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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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四、龍が言う事には




 今、俺は仁王立ちで見下してる。

 床の上に正座してる龍を。


 龍が借りているという部屋――というより家は、さっきの一階がだだっ広くて、地下には牢屋がある家屋の裏手にあった。

 外から見ると敷地も建物自体も丸い。低い円柱状の壁の上に、蓋いかぶさるように藁葺きの屋根が乗っかってる。

 内部に入れば、曲面を描く土壁。この家も部屋はひとつだけで、中心には太い柱が一本と、土壁に塗り込められたように何本かの柱。

 低い天井には格子状に幾つも梁が通ってて、床には獣の皮が敷いてある。


 公国の建物とは外観も内装もまったく違うのに、どこか龍の実家を思い出すのは、キッチンとかが全部ひとつの部屋に付随してるからだろう。

 そして、俺は中央の柱を背に、正座の龍を眼の前に置いてる。



「朱蝶どの?」


「……イイナズケって、お前。俺は聴いてねえ……」


「ああ、己も知りませなんだ。……己らが産まれた時に、父上がここの族長――≪ロウ≫どのと、そのような約定をしたらしく……」


「なんで龍の親父さんは、ここの族長とやらと知り合いだったんだ? 蛮とは戦争してたんだろ?」


「――あ、」


 龍が「しまった」みたいな顔してる。


「なんだよ?」


「いえ、その、朱蝶どのには既に話したような気になっていたものですから…………では、お話致しましょう。……蛮――彼らは自らを≪ムー≫と呼びます」


 龍はそう前置きをすると、ぽつぽつと語り出した。

 龍の親父さん、会と≪ムー≫のことを。そして、龍と許婚の≪ムー≫の少女のことを。


 しかし、考えてみれば不思議なもんだ。

 俺は、つい最近までコイツの中にいたのに、今は面と向かって話をしてる。

 なーんてこと考えながら、俺は龍の話に耳を傾けた。




 ―――




 龍の話すことによると、南の虞衡と族長の≪ロウ≫率いる≪ムー≫の一部族は、戦が始まる前から協力関係にあったらしい。

 そのファーストコンタクトがいつのことで、どうゆうモンだったかは龍もわからないらしいけど。


 とにかく、公国と≪ムー≫全体との関係が悪化しても、代々の南の虞衡――龍の御先祖さんたちは、そのロウの部族――≪ムー≫の中でも≪ラン族≫っていうらしいその部族と、密かに協力し続けてたという。


 だけど、戦争は激化した。

 とうとう、≪ムー≫は各地で蜂起して、公国は新進気鋭の将軍・長双さんを含めた武官を動員。

 最後の山場が、あの長双さんによる虐殺が行われた五年前の激戦だったそうで。


 そんな中、なんと龍の親父さんはハト派の≪ラン族≫に情報をリークして、彼らを南の森の奥へと逃がしたらしい。

 ≪ラン≫の族長・ロウは、ほかの不戦派や敗残の部族たちを集めて、ここ――南沼のさらに南、この世の果てに村を築いたんだと。

 龍自身は、そんなことをまったく知らなかったらしく、彼らが南沼に現れて初めて知ったのだ、と。



「――で、五年も逢ってなかった許婚が、美人になって眼の前に現れた、と?」


「ですから、己も彼女が許婚などという事は、知らなかったのです」


 あのゴツいおじいちゃん――ロウの妄言なんじゃないか?

 公国は南沼の開墾に乗り出す予定だったわけだし、たぶん、そのうちこの辺りにも公国の村だか街だかできるだろう。

 ここにいる≪ムー≫の人たちだって、そうなりゃ安心して暮らせるわきゃー無い。

 そこで、偶々都合よく現れた龍に、「お前と孫は許婚なんだよ? 知らなかった?」みたいな顔して、公国からの防波堤にしようと画策してんじゃねーの?


 でも、俺はそんなことは言わない。

 だって龍がまんざらでも無い顔してるから。

 龍が、その許婚のことを好きだってのは、間違いないんだろうさ。

 その許婚の女が、龍のことをどう思ってるかはわかんねーけども。



「…………ロミジュリか? モンタギュー家とキャピュレット家なのか? お前らは?」


「また、良くわからない事を仰せになる」


 思わず溢した俺の感想に、龍は苦笑を漏らす。


「まあ、いい。お前とお前の許婚の話はひとまず置いといて。……龍とおひい様が従兄妹って話は何?」


「それも、お話しておりませなんだな。……あれは朱蝶どのが巨岩を貫いた夜に遡ります。己が≪閉神の術≫を解くと、己の≪意≫は身体に浮上致しました」


「ああ、そういえばあの時――お前が爪に貫かれる前にもそんなこと言ってたな……」


 そこで、俺は気づいた。

 そうだ、この身体は一度は龍の、俺の親友の命を奪った身体なんだ。

……この右腕が、龍の血に塗れたことがある、ってーのはなんか気持ち悪い。


 いや、待てよ。

 俺はあんまり嬉しかったばっかりに、とてつもなく重要なことをスルーしてた。


「そういや、なんで龍は生き返ったんだ?」


「さあ? 己が目覚めた時には、その姿になった朱蝶どのを姫様が、足蹴にされているところでしたから……そして、幾許もせぬうちに彼らが現れたのです」


「おひい様が俺を足蹴に、ってなんで?」


「さあ……。姫様によれば、


――あやつが裸だったのが、悪い――


だそうで……」



 なんだ、それは。いったい、どういう理屈なんだ?


