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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
3/159

二、転生から寄生、ついでに公との謁見

「終わった」


 蝶とはいえ、虫で終わんのかよ。

 俺がそう思った次の瞬間には、視界が色づいてた。

 蝶の時に見てた、灰色どころかお先真っ暗な世界とは違ってた。



 眩い朝陽。溢れる色の洪水にくらくらする。

 しっかりと自分の身体から伸ばされた腕は、触覚や細っい肢なんかじゃない。人間だよ。

 キタコレ!


「よっっしゃあぁああ!!」


 全盛期のガッツ○松ばりのガッツポーズ。……見たことないけど。

 ともかく、とうとう戻ったんだ。愛しの俺の身体。実質的な恋人の右手も、たまーに試す愛人の左手も健在。

 やっぱ夢だったんですよ、蝶は。感謝、感激、雨霰。人間ってイイナ!



「むぐ……どうした。龍よ」



 後ろから肩を叩かれた。振り返れば目がぱっちりしたガッツがいた。見事なゴリラ顔。しかもなんか口元が動いてる。バナナでも食ってんのか。

 それよりも誰だ、こいつ?

 そう思っても声に出したりはしない。幾ら六畳半に引きこもってたとはいえ、人間は社会的な動物だって二千年以上前のギリシャから信じられてるわけで。

 俺だって外に出た時ぐらいはそれなりにやってる。完全に没交渉じゃいられない悲哀はある。でも今、俺の心は人間賛歌を高らかに歌ってるわけで。

 声の主が巨乳ちゃんだったら感極まって抱き付いてたかもだけど、ゴリラに縋る趣味はない。



 それにしてもなんだ、最近のゴリラは。

 すっげー珍妙な格好だ。だるだるの和服っぽい服に、頭の上には簪と一緒にお姫様が頭に載っけるティアラみたいの載せてる。いや、勿論そんなに良い物には見えないんだけど。

 どっちかといえば、小っちゃい木製の桶を被ってるっていう感じか。



 さっきの言葉もなんか変なふうに聞こえたし。

 変な音の羅列が耳に入ったと思ったら、頭に文字が浮かんでくる感じ。

 だいたい、何だよ、≪龍≫って。

 頭に浮かんできた漢字に俺は首を傾げる。



「……いや」



 え? 勝手に俺の口動いてない?

 あれ、口だけじゃないぞ。なんか勝手に身体が動く。

 待て待て待て。


 そもそも、俺の身体ってこんな感じだっけ? 見える景色がちょっと高くない?

 景色といえば、ここどこだ? 見慣れた六畳半じゃない。屋外だけどビルとかコンビニとかちょっと背の低い一軒家だとか、古びたアパートとかも無い。

 コンクリじゃなくて土の地面に平屋の木造建築がずらり。その中で唯一背の高い、……高いつっても四、五メートルくらいの素朴な木の建物の屋根が見える。それを囲う、やたら長い土の壁、そこにぽっかり空いた門に足が勝手に向かう。


 あれ、それに俺もなんかゴリラ君みたいな和服着てなーい?

 髪の毛が上に向かって引っ張られて、なんか微妙な重さが首にかかるのは、俺も木桶被ってるからじゃなーい?



『あれ? なんだこれ?』



 呟いたつもりの言葉は声にならなかった。

 だけど俺の身体が勝手にゴリ君を振り返る。



「龍よ。どうした」



 またさっきと同じ変な感じでゴリ君がなんか喋る。そうすると俺の頭にまた漢字が浮かぶ。



 また≪龍≫って漢字が頭の内側で泡みたいに、もあっと浮かぶ。



……あ、っれー。

 もしかして、もしかする?



「今の声……」



 再度、俺の唇が勝手に動いた。

 やっぱり、そうだ!

 これ≪俺≫の唇じゃねえ、たぶん≪龍≫ってやつの唇だ!

 唇どころか、この身体ごと全部、≪龍≫のなんだ!



(声、だっただろうか)



 お? なんだこれ?

 俺の頭、いや、こいつの頭に声にならない声が響く。




「声? 何を言ってる」


 ゴリ君がゴリラ顔を萎めてさらにゴリっぽくなりながら俺――≪龍≫に訊いてくる。



(こいつには聞こえていなかったらしい)



 お……こいつは、もしかすると。



「……いや、なんでもない」



 ≪龍≫の口が勝手に動いて、目の前のゴリ君が訝しそうに頷いた。



 やっぱりだ!

