うぞ、俺!



『……いいか、落ち着いて聞けよ。雪はもしかしたらお前を、こう……なんて言うか、性的に狙ってる可能性がある』


(性的?)



 伝わんねー!! なんて言えばいいんだ? 昔の言葉で、漢字のほうが龍には伝わり易い気がする。なんだ、なんて言葉が適当だ? そうだ!


『そう、ヤツは男色家だ』


(男色? まさか)



 伝わんねー!!! 伝わったけど、危機感がまったく伝わってねー!!

 鼻で笑われちったよ、頭の中なのに鼻で笑われちまったヨ。



『いいか、これは真面目な話だ。マジなんだよ。ちょっと思い返してみろ、なんか心当たりあるだろ?』


(心当たり、にございますか)



 そう、俺は何も無理やりこんな話をこじ付けてるわけじゃない。無理に雪に男色家の汚名を着せてるわけじゃない。男色家自体は別に汚名じゃないけど、ここには合意が無い。合意がないじゃないか! ……じゃなくて、そう! 雪の行動に俺は思うところがあるんだ。


『例えば、この七日間、毎朝なぜかお前ら仲良く並んで朝飯立ち食いしてたよな』


(それは、いつもあの男が勝手に……)


『それだけじゃねえ。なんでボッチのお前に雪はあんなに話しかけてくるんだ?』


(ぼっち?)



 あ、薄々思ってたことを本人に向かって言っちゃった。いやいや、でも今重要なのはそこじゃない。


『孤独……を愛するお前に、なんで雪はわざわざ話しかけてくんのかってこと』


(言われてみると……なぜでしょうか?)


『男色家、だからだよ!』


 俺の宣言に龍の身体が強張る。漸く現状を把握し始めたな。この危機的状況を。

 そう、男色家の筋肉ダルマに袖を引かれてひと気の無い場所に連れて行かれようとしてるんだ。



(いや……しかし、まさか)


 龍は懸念を抱きながらどこかまだ俺の言葉を信じられないみたいだ。


『おそらく、間違いない。ヤツはお前を狙ってる。お前のケツを狙ってるぞ』


 あ、龍の全身に鳥肌が立ったぞ。


(……どうすれば、いいでしょうか?)


 そうだ。問題はそこなのだ。

 この一週間で知ったんだけど、実は龍の武芸の成績はかなり優秀な部類だ。たぶん、かなりデキるヤツが多いこの学校全体でも上位に入る。

 小っちゃい頃から山野に遊んでいたっていう龍は基礎体力が頭抜けてるし、背丈もデカい。大概のヤツには負けないはず。



 でも、相手は雪だ。

 ヤツはこの学校でも三本の指に入るぐらい強いって噂だ。身長は龍のほうが幾らか高いけど、横幅が半端ない。タンクって感じ。背がデカくて、かなり筋量もある龍が雪と並ぶとひょろく見える。ヤツはガチムチ系だ。

 武芸の授業でも龍は雪の後塵を拝してる。辛うじて弓術では龍のほうがリードしてるけど、今は関係ない。

……そんな雪に真正面から挑まれれば、龍といえど。いや、待て。


『手はある』


(……この男に対してですか? 今ならば、逃げればよいのでは?)


 龍の提案にも一理ある気がするけど、旅立つまであと二十日以上もあるんだ。その間逃げ続けるわけにはいかない。何せ、ヤツは朝飯の時間から龍の動向を把握してるし、ほとんど全ての授業に出席してるから顔を合わせない為には、引き篭もるしかない。経験者としてそれはお奨めできない。なぜならこの世界にはパソコンおよびネット環境が無いからだ!

 だったら、意を決してヤツを叩きのめすべきなのだ。まともにやったら勝ち目は無いかも知れない。だが、最初の一回だけなら可能性はある。


『臆するな、臆すれば死ぬぞ! ……いいか、これから俺が言うことをよく聞けよ?』



 俺は自分の格闘マンガ知識を総動員する。そう、龍には雪の知らないアドバンテージがある。俺だ!

 そして、この世界の知識体系はある部分では確実に近代以降の地球には遠く及ばない。微視的・科学的研究だ! それに裏付けられた、人体構造に関する知識だ!

 事ここに至っては、「丹田」とか「気」とかの不思議系理論は役に立たねえ。この世界ではそれが主流みたいだけど、だからこそ付け入る余地がある。


『いいか、雪がお前に組み付いて来たら、拳を真下から雪の顎目がけて撃ち込め』


 捻じり込むように、撃つべし! 俺は今、出っ歯で坊主頭の眼帯を着けた≪おっつぁん≫と一体になる。


(しかし、一撃当てたところで何も変わらぬのではありませぬか?)