 かく言う俺は、当然、現在は裸なんかじゃない。寝てる間に誰かが着せてくれたんだろう。

 俺は今、≪ムー≫の人たちが着てるモンなんだろう、目の粗い葛布のインナーの上にゴワゴワする獣の皮をなめした着物を着てる。

 下は上着と同じ素材の、伸縮性も通気性も無い、でも肌に纏わりつくほどタイトでもないズボン。

 本革のボトムス、とか言えばオシャレっぽいけど、なんか「ズボン」って感じだ、なんか。


 いや、違う。そんな話は今はどーでもイイ。


「……えーと、そうだ! それでなんで、おひい様と龍が従兄妹なんだっけ?」


「ああ、そうでしたな。……あの夜、長双さんと少々話をしたのち、己は姫様に問う機を頂きました。ひとつは、朱蝶どのの事。もうひとつは、母のことです」


「龍の母ちゃん?」


 そういえば、龍の親父さんの話は、今まで何回か聴いてきたけど、母ちゃんの話は聞いたこと無い。


「かつて帝域の北の最果てに、≪≫という国がありました。位階は≪子爵≫だったと聞き及びます。すなわち≪禺子国ぐしこく≫ですな」



 たぶん、帝国とやらの中のこの国――皐公国と同じ扱いなんだろう。

 この世界は、いわゆる封建国家なわけだ。


 帝とやらを頂点に、いろんな異民族だとか、血族だとかを地方に封じる。

 この場合、『封じる』ってーのは、「そこから出てくんな」的な意味とか、「そこをちゃんと治めろよ」的な意味とかなんでしょうね。


 たぶん、冊封体制さくほうたいせいってヤツだ。

 詳しくは知らねーけど、要は体のイイ、かつ緩い、トップダウンの社会構造だね。

 平成日本でも、『国民の義務』とやらを果たさないヤツは『権利』を主張できない、的な建前があった。

 まともな人間だった頃の俺は、どうもその辺にも躓いてたっぽいけど。


 この世界でもそれぞれの国は『爵位』とやらの代わりに『義務』を要求されるんだろう。

 確か旧五千円札に顔が載ってた人が、そんなようなことを書いてた著作があった気がする。


 『ブシドー』的なアレだ。「死ぬことと見つけたり」するアレだ。

 イヤ、それはまた違うアレか?


……まあ、とにかく「騎士の義務ノブレス・オブリージュ」ってヤツだろう。



 いやいや、それもどおーでもイイ話だった。


「かつて? 今は無いのか?」


「母によれば、およそ百歳前の帝国内乱において亡びたそうです。……母はその≪禺子国≫のすえでした」


「……北の果てから、この世の南東の国まで逃げて来た、っていうわけか。……それで、その≪禺≫とやらの末裔の母ちゃんのことを、なんでおひい様に訊いたの?」


「母は己が幼い頃に亡くなったのですが、よく言っておりました。……『≪禺≫の裔は成人すると、決まってひとつの夢を見る』と。己は成人――十五を迎えて以来、闇色のまなこに緋金の瞳が輝く赤子の夢を見るようになりました」


「……それって、≪竜眼≫の赤子――」


 そいつは俺も見た。

 龍の身体の中でいつか、一度だけ見た夢だ。


「そうです。己は≪竜眼≫という物がどのような物か知りませなんだ。姫様とお会いするまでは」


「だから、おひい様に訊いた?」


 龍が頷く。


「≪竜眼≫の≪巫姫≫たる姫様なれば、この夢や母の系祖たる≪禺≫について、なんぞご存知ではないか、と。……逆に、


――そなたの母の名は、なんと申す――


と、問われまして。≪玲≫と申します、とお答えすれば……」



「……おひい様の伯母さんだった、ってか?」


「どうやら、そのようで……」



 急に、幾つかのことが腑に落ちた。「スットーン」って感じだ。


 考えてみれば、おひい様は最初、龍に会った時には「いつ、朱蝶はその身体を奪うのじゃ?」的なこと言ってたのに。

 旅の間も、ほとんど龍なんて無視してたのに。


 突然、「龍、聴いておるな?」とか言い出したり。

 龍が自分の命を投げ出そうとした時なんて「待て」って止めたり。


 そうか。従兄弟だったからなんだ。

 俺はてっきりおひい様が旅をするうちに丸くなったんだと思ってた。

 龍に対しても「仲間意識」が芽生えたからなんだと思ってた。


――そう、あの傲岸不遜なおひい様に限って、んなことあるわけねえ。

 だから龍は今晩も、おひい様を足止めできたんだ。

 もしかしたら、おひい様が龍に≪竜眼≫を使わなかったのも、そういう理由なのかも。


 尚との関係を見ればわかる。

 あの、おひい様といえども、俺以外の身内にはメチャクチャ優しい。


……これは、非常に都合がイイかもしれない。


 俺は思わず黒い笑みを溢した。


 龍は俺の親友。そして、俺が頭が上がらないおひい様の血縁。

 大概のことは、龍を説得できれば問題ないのかもしれない。

 おひい様の暴虐が、俺に降りかかりそうになったら、龍に泣き付けばイイのかもしれない。


――俺は改めて、龍の身体に俺を入れてくれた誰かに、感謝した。

 なんて、素晴らしい友を与えてくれたのか、と。




 そんな黒さ全開の俺の脳内に、誰かの氷点下の言葉が響いた――



(……それで、いつ、己たちの仇の≪鼻削ぎ≫長双を殺してくれるのだ?)



……え、何、それ?



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