 俺にはこいつ――≪龍≫の考えてることがわかるんだ。

 でも、たぶん俺の考えてることは≪龍≫にはわからない。わかってたらもうちょっとリアクションあるはず。

 それに、


(鬼神――)だとか、


(鬼神の類に見初められた)だとか、



 俺の考えてることがわかったら、考えるはずもない。

 ただの人間だっつーの。

 いや、ただの人間――TDNNっつーのは間違ってるか。ただの異世界人だな。

 ただの異世界人ってなんだよ、っていうのは置いといて。

 鬼神ってなんだよ、っていうのも置いといて。



 ちょっと整理してみよう。


 たぶん、俺はいつものように六畳半ワンルームで寝てた。

 そんで気づいたら蝶になって異世界にいた。

 その蝶の身体が潰されたと思ったら――


 あれ、ひょっとして俺を握り潰そうとしたのこいつじゃね?

 で、握り潰されたからこいつ――≪龍≫の中に、今俺いるんじゃね?



 これはあれか、呉越同舟ってやつか?

 俺と≪龍≫の精神がひとつの身体にのっかてるのか。

……ちょーっと、イラっときたぞ。

 こいつが俺を潰さなけりゃ、俺は巨乳ちゃんの中に入れたんじゃねえか?

 こいつ、俺の敵じゃない?


 いや、待て。結論を出すのは早計だ。



 こいつが俺を潰してなかったら、俺、ゴリ君の中に入ったかもしれないし。

 潰される前ちらっと見ただけだけど、ゴリ君よりはこいつのほうが顔面偏差値高そうだし。

……落ち着け、俺! 顔面の問題じゃない。



 ここは異世界で、俺は今≪龍≫の身体に精神だけ寄生してる状態。

 たぶん、間違ってないはず。

 だとすれば、こいつが俺の命綱だ。そもそも偶々うまくいっただけで、巨乳ちゃんが俺を巨乳で潰したからって、俺が巨乳ちゃんの巨乳の谷間の底にある、巨乳のごとき優しくて豊かな心の中に入れたとは限らない。




 ということは、出だしこそ違ったけれども、

 寄生している状態だとはいえども、

 ここから挽回して、俺は人生をやり直せばいいのではないだろうか。



 いや、待て待て。違うぞ。

 この身体は俺んじゃないし、まずはこの身体を乗っ取らねばならんのか。

 その前に、乗っ取るとかできるのか。技術的に。技術的にっておかしくないか?




……考えてみれば身体の乗っ取りは、できるんじゃないか?

 よくよく思い返すと、俺、こいつの身体でガッツポーズ決めてたし。

 でもあの時、めっちゃテンション高かったしな……。

 あのテンション維持し続けるのキッツいわぁ。

 そもそも俺、無気力系だし。

 倫理的にもどうなんでしょうか。

……人が「倫理的に」とか言い出す時は大概、実力を競って争うのが面倒くさい時なのだ、ということは置いておいたとしても。



 それ以前に、俺の元の身体はどうなったんだ?

 未練、は……。あるような無いような。帰りたいような、帰りたくないような。

 しかし、このままだと一生、こいつの人生を盗み見するポジションになるのか。微妙だぁ。

 あれ、そもそもこいつが死んだら俺どうなってしまうん?


 兄ちゃん、なんで≪龍≫死んでしまうん?

 なんか、一気にちょっと悲しく……いや、違う違う。




 まずは状況把握だ。

 状況を確認して、できることを確認して、そして目標を設定する。

 俺の愛したラノベの主人公たちもそうしていたではないか!

 俺の場合はちょっとばかし特殊だけれども。やることはそう変わらないはずだ!



 俺は、そう自分を鼓舞して≪龍≫の視界を改めて意識する。



……あれ? なんか暗くない?

 目の前に見えるこれは両手の甲でしょうか。その間から見える硬質な石は、もしかして床でしょうか。

 なんとなく身体の状態を意識すると、脚を畳んでその上に尻を載せているようだ。脛には堅くて冷たい感触がある。でもあんまり痛くないのは上体が前に行って体重が掛かってないからか。

 ≪龍≫はすっごく緊張してるし、怯えてもいるみたい。

……これは、あれだな。いわゆるジャパニーズ・ドゲザ、だな。OH!



