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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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十八、ムーとの決着(?)


 龍が言うことによれば、昨夜俺が長双さんに運ばれてこの村に帰った時に、龍とおひい様が既に、ムーのみんなに報告は済ましたのだそうで。

 ふたりの結論は言うまでも無く、「今は異界への移動は不可能」というものだ。


 向こう側――≪大荒≫では≪気≫が機能しない。

 だから、人力でロープを渡したとしても支えるという計画は成立しない。

 なら、堅い杭みたいなものを≪神格≫クラスの玲華ちゃんが持って渡って、ロープをそれに結べば?


 それも厳しそうだ。

 そもそも、向こうに渡った際の着地の衝撃をどのように殺すのか?

 あの堅い地面に打ち込めるような杭の建材が用意できるのか?


 今まで崖のこっち側から、向こう側の断崖へと≪神格≫クラスの人間が銛を打ち込もうとしたこともあったらしいが、ことごとく失敗したのだという。

 その理由が、今回、俺と龍が生還したことで明らかになった。

 向こうの崖を形成している地面が堅すぎるんだ。


 それと、もうひとつ。

 玲華ちゃんは、俺と龍が向こう側へ跳んだ後、声の限りに俺たちを呼んだらしい。

 でも、そんな声は聞こえなかった。声ですら、あの≪気≫の層に弾かれてると思える。



――つまり、俺と龍の見た霧が立ち込めるだけの≪大荒≫の情報と、玲華ちゃんの見たという霧に包まれたこっち側からの情報を総合すると、今まであの谷に挑んできたムーの≪神格≫たちの末路が想像できる。


 こちら側から跳躍して、届かずに谷へと落ちたか。

 あるいは、≪大荒≫へと着地できはしたけど、その衝撃を殺し切れずに生身でダメージを受けて死んだか。

 もしくは、ある程度のケガを負って生き残っても、また谷の向こうへと戻る方法を発見できないまま、朽ちてしまったか。



「――そのいずれかであろうなあ……」


 ロウさんは、どことなく沈んだ様子で、こっちも見ないままそんな推測を展開してみせた。



 俺と龍と尚は、今、そのロウさんに呼ばれて、例の集会所だか議事堂だかにいる。

 なぜか今回は割とゴキゲンなおひい様も、ロウさんの右脇で胡坐を掻いてる。

……まだ、謝ってないし、お礼も言ってないのに不思議だ。

 とにかく、このなんで呼ばれたのかも良くわからない集会が終わったら、即行で土下座しよう……。


 ところで俺たちの正面に並ぶ、ロウさん及び和平派の面々はあからさまに意気消沈してる。

 ロウさんの右、ブリョウを中心とした主戦派の人々も、どこかしらがっくりきてるみたい。


 ただ、中立派は意外と平静を保っているようだ。

 でも、おかしい。あの平凡な顔のノンさんがいない。

 代わりに中立派の真ん中には、濃いアイラインと赤い口紅を引いたケバい女性が座ってる。

 しかも、俺が席に座ってから、その女はチラチラこっちを見てくる。



「――我らは、やはりこの世界、帝域と折り合うべきなのです。ロウどの」


 その女性が、ロウさんに声をかけた。なんか、ノンさんに声が似てる気がするけど……。


「ノンどの。……帝域に自治を求めよ、と?」


――マジか!

 あの人、厚化粧のノンさんだったのか! どんな心境の変化なんだ?

 イメージが違う。もっとこう静かで、自己主張の無さそうな人に見えたのに。


「そうです! ≪鼻削ぎ≫をとりことしている限り、公国も我らを無視できないでしょう? ……朱蝶どの、そう思われぬか?」


 なんで、ノンさんは俺に話を振ってくるんだ?


「いや、でも俺は長双さんには恩があるんで……」


「訊き方が悪かった。貴方の中にいるムーたちはどう言っている?」


「いえ、だから俺ん中のムーの人たちは、あなた方の決定に従う、って……」


「――私の半身、夫はなんと?」


 え? なんか期待の眼差しを向けられてるんですけど?