『いや、ヤツはうまくすれば一撃で沈む。だが、かなり繊細な技が必要だ……ちょっと身体の動かし方を頭の中で想像してみろ。……いや、違う。もっとこう下から抉るような感じで』


 そうやって俺は何度も龍にイメトレをさせる。

 その時。



「夏官長様から直々に聞いたのだ。……龍、貴様が困ったことになっている、と」


 雪が歩きながら話しかけてくる。もう、人の気配がない。時間がねえ! 俺は龍を叱咤する。


「余計なことかとも、考えたのだが……」


 雪が立ち止まり、振り返る。そして両手を龍の両肩へと伸ばしてくる。ヤバい。チャンスは一回きりだ。


「貴様の友としてわたしが夏官長様に願い、ひとり武官を助っ人としてお前にっ……」


 伸ばされた両腕を掻い潜って龍の拳が、雪の顎を揺らした。

 喋ってたせいで雪は歯を食いしばる暇もなく、膝から崩れ落ちる。狙っていたように、脳震盪を起こしたんだ。

 俺の中の≪おっつぁん≫は満足して消えたみたいだけど、残された龍の耳には直前まで雪が口にしていた言葉が張り付いてる。



「……友として……」


『……助っ人……』




――そして、現在、俺たちは意識の狩り獲られた雪を見下してる。



『…………』


「…………」



 これは俺のせいだろうか。いや、そもそも雪も悪い。ガチムチ系の癖に変に気を遣うから、誤解を生むことになるんだ。


(……しかし、見事に決まってしまいましたな)


『……油断、してたんだろうな』


 そりゃそうか。友達のために将来の上司候補のエラい人に頭を下げて、助っ人を出して貰えることになって、当の友達に報告をしようと思っただけなんだから。俺もまさかマンガ仕込みのアッパーカットがこんなにキレイに決まるとは思わなかった。俺の指導とか言うより、龍の身体能力がスゴイんだろーなあ。


……たぶん、雪がひと気の無いところで話そうと思った理由はコネを使ったことの外聞の悪さとか、龍の帯びた命令の機密度とかを考えてのことだったんだろう。

 この友情に篤いゴリラをここに放置していくのは、幾らクズとはいえ人間である俺には提案できない。


……本心では置いて行きたいけど、龍の目もあるし。

 今のところ龍にとって俺は「ちょっと変だが、頭のイイ兄貴」的な評価で落ち着いてるっぽいし。

 ここで『雪を放置して戻ろうぜ』とか言ったら、百パーセント信頼関係にヒビが入る。



 結果、雪が目覚めるまで、ふたり(?)で立ち尽くすことになった。



「……うーむ、いったい何が?」


 気がついた雪は頭に手を添えながら上体を起こす。

 とりあえず目覚めてくれて良かった、って龍は胸を撫で下ろしてる。何度かマジで呼吸と心音確認してたからな。

 だが、問題はここからだ。

 雪になんて言い訳しよう。俺の心はドギマギしてる。


「すまぬ!!」


 俺のドギマギを無視して龍が突然、頭を下げた。


「何がだ?」


 雪は「ポカーン」て感じの呆けたゴリラ顔を晒してる。こいつ憶えてねえのか。

 いや、当然か。龍の拳は完全に雪の死角から飛来したんだから。

 あれ? 惚けられるんじゃねーの?

 なんか「急に倒れちゃったよー」みたいな感じでイケるんじゃねーの。



 そんなことを考えるのは俺がクズだから。

 残念ながら俺の宿主はクズじゃない。



「実は……」


 龍は俺の存在以外の一部始終を雪に説明する。ちょっと言いにくそうにしながら、男色家疑惑までも。

 俺に自分だけの身体があったら、両腕で頭を抱えてたな。言う必要ねえーよって。



「……いや、まさかそのように見られてしまったとは」


 雪は大声で笑い出した。

 おいおい、まじかよ。どんだけ心広いんだよ。何、この世界には博愛主義者しかいないんですか?

 なんてことを思うのも、やっぱり俺がクズだからか。クズだからなのか?



「しかし、大した技だな。どのように倒されたのかもわからぬ。……これはあの方が興味を覚えるやもしれんぞ」


「いや、真に済まな……あの方?」


 雪の言葉に再び頭を下げかけた龍が首を傾げる。


「お力添えを頂く方だ。……≪雷名≫と聞けば貴様もわかるはずだ」


 ≪雷名≫? ずいぶん、カッケー名前だな。いや、雰囲気からするとふたつ名って感じか。

 あれ、龍の元気がだんだん無くなってくぞ。

 何、なんかあんの?


「……雪よ。此度のことは」


「おお、貴様の技前、しかとあの方にお伝えするぞ。貴様も一度、出立前にご挨拶に伺うが良い。わたしから話を通しておくからな」


 がははっ、と笑う雪。いや、違うぞ雪よ。龍は伝えられたくないんだ。でも殴り倒しちまった手前、強く言えないみたい。

 なんか面倒くさいことになりそうな気配がする。







 そのあと、雪と別れて授業を受けてる間も、授業が終わって宿舎に帰ってからもずっと龍は、


(どうする、どうするべきなのか……)


 って、またウジウジ考えてる。

 この悩み具合は初日以来だな。

 今回は俺も片棒を担いじまった形だから、なんとも言えないし。今、下手に声をかけると長くなりそうだからほっとこう。

 龍には是非とも早く眠ってもらいたいところなんです。



 そして、俺の思惑通りに龍は悩み疲れて早々と眠る。固いベッドに身を横たえて、順調に寝息を立てはじめる。



『龍? 龍くーん? ……』


 返事はない。まるで屍のようだ。

 そうして俺はこの一週間、密かに練っていた計画を実行に移す。


 そう「夜のお散歩作戦」を。

……そこは「計画」か「プロジェクト」じゃねえのか、ってのは置いといて。








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