 あ、なんか、お兄さん哀しくなってきちゃったよ。身体の主導権が俺にあったらきっと涙腺が決壊してたな。

 なに、≪龍≫クンは苛められっ子なのかな? 永い蝶の生活でクズの俺もだいぶ、情深くなってしまったみたい。



「面を上げよ」



 居丈高な低い声が響きを伴って、頭上から降り注いだ。

 視界が広がり、明るさを取り戻す。


 そこは広い屋内だった。採光のためなのか左右には太い石柱の間に大きな扉が幾つもあって、今は開けられてるみたいだ。窓もあって枠は四角く、硝子は嵌ってない。

 随分、開放的な空間だ。半屋外ってところか。

 後ろは≪龍≫が振り返らないからわからないけど、たぶん正面の出入り口なんだろう。だって、前方にはそれらしきものが無い。

 正面のどん詰まりは少し高くなってる。そこまでは一段一段がテラスぐらい奥行のある階段が八段。一番上になんか座面の横が広い椅子があって、その中央になんかきっちり座ってるおっさんがいる。


 いや、おっさんっていうよりはオジサマって感じか。

 彫りは浅いけど鼻筋は通ってるし、蓄えた髭も整ってて清潔感がある。目は細められてるけど涼やかな切れ長で、細面の卵型の頭の上にはやっぱりティアラが載ってる。

 木桶とは間違っても言えない、なんか顔の前をゆらゆら揺れる紐っていうか数珠みたいのを何本も垂らした、中国の皇帝なんかが被ってる王冠だ。

 着物も黒い光沢があるし、腰の前面から足の脛を隠すように垂らされた前掛けには、赤を基調にした刺繍が施されてる。


 苛めっ子じゃねえわ。

 たぶん、王様だ。

 だってかしずかれて当然って顔してるもの。今にも「余は」とかいう一人称で喋り出しそうだもの。

 つまり、土下座してたんじゃなくて王様にご挨拶中だったのか。お兄さんちょっと安心。



「そなたが、かいの子の龍か……。呼ばれた由は既に、承知しておろう」



 王様の言葉に、≪龍≫の思考が頭を駆け巡る。千々に乱れる彼の思考は俺には巧く読み取れなかったけど、ひとつだけ基調になってる感情があった。――悲憤。

 しかも俺が今まで抱いたことの無いような暗い喪失感、と僅かな怒り。そこにさきほどまでの緊張は一切ない。ただひたすら怯えてる。これから告げられる事実に怯えてる感覚。

 前にどこかで、ちょっと似たような感じを味わったような。ああ、寝たきりだったじぃちゃんの通夜の前だ。



「公がご下問に応えぬか」


 なんか隣に座ってたおっさんに袖を引かれて、小声で諭される。

 公? 王様のこと?



「よい、地官長。龍もわかっておるのだ。……龍よ、お前の父、会は死んだ」


 王様の言葉――最後通告にずーん、ってなる。やべえ、ちょっと死にたくなるぐらいずーんって来る。

 その重さに負けるみたいに『龍』は頭を垂れてそのままドゲザポーズ。

 涙も出ない。受け容れられてないんだ。そりゃそうか。他人の言葉ひとつで受け入れられたら苦労しないわな。


 俺はなんとなく「逃げてんじゃねえよ」っていう、いつか誰かから掛けられた励ましを思い出した。

 そうなんだよな。逃げてるのが事実だとしても、他人に言われて「そうだな」って言えるほど簡単じゃない。何から逃げてるのかもわかんねえもん。



「酷なようだが南の虞衡が欠けた以上、お前が継がねばならん。そして父に下した命も、お前が継がねばならんのだ」


 ゴツッ、って。痛って。公の言葉に頷く代わりに『龍』が額を石床に打ちつけていた。目の奥で火花が散るみたい。でも、心のほうが痛い。

 陳腐な言葉だけど、俺にはわかってしまう。こいつの悲しみの深さがなんとなくわかっちゃう。

 うわ、罪悪感が半端ない。勝手に他人の心の奥底とか見えちゃうこの感じ。エスパー○美とかでそういう葛藤あったっけ。



「あとは地官長に委ねるとしよう。……これを」


 公が隣のおっさんを呼んだみたいだ。隣で衣擦れの音がして立ち上がる気配がした。ささっと走って戻ってくる感じ。あ、正面に座った。

 ≪龍≫が頭を上げた。そこにおっさんがかまぼこ板サイズの木を差し出す。表面にミミズがのたくったみたいな模様が刻んであって、墨をそこに塗り込んである。

 木片を受け取って≪龍≫がまた頭を下げた。同時に、おっさんはまた隣に座る。


「これにて襲官の儀を終える」


 壁際からそんな声が朗朗と響いて、公が立ち上がる気配がした。

 『龍』は公がこの広い部屋から出ていくまで、ずっと頭を沈めながら小さく震えていた。俺はその心に同調するのがキツくて、なんとか心を離すように苦心してた。


 






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