……半身って、そういうこと?

 俺ん中に、ダンナさんいるから頑張って化粧してきちゃったってことっすか?



(……ノン)


 あれ? ダンナさんですか? え? また、俺が代わりに言うの?


「えーと、……あなたのご主人が言うには『また一段と麗しいノンの言うことならば、己が異を唱えようはずも無い』……って」


 何? その歯が浮いてそのまま流れちゃいそうなセリフ?

 なんでノンさんもまんざらでも無い顔してんの?

 イイの? こんなんがイイの?


「……ノンどの。そなたの気持ちもわからんでもないが、この場はだな……」


「ロウどの! 貴方こそわかっておられぬのか? ムーの壮年の者は先の戦にて失われておる! ≪ダオ≫に好かれた者とて、貴方の孫の玲華どののみ。ならば仇にこうべを垂れるより、我が身は≪鼻削ぎ≫の身柄で守るべきでしょう!」


「……先の戦の折、若年だった者も今や成人した。我らは闘える」


 ブリョウの声にキレが無い。

 長双さんが一族の仇だって言っても、親父から突き放されるようなこと言われちゃったからなあ。

 ダンナさんの全面的な支持を得たノンさんの鼻息も荒くなるわけだ。


「……公国に属するという道もあるではないか?」


「ムーの誇りを棄てよ、と?」


 ふん、って感じで笑うノンさん。

 今や彼女の鼻息はこの場の誰よりも荒い。


「そうは言っておらぬ。ただ、共に生きる為には、それなりのあがないを負わねばならぬと……」


「――贖いですと! そもそも、この場において帝語で語る事がおかしいのだ! それもこれも、ロウどのが招いた≪巫姫≫どのの為だ、と貴方は言われる! ロウどのこそ、この場を心得違いされておるのではないか!」


 コワい。ノンさんが凄くコワい。

 化粧のせいで人格まで変わっちゃったの?

 今まで、チラ見してきた時には、こんなに喋ってなかったのに、今じゃこの人が主戦派なんじゃねーか、ってぐらい猛烈だ。


「その≪巫姫≫どのはと言えば、聴いておるのに一言も語らぬ! 裁量が無いなら引っ込んでおればよい!」


 うお! おひい様にまでケンカ売ったぞ! ……おひい様が牙を剝かれて黙ってるはずが無い! 今度こそ血の雨が――


「良かろう! ムーの願い、聞き届けた!!」


 なぜか、おひい様が自信満々で勢いよく立ち上がって、そう宣言した。

……え? どうしたの急に?


「……は?」


 全員が、驚きの眼で仁王立ちするおひい様を見つめる中、特に驚きを隠せないノンさんがそう溢した。


「姫様は長双さん――卿をこの邑に残されるおつもりですか?!」


 俺の隣の龍が大声で異義を訴える。

 そうだ、そういうことになっちゃうじゃん! ダメだよ、それ!


「何を言うておる? 卿は連れ帰る。でなければムーの自治など認められるわけがなかろう」


「バカな! そのような事を我らが許すと思って――」


 腰を浮かしたノンさんがそこで黙った。

 おひい様がノンさんを睨んで、そのあとなぜか俺を指さしたかららしいけど。なんで?


「お前たちも、昨日の如く朱蝶に鬼を剥がされたくはあるまい?」


 不敵に笑うおひい様。

――てか、なんて言った? 俺が鬼を剥がす?

 呆気にとられた俺に、尚の申し訳なさそうな囁きがかけられる。


「……昨日、朱蝶どのの乱れた≪異気≫が、この邑をも包んだそうでして……特に≪意≫の弱い老幼の多くが死にかけた、と……」


――マジで?


『当然だ。貴様の内の鬼どもも、もう、そう多く残っておらぬわ。ことごとく強引に≪異気≫に呑まれ、力へ変じた。……周辺には元々この蛟と、≪異気≪≫の為に鬼も力も少ない。あれほど無遠慮に≪異気≫を拡げれば、生者の鬼を剥がしもしよう』


――マジっで?


 体内から聞こえた蛟の言葉で、俺はいよいよ自分がしでかしたことの大きさに震える。

 驚きに言葉も出ない俺は、尚の顔を見た。

 殺しちゃった? っていう顔で。


「……死者は出なかったというので、ご安心を……ただ、ここにいる者にも力を喪って倒れた者がいたそうでして……」


――マジっすか?!


 俺、ダメダメじゃん!

……みんな、異界に帰れないから意気消沈とかがっくりしてたんじゃなくて、俺のせい?

 俺のせいで怯えてたの?!


「……い、い、今すぐ、ああ、あ、謝んないと!」


 動揺する俺の肩を尚が万力みたいな力で掴む。痛い! てか、なんで止めんの?


「朱蝶! 貴様が謝罪する事では無い! そも、この者らが望んだ事じゃ!」


 いやいやいや、そうと言えば、そうかもしれないけど!


「良いか、みな聴け! 此度の公命、南沼の≪怪≫討伐において最も功を立てた者は妾を除けば、朱蝶と龍、そして長双卿じゃ」


 何言い出すんだ、おひい様は! みんな「何言ってんの?」って顔してるぞ。


「そのうち、禄位を許されておるは卿のみ。なれば、此度の功をすべて卿へと帰する!」


 え? どーゆーこと?


「下卿たる長双卿は上卿へと登るだろう。上卿には采邑地さいゆうちが認められる。妾が父君に願って、それを南沼一帯とする」


 みんなざわざわし始めたけど、だからどういうことなの?


「ムーは、卿が采邑を通して公国と通商せよ! そなたらが公国から身を守りたい――隠したいと願うのであらば、卿を使うが良い!」


 だから何? 何がどうなってんのさ!


「……つまり、南沼一帯を公国の直轄地では無く、長双さ……卿の領有地とする事で、公国のムーへの直接の干渉を防ぐ。……姫様はそう仰せですか?」


 龍の問いかけに、おひい様は我が≪意≫を得たり、と満足そうに微笑んだ。


「しかし、そのように巧く事が運ぶとは……」


 ロウさんが当然の懸念を口にしたところ、


「じゃかあしい! それで厭なら、みな、朱蝶に≪喰らわ≫せてやろうか!」


 シーン。

 みんな、シーンってしちゃった。


……おひい様、それ、恫喝。

 しかも、俺を使って恫喝するのヤメて欲しい。

 なんか傷つくから……。


 でも、なんでロウさんは、俺がおひい様の下僕ポジションであることに、異義申し立てをしないのでしょうか?


「昨日の事で、貴様らも思い知ったろう? この朱蝶は・・・、この妾にしか・・・・御せぬ!」


 あー、なるほどね。

 そういうことですか。

……みなさん、俺にそうとう怯えてらっしゃる、と……。


 あれ? なんでだろう?

……視界が滲んできちゃった。


 そうか。……嫌われるって、けっこう来るモンがあるんだね?

 いや、長双さんとか、おひい様のお役に立てそうなのはイイんだけど。

 こう、ムーの人たちが誰も眼を合わせてくれないのはさ……。

 もう、ペットって言うか、大量殺戮兵器だもんね。扱いが……。


 こういう時、いつも俺を慰めてくれるはずの龍も、今回は考え込んでて見向きもしない。

 悲しいよ……お兄さん。


 そう思ってたら、


「……朱蝶どのは、悪くありませんよ? ……」


 そう言いながら、尚が俺の背中をさすってくれる。


 ええ娘、ええ娘やで……。尚ちゃん。


 あとは、もう少し力加減ができるとイイんだけどね……。

 俺の背中の皮膚が、尚にさすられる度に着物ごと剥けてしまいそうだから……。



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